列車に乗ろう
事件から数日が経った。
私と先生、ついでにあの忌まわしい男女はイギリスを出て、フランスのとある街の駅に来ていた。
駅内の切符売り場前には、行列ができていた。窓口は六つあるが、かなりの行列だ。この駅には、一番ホームから六番ホームまである。一番と二番は首都方向に向かう列車が。三番と四番は下りの列車、五番と六番は観光列車、寝台列車である蒸気機関車が運行している。
平日ではあるが、ここは首都に近い為、昼間でも駅には人がごった返している。
私たちはここしばらく、事件がなく、ルレイブ警部からむしり取った。ではなく、頂いたお金をやりくりしていた。
男女がようやく私たちと行動するのを止め、本業に戻るらしい。
「それじゃあ、先生はここで待っていてくださいね。ただでさえ方向音痴なのに勝手に動かれては困りますから。ついでに、真反対行きのオメーの分まで取って来ますよ男女」
「遠慮しておくよ。お前が買った切符なんて死んでも使いたくないからな」
二人の間に火花が散った。
「おい、ちなみに今日はなんて言うんだ?久しぶりに男になったな」
「はい、先生。今日はルカと言います。よろしくお願いします」
ルカはこの間と格好が変わった。
白いシャツに長ズボン、帽子は外していた。靴は男物の革靴。
黄緑の髪は何故か伸びており、赤いリボンで結われている。
声も低くなっている。
可愛らしい雰囲気とは一転、凛々しく思える。
「なんか、薄気味悪いです……」
ボソッとみどりが呟くと、ルカはみどりのこめかみに両拳を握りしめ押し付けるように捻った。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!殴られるのは良いですけど、グリグリはダメなんですよ!」
みどりは、手を伸ばしてルカの体を押そうとするが、手のリーチが足りなかった。
「わー、短いねー」
「この男女ー!」
すると、虎太郎が間に割って入った。
「イチャイチャしてんじゃねーよ」
虎太郎の無言の圧力により二人は黙った。
「とりあえず、切符買って来ますね」
「僕も行って来まーす」
そう言って、二人は足を踏みあいながら、別々の列へと並んだ。
「全く、仲いいんだか悪いんだか」
虎太郎は近くあったベンチに座った。もちろん、足を組む。
遠くから見れば、金持ちの日本人留学生が、留学に来ているようにも思える。
「あら、お兄さん。貴方とても運がよろしいのね」
「うおあっ!誰だ貴様!いつから、この私の隣にいた!?」
「ふふふ。お気になさらず。それより、占わせてもらっても宜しいでしょうか?あら。でも、もう占ってますけどね」
虎太郎の隣に現れたのは、妖艶な年齢不明の女性だった。
胡散臭い紫のベールを被り、紫のドレス、紫の羽織を着ている。
ベールは顔までかかっているので、髪も見えず表情が読めない。
手には、小さな片手サイズの水晶玉が。紫色のクッションに乗っている。
「この私は、占って貰わずとも常に絶好調だ!私の武勇伝は数多く、語りきれないほどだ。この間も、数分で事件を解決した。誰もバナナの皮で滑って、死んだことに気づいてない。つまり、私は天才だ!」
「何を仰ってるのかよく解りませんが、貴方、面白い方ね。気に入ったわ。でも、この先に貴方の探しているものは、ありませんわよ。それでも、行くんですか?」
「なんだと?」
それまで得意げな顔をしていた虎太郎の顔が一瞬で曇った。
女性の顔は相変わらず読めない。
「ふふふ。お気になさらないでください。私の力も本物なんですよ。貴方が天才のように。不幸で可哀想な人。警告しておきますわ。この先に、この列車に乗らない方がよろしいかと」
「どうしてだ、胸糞悪い占い師」
「まあ、口が悪いこと」
「答えろ」
「特別に教えてあげましょう。貴方は幸運かもしれませんけど、貴方の周りの人間はどうなるでしょうか」
虎太郎は立ち上がり、切符売り場の方を見たが、人だかりで、みどりとルカの姿が見えなかった。
「おい!あの二人は!?」
虎太郎が占い師に問いかけるが、姿はなく消えていた。
「くそっ!」
虎太郎は、人混みに消えて行った。
「おい、クソ女」
「何ですか、まだ居たんですか。男女」
切符を買ったみどりは、虎太郎のところに帰ろうとしていたが、ルカに呼び止められた。
「先生の事、よろしくな。俺はしばらく、先生のそばにいられないからな」
「いや、そばに来られても困りますし、来なくて良いですから」
「は?」
「は?」
二人に再び火花が散る。
「おい、二人とも!」
二人が振り返ると、虎太郎がこっちに向かって走って来ていた。
「先生!動いちゃダメだって、言ったじゃないですかー」
虎太郎は安堵した。
虎太郎が二人の近くに来た瞬間、どこからが現れた黒いスーツの男が、ルカの両腕を掴んだ。
咄嗟のことである為、ルカは驚き、腕を簡単に後ろで組まされた。
虎太郎の背後に居た別のスーツを着た男が、回り込んで来た。虎太郎の腕に掴みかかろうとするが、別の乗客が間に割り込んで来た為、掴めなかった。そのまま、虎太郎は客の波に巻き込まれ、何処かに消えた。
ルカは舌打ちをし、後ろにいる男に何かを伝えようとした瞬間、男が飛ばされた。
視界の端に居たみどりが、男にタックルした為だ。
すると、別の男がみどりの鳩尾を殴った。
「うっ……」
みどりは小さく唸ると、気を失う。男はそのまま、みどりを小麦粉を入れる布袋に入れ、担いでホームに走って行った。
「おい、お前ら勝手な事を!」
「勝手なのは貴方の方です」
男の一人が言うと、懐から小さな拳銃を取り出した。
ルカは再び舌打ちをすると、数人の男と共にホームに向かって消えて行った。