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眠れない街  作者: 桜月
それでも願いはひとつだけ
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1

 ああ、どうして。


 どうしてこんなことになってしまったの。


 冷たい水の中、彼女は思う。

 あまりの冷たさに身体は動かず、流され沈んでいくのに、もうどうすることもできない。

 薄れていく意識の中、彼女は原因を思い出した。


 ほんの偶然だった。

 恋人にプロポーズされ、式場を下見した帰り道。

 端によっていたにも関わらず、わざと肩をぶつけられた。

 若い3人組の男達。内二人がニヤニヤしながら言いがかりをつけてきて、庇おうとした婚約者を殴り倒した。

 悲鳴を上げて助けを求めても、誰もが顔を背け足早に遠ざかっていく。

 気絶するほど暴行を受けた婚約者をおきざりにして、彼女は男達に連れ去られた。


 どこかはわからない、けれど高級そうなマンションの一室。

 キングサイズはあるだろうベッドしか置かれていない部屋で、彼女は3人に代わる代わる犯された。

 服を裂かれ、押さえつけられ、泣いても叫んでも止まらない凌辱は一晩中続き。気を失っても終わらない悪夢に、男達の笑い声が響く。


 開放されたのは三日後のことだった。

 入院し治療を受けても、心の傷は癒えることはなく。

 彼女は支えてくれる婚約者と共に、被害届を出し闘う決意をした。


 男達は金と地位を持った家の息子だったらしく、親の権力でねじ伏せようとしてきた。

 それにも屈しない彼女に、悲劇は続く。

 婚約者の母親からの婚約破棄。その日から婚約者に連絡がとれなくなり。

 会社は解雇。あらぬ噂に信用さえもなくなり。

 唯一の味方は父と妹。二人にも様々な悪意ある嫌がらせをされたが、妹は負けなかった。

 妹に背を押され、気持ちを持ち直した矢先。


 あの男達が現れた。

 連れていかれたのは、前と同じ場所だった。

 逃げられないように手足はベッドに拘束され、凌辱の日々が始まった。


 許さない!!


 叫ぶ彼女に無理矢理白い錠剤を飲ませた彼らに罪悪感は全くない。

 お前が悪いのだと。

 大人しく泣き寝入りしておけばいいのにと。

 意識が朦朧としている彼女を犯しながら、嗤った。

 自分の快楽のための道具として、彼女の意思など必要ないからと、薬で精神さえも侵しながら一時の悦楽に酔うその様は、本当に人なのか。


 次に開放されたのは2週間を過ぎた頃だった。

 母親に軟禁されて連絡手段を絶たれた婚約者が、なんとか抜け出し彼女の家に向かっていたその橋の、川の中。

 ボロボロの服が流れに揺れる。

 綺麗な黒髪は水に濡れて広がり。

 なにかを言いかけた唇は色を無くし。


 閉じられた瞳はもう開くことはなく。


 力なくその身体は川底に沈んでいた。



 おそらく、土手に投げ捨てられた身体は勢いで川に落ち、意識があやふやだったために溺れたのだろう。


 警察の見解は事故死。

 あっけなく、彼女の人生は終わった。


 婚約者の慟哭は、もう彼女には届かない。








 ビルから出たはずだった。

 自動ドアをくぐった先には大通りの喧騒が広がっていた、はずなのだが。

 なぜか華澄(かすみ)はだだっ広いフロアに立っていた。

 一面の窓ガラスの向こうは、雲一つない青空。

 フロアの中心には皮張りのソファーセット。


「え……ここどこ?」


 あたりを見渡しても、あるのは入ってきたと思われる扉のみ。

 夢でも見ているのだろうか。


「ようこそ。星蒼屋(せいそうや)へ」


 後ろからかけられた声は高くもなく低くもない、中性的なもの。

 振り向いた先には声の通りの中性的な少年、だろうか。


「この扉を開けた者には願いを告げる権利がある。さあ、願いをどうぞ?」


 長い銀髪は一つに束ね、黒のロングジャケットに包んだ身体は細い。


「好きな男を恋人にしたい? 誰かから奪いたい? ……それとも、復讐?」


 感情のこもらない瞳は、それだけが緋と銀に輝いている。オッドアイだろうか。


「復、讐……?」


 本人だけが気づかない呟きを拾った銀髪の人は、少し目を見張った。


「……なるほど。あなたの願いは復讐ですか。話を聞きましょう」

「なっ、違っ!」


 華澄は一歩後ろに下がった。

 心を占めるのは困惑と恐怖。

 いきなり見ず知らずの場所と人に困惑し、心の奥底に秘めた願いを知られた恐怖。


「わ、私帰りますっ」


 これ以上彼の前にいられなかった。


「そう。では、またね」


 なにかを悟ったかのような言葉を背に受けて、唯一の扉から出る。


「……!?」


 とたんに耳に入る喧騒に我に返る。

 そこはさっきの場所に迷いこむ前にいた所だった。


「なんだったの? あれ……」


 答える声はない。今は。




「彼女をここに呼んだのはお前か、死神」


 青空をバックに髪をかきあげた彼は、なにもない空中に声を投げた。


「いやだなぁ。俺が呼ばなくてもいずれ彼女はここに来てたよ?」


 空間が歪んだ一瞬の後、そこには嫌味なくらい端整な顔立ちの男が立っていた。

 全身黒の出で立ちに果たしてセンスは関係あるのか、死神と呼ばれた彼は質の良いシャツにブラックジーンズ、グレーのロングコートを着こなしてソファーに座る。


「てか、すぐにくることになってたよ。じゃないと彼女も同じ目にあってたかもしれないしね」

「どういうことだ」


 思わせ振りなセリフに訝しげに問うが、死神は答えずに笑みを深めた。


「彼女は西須(さいす)華澄(かすみ)。調べればすぐにわかるよ」

「おい、し」

「じゃあね、(ぜん)


 現れた時と同じように視界が歪む瞬間に消えた男は、くすくすと笑い声だけを響かせた。

 空中を睨んだまま、彼ーー善は口を開いた。


(りん)

「なーに?」


 呼ぶ声に応える声は呑気な少女のもの。

 ソファーしかなかったフロアに、四方をパソコンで埋め尽くされた机が現れた。いつの間に、と思う隙すらない。


「西須華澄とその家族」

「もう調べてるよー」

「警察のホストコンピューターに侵入するなら真昼(まひる)さんに連絡しとけ」

「許可するわ。ついでに警察の資料もあげる」


 カタカタとキーボードを叩く音に、別の女性の声が重なった。

 二人しかいない空間にまたも突然人が現れる。

 腰まである髪を無造作に背に流した彼女は、高校の制服を着たまま、警察の重要書類を善と呼ばれた彼に手渡す。

 躊躇なく、である。機密保持はどうした。


「真昼さん」

「うちじゃ、もう手が出せないの。まったくもってこんちくしょうがあいつらくたばりやがれ」

「ああ、そういうことですか」


 この流れは初めてではない。ここに来る人々の願いは様々であり、法に触れないものもあれば、がっつりアウトなものもある。


 刑事である真昼は、介入できるラインが存在する。それを飛び越えてきたのが善である。


「それにこれは、私からの願いでもあるの」


 真摯な目は、善を真っ直ぐに見た。思いの強さは、願いに比例する。静かに頷いた善に、真昼は悲し気に微笑むと部屋から消えた。


「凛」

「真昼さんからのコード受け取ったよー。資料はそこねー」


 あとは暫し待て! と少女の声は答えて沈黙した。ちなみに、パソコンに邪魔されて姿はまったく見えない。


 真昼からのと凛が用意した資料を読み込んで、善はため息を吐いた。


「愚か者、世に蔓延(はびこ)る」


 まったくだ。



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