婚約破棄されたっぽい。
「君との婚約をなかったことにしてほしい、アイリーン」
舞踏会でも卒業式でもなんでもない。
うちの庭の裏。
農村にありがちな納屋の横、壊れた農機具が転がる場所で私は婚約破棄をされた。
「大人になったら結婚してくれる?」
幼馴染みのジミーにそう言われたのは物心ついた頃。
「うちの娘は働きもんにしか嫁にやれねぇな」
親ばかのうちのお父さんにそう言われて。
「村で一番の別嬪さんをもらうんだ。貧乏させちゃなんねぇぞ」
自分の父親にも忠告を受けて。
真面目なジミーはそれを真に受け、せっせと働き、村で一番の働き手となった。
必然的に領主の覚えもよくなり、領主の娘と懇意になったそうだ。
私に婚約破棄を伝えるジミーは、とてもすまなそうに……でもどこか優越感を滲ませた目をしている。
その腕に絡み付く領主の娘、ヒルダ。
「アイリーンとの時間は僕にとっても大切なものだった。だけど、ヒルダお嬢さまにお会いして、世界は…この人はこんなにも美しいのかと衝撃を受けたんだ」
「はぁ…」
「その美しさを鼻にもかけず、ヒルダお嬢さまは僕にお茶を淹れてくださった。あの時、幸福と言うのはこういうことかと思ったんだ」
「へぇ…」
「アイリーンはとても強い。だから僕が守らなくても大丈夫だろう。でもヒルダお嬢さまはこんなにたおやかで…とてもお一人にはしておけない。僕の全身全霊をもってお守りしなくては」
「ほぉ」
たまにくる旅芸人が歌う物語によく出てくる台詞ばかり聞かされ、私はため息ともつかない返事をくり返す。
「ごめんなさいね、私のわがままでジミーを好きになってしまって…」
「そんな…ヒルダお嬢さま。自分の方こそ身分も弁えず、あなたを……」
目の前でうっとりと互いを見つめ合う二人。
観客は私だけだが、ギャラリーがいるというのは二人の高揚をさらに募らせるらしい。
目が無駄にウルウルしてる。
「はぁ、そうですか…」
「君が僕との結婚を夢見ているのに申し訳ないが…」
「いや、いいよ。別にジミーとの夢は見てないし」
「え?」
「だってあんなの子供の口約束でしょ? 私は気にしてないからご自由に」
「なにを言って…あぁ、そうか強がりか」
「は?」
「僕たちをそういう言葉で祝福してくれるんだね」
「まぁ、私たちのために涙をのんでくれるなんて…」
なんだかここらへんでめんどくさくなったので、私は背負いカゴを持って納屋に行く。
「そんなつもりはないですけど…まぁ、お幸せに?」
そう言って扉を閉めた。