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その日俺が明日にでもお寺に行く事を両親に話して寝静まると、母は会社から戻ってきた父と俺の部屋の隣の居間で我家の全財産が載っている貯金通帳をテーブルの上に置き、少し酒を飲みながら俺に聞かれては拙い事とこそこそと話し出した。
「平助から話は大体聞いたが、母さん、あんな嘘をあいつに言って大丈夫かい、
流石に後でばれたら幾ら優しいあいつでもカンカンに怒るに違いないぞ」
「お父さん、私は平助に嘘何か言っていませんよ、お父さん良く考えて下さいよ、半分は本当の事じゃないですか。もしも他の親戚の誰かがあのお寺の住職になりたいと急に気が変わって、親戚一同がその者が良いと建物や敷地を相続されると今までお寺の世話をして来た我家には一銭も入ってこないのよ」
「そうだけど、我家がお寺の世話をしてきたかな・・」
「良く私の話を聞いて下さいよ。結局はお祖父さんのお金を当てにしていたのにお金が入らないのと一緒ですよ」
「確かにそうだが・・でも、あの朽果てたお寺を継ごうと言う物好きが居るのかな? 修繕費は相当かかる上に住むにしては田舎だぞ」
「変わり者は何処でも一人は居ますよ」
「まぁ、その時はその時でお金は諦めるしかないな、元々はお前の実家だからな・・」とお酒を飲んで少し酔っている父は余り考えてはいなかった。
「お酒を飲むと気が大きくなるんだから、ほらこの貯金通帳を良く見て下さい。
平助の大学の入学金や授業料なんてどこから出せるんですか? 来月の電気代がやっとですよ」
「またまた、電気代とか・・」と酔いで目が半分潰れた父に母が貯金通帳を見せると、父はその残金に愕然と酔いが覚めてしまった。
「おい、本当に残額はこれだけなのか? 我家の何処かにヘソクリは無いのか?」
「ある訳無いじゃないですか、有っても2DKの借家の何処に隠すんですか、それに毎月の自分のお給料が幾らか知っているでしょう、それの何処からヘソクルんですか?」
「そうだな、経営も傾き始めた会社の、それも本社じゃなくて支社の課長補佐だからな。だから小さい頃から平助を気に入っていたお前のお祖父さんからあいつの学費を最初から出してもらうつもりだったし、そのお祖父さんが急に亡くなれば、当てが無くなりこうなるのも当然なのか・・」
「でもお父さん、良く考えてみて下さい。もし万が一にもあの寺を見に行って平助の気が変わって、俺が将来住職になってもいいよと言ってくれればあの寺の建物や敷地も全部我家の物になるんですよ、それに相続税はかからないし、そうなるとこの貯金通帳の残額なんて気にならないでしょ」
「そうだな、でも万が一だぞ、上手くそうなるかな」
「そうなるように仕向けるんですよ、策を練るんですよ」
「仕向けるって、どうするつもりだ?」
「それはまだ秘密ですけどね、前々からちゃんと私が上手く考えていますよ」
「母さん、それにしてもあんな田舎の不動産は価値が知れているだろう? 一山幾らにもならない上に修繕費もかかるんだぞ」
「お父さん、平助も寝ているのでここだけの話ですが、あのお寺のどこかにお宝も隠されていると言われていますよ」
「またまた、俺はもう酔っていないぞ」
「本当の、本当の話ですよ」
「そうなのか、そんな話が有ったのか、流石に平家は平家でも富豪の方の平家、九州の山奥に逃れた平家とは違うな。それに大昔は辺り一体を支配していたそうだし、お宝は凄そうだな」
「はい、それでまだ見つかっていないお宝とかもかなり有るんですよ」
「でもそれは本当かな、隠し財宝をよくテレビで観るけど、結局は・・」
「テレビと一緒にしないで下さい。この話の信憑性は高いですよ」
「それは本当なのか?」
「はい、私が小さい頃に親戚達の話を盗み聞きしました。それにその話に加わっていた叔父や叔母もしぶとく九州で健在ですので、狙っているかもしれません」
「それなら、この話を知っている誰かの子や孫達が急に住職になると言い出しかねないな、急いで平助をお寺に行かせて正解だったな」
「はい、でも不思議な事に総本山からの苦情は我家にしか来てないようですので、他の親戚はまだ動いてないようですね」
「お前は色々な情報を何処から仕入れているんだ、本当に凄いな」
「あらっ否ですよ、人をくの一の様に・・」
「否、モサドだと言ったつもりだったが・・」
「それにお父さん、もしお宝が見つからなくても、平助が住職になるなら行く大学は総本山系の宗教法人経営のあの大学で決まりだし、あそこなら推薦で楽々合格して浪人しないで済みまうよ」
「そうか、それは大助かりだ、予備校の費用は要らない訳だ」
「もしかしたら、更に我家には入学金や授業料の免除の得点付きかもしれないですよ」
「そうか総本山とお前の実家との深い関係からすれば当然免除の筈だ。それにあの大学は山奥の全寮制で更に自給自足だし、お金は寮費だけで殆どかからない。それだと我家の出費も少なくて済みそうだ、これで私達の退職後は東北の田舎で静かに暮らせるな」
「そうですよ、それに要らないお寺の敷地の半分でも売れば優雅に暮らせますよ」
「そうだな、売れなければ俺もお寺を手伝いながら隣に畑でも作るか、老後の自給自足も楽しいぞ」
「いえいえお父さん、お寺は全て平助に任して、私達はのんびりとアパート経営でもして暇な時間は二人で東北の温泉三昧ですよ」
「そうだな老後は温泉三昧だな、足を伸ばして北海道も良いな。これで老後は安泰だ、アッハハ」と両親の明るい悪巧みを俺はまだ知る由もなかった。