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自分は手を下したくはない。けど、マジ深刻な感じです。
環奈は瞬きを繰り返した。夢かと思ったのだ。
会社にこんな広いフロアはないし、見たこともない。ストレスでとうとう幻でも見たのかと。
「幻でも夢でもありませんよ。こちらへどうぞ、環奈さん」
「え?」
耳に心地よい、中性的な声は長い銀髪を一つ束ねた、
緋と銀の目をした黒ずくめの青年のもの。外見から年齢を測ることが難しい、整った容姿の彼は、環奈をソファーへと誘っている。
思わず誘われるままに座ってから、はた、と気づく。
私、名前を名乗った?
「ここはそういう場所ですから」
ますます意味がわかりません。
「こちらには通じてますから大丈夫です。あなたの望みも」
「望み?」
「物騒な手段までとはいわないけれど、目の前から消えて欲しい程度には恨みを募らせてしまったようですし、早急に対応しましょうね」
「…………!」
誰にも言ってないのに!!
環奈はパワハラを思い出して真っ青に、胸の内を言い当てられてさらに蒼くなった。
「落ち着いて。お茶をどうぞ」
さっきまでなにもなかったローテーブルに、湯気の立つ紅茶のカップがあった。なにこれマジック? しかも美味しい。
「ふふ、ありがとうございます」
あ、この人笑うとすんごく可愛くてキレー。
「落ち着きましたね」
失礼しました。赤くなった環奈は、カップをテーブルに戻した。
「あの、ここはどこでしょう」
「ここは星蒼屋。願いの強さで開く扉の先です」
願いの強さで? 確かに環奈はドアを開けたけど、それは部長室へのドアであったはず。
「ただ思うだけでは開かない、願いの先にある望みへと導く。その道筋にあるゴミを掃除することもありますよ?」
……つまり、清掃屋さん?
いやいや、そんな失礼なこと。てか、その前になんか大事なこと言ってたじゃないのさ。願いとか望みとか。
「いつか、わかるかと思います。さて、あなたの願いはなんですか?」
「私、の願い、はーー」
言いかけて思い止まったのは、あのバカ男の報復を恐れたからだ。ネチネチとしつこいあれのことだ、環奈が会社からいなくなっても変わらないだろうし、パワハラをやめるとは思えない。
「あ、いえ。な」
「大丈夫ですよ。あなたの願いは必ず叶います」
大丈夫なんて、今までは一番あてにならない言葉だった。上司も同僚も、大丈夫と慰めてくれたけど、ちっとも大丈夫じゃなかったから。
けど、この人の言葉には、素直にうなずいてしまうだけの言霊があった。吸い込まれそうな緋の目と、全てを見透しそうな銀の目。
「私は、私の望みはーー」
願いは聞き届けられた。
ハラスメント野郎はどこかで勝手にくたばって欲しいです。マジで。