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精神病な生霊たち  作者: 破魔矢タカヒロ
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第4話:いないことにしてくれ


第4話 いないことにしてくれ




 俺が家の金を持ち出してクラスメートたちに菓子を振る舞い、人気取りをした行為。




 俺はその行為のことで親父にとんでもなく叱られたわけだが、世間的に言えば、そんなことは、たいした不品行ではない。




 現に、児童がその親の金を盗んでも、そのような行為は犯罪を構成しない。




 しかも、駄菓子を買う程度の小銭だった。




 それはさておき、俺の不品行が発覚してからの数日、我が家の中は微妙にギクシャクした。




 しかし、暮らして行く上で、それが大きな支障となることはなかった。




 その「事件」の翌日は、俺の小学校の終業式だった。




 俺は、集団登校の列に加えて貰えなかった。




 俺に奢られたクラスメートが手のひらを返したのだ。




 だから、俺は、早歩きをして、集団登校の列を追い抜き、そのまま小学校へと歩いた。




 すると、俺の背後から、わざとらしく大きな声で話をするのが聴こえた。




「あいつな、悪いことをしとってんで。でな、それが親にばれたんや。ほんでな、ゆうべな、あいつ、鳴尾駅の辺りを裸で歩いとったのやって。悪いことをするからや、へっへ」




 俺は、そのような声など無視して、歩みを更に速めた。




 集団下校でも同じことだった。




 ともあれ、夏休みに入り、それから1週間は何事もなく過ぎた。




 しかし、小学校からの呼び出しがかかった。




 登校日ではない日だった。




 教職員用の会議室に入ると、俺から菓子を奢られたクラスメートたちが集められていた。




 それに加えて、そこには、教頭と担任がいた。




 教頭と担任は、俺とクラスメートたちから事情を聴きとった。




 しかし、二人の教師の総括は、俺に一切の配慮をしない、そして、事の背景を見ようともしない頭の悪そうな単純なものだった。




「もちろん、早瀬が一番悪い。しかし、人に理由もなくやたらと奢られた君らも悪いのだぞ」




 これは、教頭が言った言葉だ。




 ちなみに、早瀬とは俺の名字だ。




 それは、捻りも深慮も何もない、事実のままの取り纏めだった。




 その教頭の言葉をもって一同は解散した。




 俺はそれだけのことで済むと思った。




 教師がわざわざ乗り出すほどのこともない話のはずだった。




 しかし、それから更に一週間後、俺と御袋は児童相談所にいた。




 学校側から児童相談所に行くように勧められたのだった。




 俺は、児童相談所で非行に走る可能性などをチェックするためのテストを受けさせられた。




 何とも大袈裟な話だ。




 児童相談所を後にすると、御袋は、俺を連れて大衆食堂に入った。




 もちろん、昼食をとるためだ。




 御袋は、俺が食べたいものも聞かず、煮魚定食を二人前注文した。




 そのおかずは連子鯛を煮たものだった。




 俺は、外食で「きつねうどん」よりも高いものを食べたことがなかったので、大衆食堂の定食でも豪華だと思った。




 実際、我が家の貧弱な夕食よりも豪華だった。




 たかが、大衆食堂の定食が。




 煮魚に箸を先につけた御袋がぽつりと俺に言った。




「今回のことは、アンタのことを放っておいた私ら親のせいや、アンタのせいではないよ」




 俺は、何も答えなかった。




 普通なら、「お母ちゃん御免な」とか言う場面だったのだろうが。




 その代りに、俺は、心の中で呟いた。




「ああ、そうとも、その通りや、俺のせいではない!」




 夏休みが終わり、二学期が始まったが、俺はクラスメートたちから完璧に無視された。




 担任は一切かばってくれなかった。




 俺は、学校にあっても、自宅の近所にあっても、居づらかった。




 居たたまれなかった。




 そんなとき、御袋が兄貴をその入院先の精神病院から泣きながら連れ帰ってきた。




 兄貴は何者かから虐待されたのだった。




 上の衣服を脱ぐと、胸部と腹部にたくさんのアザがあった。




 俺には居場所がなかったのだが、兄貴も居場所を失ったのだった。




 それから、両親が思案して、我が家は転居することになった。




 それは、俺と兄貴のことを考えてのことだった。




 しかし、後から知ったことなのだが、我が家には礼金、敷金や引っ越し代に必要な蓄えがなかった。




 そこで、両親は、俺と兄貴を伴って、大阪府の寝屋川市に住む親父の姉の家を訪ねた。




 その姉は、長女であり、菊枝という名前だった。




 つまり、俺や兄貴から見れば「菊枝伯母さん」ということになる。




 その叔母の菊枝は、寝屋川市に二棟の文化住宅を所有していた。




 菊枝自身も自分が所有する文化住宅のうちの一番大きな一室に入居していた。




「ちょっと、大人の話があるからな、アンタらはそっちの部屋でお昼を食べててな」




 菊枝は、俺と兄貴にそのように言うと、俺たちを隣の部屋に案内した。




 そして、自分の娘に、つまりは、俺たちの従姉に昼食を出させた。




「はい、チキンラーメンな、これで足りなかったら、このご飯を汁に入れて食べてな」




 その昼食は、なんと、卵しか入っていないチキンラーメンと冷ご飯だった。




 初めて訪ねたと言うのに。




 しかし、それには理由があった。




 親父は、その姉や兄たちから軽く見られていたのだ。




 末っ子ということもあったのだろうが、親父の金遣いが荒く、兄弟たちから幾度も借金をしていたからだ。




 そして、その時の親父の頼みごとも図々しいものだった。




 それは、菊枝の所有する文化住宅の一室に敷金・礼金なしで入居させてもらう上に、引っ越し代を貸してくれというものだったのだ。




 もちろん、それは、後から知ったことなのだが、一流銀行の銀行員がそのような有様では、軽く見られたのも無理はない。




 だから、それはいいとしても、一つ許せないことがあった。




「なんで、清弘をウチに連れてくるねん。あんな子を連れてこられたら、世間体が悪いやろ。もうな、二度とウチに連れてこんといて。ついでにな、この世にいないことにしてな。それと、あの子の病院はもう探してあるのやろ、こっちに引っ越してきたら、すぐに入院させてな、ええな!」




 これは、叔母の菊枝の言葉だった。菊枝の声が隣の部屋にいた俺にも聴こえたのだった。




 俺は、チキンラーメンと冷ご飯など食べる気を失った。




 ところが、兄貴ときたら、自分のことを悪く言われているのも知らずに、そのような粗末な昼食を旨そうに食べていた。




「なあ、弟よ、もう食べへんのか?」




 今でもそうだが、兄貴は俺のことを「弟よ」と呼ぶ。思えば、それは、兄貴が俺に対して示す、たった一つの優位性、たった一つのプライドなのかもしれない。「俺は兄貴なのだぞ」と俺に言いたいのだろう。だとしたら、それも、わからないではない。なにせ、世の中において、低く見られてばかりいるのだから。




「うん、明ちゃんは、こんなもの、よう食べられるな」




「なんでや? 旨いやん、弟よ、どうかしたんか?」




「いや、なんでもないわ」




 ところで、この頃はもう、俺の兄貴は、両親が縁起をかついで、清弘ではなく明弘と呼ばれていた。だから、「明ちゃん」なのだ。




 さて、そんな俺の親父だったが、親父は、その後も、その兄弟たちから馬鹿にされ続けた。




 例えば、後年、親父が50代で入院したとき、叔母の菊枝は、他の三人の兄弟と見舞いに来たのだが、病院には行かず、我が家にやって来て、親父のことを入院先から我が家に呼び付けたのだった。そして、親父の放蕩のせいで貧乏だった我が家の金で散々飲み食いして帰って行ったのだった。ロクな土産も持ってこなかったくせに。




 いくら、俺の親父が金にだらしなかったからと言って、俺の叔母と叔父たちは、なんとも不人情な人間たちだった。どう考えても、自分たちの弟、すなわち、俺の親父のことを可愛いとは思っていない様子だった。




 ともあれ、俺の一家は、大阪府の寝屋川市へと転居することになった。




=続く=


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