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また居間に戻ってきてびっくりしている俺の顔を見るなり、麻衣が可笑しさの余り口からご飯を噴出した。
「あらっ、早かったわね。ご飯をあんなに早く食べて出て行ったのに、それとも食事中のトイレだったの、それにしては行儀が悪いわね」
「行儀が悪くてすまなかったな」と我に戻った俺は咄嗟に返事をした。
「平助、行儀が悪い、悪い」とわらしが笑っていた。
「それで、今俺に何が起こったんだ。確か門の前に居た筈だけど・・」
「おじさん、この人に教えてあげて」と麻衣がおじさんに話すと、俺の後ろに一緒に飛んできたおじさんが
「はい、お兄さんが門の前に座っていましたので、きっと怖くなって逃げ帰るのものだと思ってここまで飛ばして来ました。まさかトイレだったとは・・」
「ありがとうございます。きっとトイレの場所が分らなかったのですよ、次回からはここよりもトイレの便座の上にお願いします」
「じゃ、次からは門の前で見つけたらそうします」
「でも、こんな根性無しの男は2度と戻って来なくても良いので、次回は地獄の釜の中にでも飛ばして下さい」
「地獄ですか、こりゃまた酷い」と2人の会話を聞いていると、やっと理解ができた。
「それで2人はグルだったのか。門前に居たのは初めてだったのでトイレの場所が分らなかったんだよ。それで、おじさんもあやかしなのかよ?」
「そうですけど、昨日あれだけお話をしたのに私があやかしだと全然気が付かなかったのですか?」
「あぁ、全く」
「お嬢さん、本当にこのお兄さんが住職のお孫さんですかね?」
「一応、そうだけど・・」
「少し頼りなさそうですよ」
「何だ! 人を頼りないとか偉そうに・・でぇ麻衣、あんな変な術を使うこのおじさんはいったい何者だ、このお寺に住み付いているわらしの仲間か?」
「そうね、わらしの仲間のあやかしだけど、このおじさんはこのお寺に常世から色々な物を運んでくれるの、おじさんのお陰で重たい物を運ばずに済むので大助かりなんだから」
「何だ、ただの力持ちの宅配屋さんじゃないか」
「単純ね、時空を一瞬で飛び越える、凄いあやかしなのよ」
「凄いあやかしとは、お嬢さん、また嬉しい事を言って下さいますね」
「何言っているんですか、おじさんは本当は上級あやかしなんでしょ」
「いえいえ、まだまだ下っ端ですよ」
良く考えてみると時空を飛越えられるって凄い術だった。
「それで一瞬で俺を門の前からこの部屋に飛ばしたのか・・でも、もしそれが本当だとしたら、昨日駅から一息にこのお寺まで飛ばせば良かったものをなぜ態々軽トラで来たんだよ」
「それはお店に寄ってお買い物をしたかったし、それに連続して時空を飛べないんですよ。でもお兄さんを背負ってのお寺までの道のりは本当に疲れましたよ」
「まぁ平助を背負ってお寺まで来たなんて、お2人は仲の良い事」
「そんな訳あるか! 俺はちゃんと軽トラに乗ってきた筈だ」
「まだ信じてないみたいね。たぶんそれは幻覚よ」
「じゃ、おじさん、お願いだから直ぐに家まで俺を飛ばしてくれないかな?」
「今度は家までですか、それは少し遠すぎますし」
「話を全然聞いてなかったの? 連続は無理なのよ。それに家まで飛ばせって、また逃げる気ね。それともお寺のトイレは怖くて用がたせないの?」と麻衣は笑っていた。
「今の子供は水洗じゃないと駄目とは聞きましたが、本当だったのですね」
「平助、トイレ怖い、怖い」と、わらしも笑ったので
「バカ言え、俺は夜中でも一人でちゃんと行けるぞ、もう子供じゃないんだ」
「じゃ、トイレはお寺でしてね。それにちゃんとこの寺の掃除や修理が済んだら家に戻してあげるから心配しないで、でも電車だけどね」
おじさんに頼んで家まで一気に飛ばして貰おうとしたが駄目だったの少し落胆していると
「昨日はあんなに強がっていたのに、お兄さんはやっぱり逃げ出したんですね、たった一日も持たないなんて情けない。これも辛抱ができないゆとり世代のお陰ですかね」
「それを言わないで・・俺も昨日までは逃げる気持ちは無かったけど、あやかしの祟りが怖くなったので仕方なく・・」
「祟りですか、そんなもの有ったかな・・」と、おじさんが不審がると
「ほら、あれよ、あれ、あの怖い祟りよ・・」と麻衣が上手く何かを誤魔化したかったので、今日も昨日に続いておじさんがお寺に来たので理由を尋ねた。
「それでおじさん、今日は何の御用ですか? 確か昨日荷物を運んで頂いた筈ですけど、今日もまだ何か有りましたか?」
「いいえ、今日は荷物じゃなくて、お兄さんに買って貰ったお菓子を食べようと思いましてね、それで朝早くに来ました」
「また現世の食べ物ですか? 本当にお好きですね、」でもそろそろ止めないと大切な寿命が縮んでしまいますよ」
「そうですが常世の食べ物は歯応えが無くって、それに味も薄くて全く食べた気がしないんですよ。それに比べて現世の食べ物は食感も良くって、それに色々の味が有って、もう美味しくて美味しくてついつい毎日手が出てしまいます。本当に現世の物を食べていると寿命なんてどうでもよくなってしまって・・」
「それじゃ、いけませんよ、ちゃんと注意して下さい」
「はい・・」
「何だ! おじさんは、態々現世の食べ物をこのお寺に食べに来ている訳なのか?」
「そうですよ、私には現世の食べ物を買うお金が無くてね。それでここへお裾分けを貰いに来ているのですよ、でもお嬢様がなかなか食べさせて下さらないんです」
「それは仕方ないでしょ、もう・・」
「それで昨日俺に色々買わせたのか、お裾分けどころか全部食べる気でしょ、あやかしのくせにちゃっかりしているな」
「すみませんね、こんな山奥には滅多に人が来ないもので、それで昨日はつい買い過ぎました」
「困っていた俺を助けてくれたお礼ですので、あれぐらいの物は別に良いですけど」
「本当ですか? じゃお言葉に甘えまして、今度は甘いケーキが・・」
「じゃ、家まで飛ばしてくれますか?」
「長距離なので明日なら・・」
「絶対駄目です! おじさん、本当に寿命が縮みますよ」
「それは分っていますが、本当に現世の食べ物は美味しくて・・」
「本当に常世の食べ物は美味しくないのかな、俺は常世の物を食べた事が無いので分からないや」
「そうなのですか、お兄さんも一度食べてみるとその不味さが分かりますよ」
「無理無理、平助にはその差は分からないわよ」
「おいおい、人を味覚音痴の様に言うなよ。もしかしたら神の舌を持っているかもしれないぞ」
「何処が神の舌よ、持っているのはペラペラの紙の舌の方よ」
「お嬢さん、それは酷いですよ。お兄さんも一応人間ですので・・」
「だって、今日の朝ごはんを美味しいって食べていたわよ」
「何ですと・・それならお兄さんの舌はペラペラの紙ですね」
「今朝のごはんは確かに美味しかったけどな・・もしかしてあれは常世の食べ物だったのか、具材はあやかしのお布施だったのか?」
「あらっ、今頃気が付いたの。あれも全部おじさんが常世から運んで来た物よ」
「それにしてはおじさんが言う様には不味くは無かった。それどころか美味かったぞ」
「それは料理上手な私が居るお陰よ、具材は常世でも下拵えや味付けはこの料理上手な私なのよ」
「そうだったのか、それで美味かったのか」
「それに常世の食を毎日食べれば誰でも長生きするわ、でも今日の朝ごはん一食だけなら効果が全く無いかも、だから逃げ出すと貴方は大損よ」
「何だ、祟りで早死にする俺が今度は長生きするだと、それは本当か?」