始まった村人生活
「マントで汚れを拭くな! 鼻をかむんじゃない!」
翌日、本日も村長宅に訪れた二人。レイテはいつものことだろうが、ヴェルドもついてきていた。
今は朝食も終わり、ヴェルドは子供たちの遊び相手をさせられている。
「なにトイレ? おいいも娘」一人まだ小さい子がトイレを伝えてきた。
レイテに声をかけるが、まだ食後の片付けを行っているようだ。
「今手が離せないからお願い。それといもじゃないっての!」
やれやれ、なぜおれさまが……と言いつつも、子供を抱えてトイレに連れて行く。その用を足し終えて戻ると、部屋の隅に村長がいた。先程まではお話を子供たちに聞かせていたが終わったのか、今は静かにイスに座っている。
「今日もありがとうございます」近づくヴェルドに気がつくと、村長は声をかけてきた。
「まあ今は特にやることも無いからな」
反対側のイスに腰掛けるヴェルドだが、するとそこに足音を立てて数人の子供が近づいてくる。
「マオウサマ遊ぼ~」
「遊んでマオウサマ!」と子供たちは皆一様に、魔王さ様呼びになっていた。
「ウム。いいだろう……と言いたいがちょっと休憩だ。またあとで遊んでやる」
子供たちは軽くぶー垂れながらも、約束だよと言って追いかけっこしながら離れていく。
「アンタ……魔王様って呼ばせてるの?」
呆れた様子で近づいてくるレイテ。手にはお盆を持ち、その上には三つのコップが乗せられている。片付けはもう終了したようだ。
「当然だ。我が偽りのない真名こそ魔王。そう呼んでもらわなければ困る」クックックッと笑うヴェルド。
レイテは子供に目を向けながら、悪い影響ないといいんだけどと呟いた。村長も、レイテの発言と一緒で内心ちょっと心配なのか、はは……と乾いた笑いを漏らす。
村長、ヴェルド、その横の席にコップを置く。中身は白湯のようだ。それが終わると最後にコップを置いた席にレイテは座る。
「ですが本当によろしかったのですか?」よろしかったとは、村人になる件についてだろう。
「あなた方は……」ヴェルドは手を前に出して静止する。
「それに関してはもうよい村長。おれたちが勝手になると決めたのだからな。全ての責任はおれたちにある」
「そう……ですか」
「食事のことも気にするな。自分達の食べるものくらいはなんとかする」
そこまで言われてしまったら、これ以上聞けない。村長も説得を諦めたというよりも、決心した面持ちだ。
「いえ。わかりました。でしたらこれよりあなた方を正式に村の住民としましょう」
「フッ、おれさまとしては名誉村長から始めてもよいのだ……ぐっ!?」
ビシッと軽快な音を鳴らして、レイテは振り抜くようにヴェルドの後頭部に手刀を打ち込んだ。「アホなこと言ってんじゃないわよ」言い終えると、もう片方の手に持っていたコップに口を付ける。
「おいいも娘! その生いものように硬い手で殴るんじゃない! 将来的に禿げたらどうしてくれる!」
「そしたら盛大に笑ってあげるから安心して。それと、いもいも連呼してんじゃないわよこの禿げ!」
「まだ禿げておらぬわ!」
口論が続きそうな中、村長は薄くなった自身の頭頂部を気まずそうにをさわる。その姿で毒が抜けたのか、二人は言い合いをストップした。それを確かめてから、村長は話し始める。
「それで村の一員になるのでしたら、ヴェルド殿とフリック殿には一度村の皆と挨拶をしてもらいたいのですが……フリック殿はどちらに?」
ヴェルドもコップを手に取って、一口飲んだ。
「ああ、あいつには一つ小用を頼んでいるのでな、当分は手が離せない。悪いがおれ一人で行かせてもらおう」
レイテにはそのまま村長宅で子守をしてもらい。ヴェルドは村長と共に村の家を一軒一軒回っていった。
――といっても、もう誰も住んでいないとこも多く全体の三分の二ぐらいではあったが。
会えた村人たちは皆変わらず不可思議そうな表情をされてしまうが、そこまで邪険に扱ってくるものはそれ程多くはなかった。これには村長の存在が大きい。快諾とまではいかないまでも、村長が言うのならといった感じに一応納得はしてくれるようで、この村の現状でここまで落ち着けているのも偏に、舵取りを行う村長への信頼感があるからかもしれない。
「なあ、村長」
「はい、なんでしょう?」
二人は大体の住民に挨拶が終わり村長の家へと戻る道すがら、ヴェルドは昨夜から考えていたことを口にする。
「どこか使っても差し支えない空き家はないだろうか?」
昨晩、村長との話を終え。レイテ達と村を一望してから、さて今夜はどこで寝泊まりするかとヴェルドとフリックは相談し始めたのだが――
「……泊まるとこ決まってないなら、今晩も家に泊まればいいわよ」とレイテが提案してきた。
ヴェルドとしては元々二日も世話になるつもりはなかった。前日に知り合ったばかりで素性も知れぬ、それも二人も置いとかせるというのは多少なりとも、気が引けるものがあったからだ。
だが、レイテは今夜は遅いし明日また考えればいいと言って二人に先んじて歩き出してしまう。
結局その夜もヴェルドとフリックは、レイテの家でやっかいになり。簡単な軽食まで出してもらっていた。
「何時までも、いも娘の世話になっている訳にもいかんのでな」
この話に村長は悩むことなく「そのままで良いと思います」と返答され、流石にこの答えは予想の範囲外、ヴェルドは軽く目を丸くした。それは本来、レイテに了承を得なければいけない事柄だ。
「良いものか?」
横を歩く村長は答えず、何処か遠いとこを見ている目つきになっていた。それから「……そうですね」と言って、ピタリと歩みを止めた。今はしっかりとヴェルドを見ている。
「村の人間になるのでしたら、知っていておいてもらいたいことがります。もう少しよろいしですか?」
村長から今までとは一風違った様子を感じ取ったヴェルドは、小さく頷く。
「ああ」
「ではこちらです」
身を翻して元来た道を戻り始める村長。それに続いて、ヴェルドも後を追う。進んだ先にある別れ道を、先程通ってない方へと曲がる。そこから更に進むと、村からは丁度死角になる土手に出た。土手からは落ちないように、道には柵が設けられている。
しかし奧の方、森へと向かっていくとこの手前一カ所には、柵の区間をわざと開けていると思われるスペースがあった。その先に視線を移す。遠目からでも、その場所になにが存在しているのかは一目瞭然。
十字にして地面に立てかけられた木材が多数。
――墓だ。つまりここは墓地といこと。村長は柵が開いてる場所から土手を下っていき、ヴェルドもそれに習う。
十字の墓が数ある場所の少し奧の方、そちらにはちゃんとした石造りの墓が並んでいる。区画でキレイに統一された二種類の墓、その光景は少々異質に感じてしまう。村長は十字の墓の方へと向かう。
「こちら側は、全てあの日…………村が襲われて以降亡くなった住人たち、八十七名が眠っています。私の義理の息子……娘の夫もここに」
娘がいたことは初耳だった。この場にもいないということは、あいつらに攫われてしまったということだろうかとヴェルドは思う。
ポルク村には鍛治師や彫金師などの職人が働く工場的なものが存在しない完全な農村地域だ。農作物や畜産業以外の物は、村の外から発注しているようでそれは墓石なんかも同じらしい。現在は半ば封鎖されている状態で、それも出来ないのだ。
「ここです」村長が足を止め、そこにも当然ながら墓がある。墓には名前が刻まれていた。
墓に刻まれていた名前はカレル。男の名前だ。
「――――レイテの父です」
「……そうか」
つまりこの人物も、あいつらの犠牲者だということか。
昨晩村長と話した時に聞いたが、あいつらが行った無法は数多に上る。最初あいつらはなんの宣言もなく大勢でポルク村に攻め寄せた。村の住人も抵抗を試みたが、浮き足だった上に多勢に無勢。数少ない村の戦力は、ごく僅かな時間で半数が無残に殺されてしまい。それを見て他の者も、抵抗の手を止めた。
村の制圧が済むと、最初に手を出したのが馬だ。足を奪い、逃げられなくする。それから食料を詰めるだけ馬車に積み。最後に嫌がる女を無理矢理誘拐していった。
そしてそれ以降も定期的に現れ、村の物資と女性を連れ去ることを繰り返す。村から抵抗の機運が高まると、広場で公開処刑と称して無残な殺し方を見せつけ、その芽を摘み取る手段を執る。
今では戦える大人は一部しかいない状態で、住人は元いた半分近く。それも老人か子供に偏っており、村長の家で生活している子供達の殆どは、この一年で身寄りを亡くした者が大半の孤児らしい。
「カレル……彼は正義感が人一倍強い人間でした。村が始めて襲撃された時にも、いち早く武器を手に取って戦い。敗北し、村をいいようにされることになってからは皆を励ましながら、束縛から解放される望みを捨てずにいたのです」
村長は目の前の墓を見つめている。その眼には懐かしさや悲しさ、やるせなさといった。混ぜられてどうしようもないといった感情が込められているように見える。
「……しかし、あいつらの中にもカレルの意思が折れていないことに気がつく者がいたのでしょう。だから見せしめとして、殺されてしまいました…………あいつらが最初に行った公開処刑の犠牲者です」
見てみると、木材には亡くなった年月も掘られており。一年経たないぐらいだ。
隠しきれなかった意思、それが仇となってしまったということか。
「――母親もなのか?」
ここにいるのか? と心に引っかかったことを口にしたが、村長は首を横に振って否定する。
「母親、メーシェはどうなったのかわかりません。レイテがあいつら食ってかかった際に暴行を加えられそうになり、庇って連れ攫われてしまいました。カレルが殺されてから、次に襲われたときのことです……レイテもきっと、父が殺されたことに納得出来なかったのでしょう」
――ではあいつは、ずっと一人だったのか。
例え村の子供達といたとしても、両親がいなくなった穴を埋めるのはそう簡単な問題ではない筈。
「…………」ヴェルドは適切な言葉が浮かばず、黙りこくってしまう。
今日村の人間と会ったが、15~30ぐらいの間の女性とは、僅か五人としか会うことがなかった。この村の規模からいっても明らかに少なく、それだけ連れてかれたということだ。
そして、その女性たちはどうなったのか。何事もなく無事――という楽観視は出来ない。
「あの子……レイテは一人でこれまで頑張ってきました。父や母に似た優しい子で、わたしや小さな子たちを支えてくれています……けどあの子はまだ13歳、子供なんです。辛く感じてない筈がないのです。でもきっと、わたしたち村の人間の前では弱音は吐かない……いえ、同じ境遇だからこそ吐けないでしょう。ですから……」
そこから先はもう聞かないでもわってしまう。
「村の人間でないおれたちにまかせたいと?」
村長は静かに頷く。
「……すみません。村の人間として認めると言いながらも、こちらの勝手な言い分を……ですが、あの子がああやって自然に接しているのを見たのは久方ぶりでした。普段は小さな子たちの姉としての自分、聞き分けの良い自分が邪魔をしているのでしょうから。言葉では色々言うかもしれませんが、きっとあの子も嬉しいんだと思います」
村長はヴェルドに振り向くと、頭を下げた。
「どうかレイテをお願いします」
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午後になると、レイテはいつもの日課でもある食料を探しに森に入っていた。昨日とは違う方向に進んでみる。ヴェルドもついてきているが、未だフリックの姿はない。
今朝、朝食を食べるときにはフリックの姿はあったのだが、終わるといそいそと出かけてしまいそれっきりだ。
「ねー」
「なんだ?」
どちらも森の中を見回しながら返事を交わす。時間は有限なので、悠長にお話だけしている訳にもいかない。
「フリックは結局どこにいったの?」
「大した用事ではない。夕刻には戻るだろう」
ヴェルドからは、特に心配した様子なんかは見られない。ちょっと近くまで買い物に行ってるだけ、そんな感じの口調だ。
「でもアンタら方向音痴でしょ? 村の中で迷ってるんじゃない?」
倒れていた丸太の下を覗き込む。本日はツイてるようで、それなりの大きさのキノコが生えている。昨日諦めたのよりも良さげだ。
「村の中なんだ、問題ないだろう」
「そっか、じゃあ大丈夫かな……っと」
キノコに手を伸ばして採り、それをカゴに入れる。
「こちらも気になっていたことがあるのだが」今度はヴェルドの方から話かけてきた。
「んー?」そちらに視線を向ける。木々を見上げてはいるが成果は望ましくないようだ、難しい顔をしている。
「あいつらは今朝のようなことをよくやっているのか?」
ヴェルドが言っているのは早朝に行われた、あいつらが行う在宅確認のことだ。
あいつらは自分達で村の人間の状況や逃げ出してないかの確認の為、不定期で家に押しかけてくることがある。
「そうね。大体一、二日くらいに一度。時間に関係なく行ってるみたい」
これが行われる際には一度に全部の家を回っているようで、その時は少々村が騒がしくなってしまう。
「……ほう」
レイテの言葉で、ヴェルドは何か考えているように見えたが、その表情は直ぐ消える。
「それと、村の人間はお前以外森には入らないのか? まだポルク村に来て三日目だが、他の住人と森の中で会ったことがないぞ?」
「ああそれはね。人数が決められているのよ」
「人数が? あいつらにか?」ヴェルドは見上げるのを中止して、こちらを向く。
「そう。余りに大勢で出たら、逃げると思ってるんでしょう。同時間帯で外出していいのは、最大五人までと決められているの、それも東側からのみ。そこ以外のとこからは出るなと、勝手なことを言ってもいるし。ご丁寧に、通る際に名簿みたいなのに書き留めて、誰々が今村から出ているとわかるようにしてるみたい」
「ルールを破ったらどうなる?」
それは当然気になることであろう。だが答えは、直ぐに思い付く簡単なもの。聞いているヴェルド本人も、薄々気づいている筈。
「処罰の対象……て、あいつらはそういってるは」
こんな言い方だが単純に、従わなければ殺す――と言っているものだ。
あいつらと関わるのが嫌で嫌で仕方なく、そのルールに従わず森に入った者は以前いたりしたが、バレた際にはその場で斬り殺されてしまった。そういう経緯もあって納得出来きてる訳がないが、言うことを承諾するしかない。
「だから午前と午後、日数で森に入る人を事前に相談して決めてあるの。あたしは村長の家の子たちの分も採りに行くから、ほぼ毎日優先して入れてくれてるわ」
大人たちは村長の家の分まで採ってくる。だからそんなに無理しなくてもいい、と話してはくれてはいるが、やるからには出来うる限りのことはしたいとレイテは考えている。それでも足りないことが多く、食べ物を持ってきてくれたりしているのだが。
普段は何かしらあったときの為に一枠だけ開けている。昨日はお願いしてもう一枠開けてもらえたのだが、結果として無駄にはなってしまったけど。今日も余っている一枠を、そのままヴェルドが使っていた。
「だから出ている人数はそう多くないの。そんなに村の外で会うこともないか――」言ってる側から、人影を見つけてしまう。ガッシリとしていないが、決して細くない体つき。伸ばされた頬からアゴにかけての整えられたヒゲ、それとメガネが特徴的な中年男性。村の住人の一人で、レイテの知り合いだ。その人物はこちらに気づくと、手を上げて笑顔で近づいてきた。
「よ~っすレイテちゃん。今日も可愛いね。どう? うちの子の嫁になんねぇ?」口を開くなり、そんな軽薄そうな声をかけてくる。
「……ハハ、フェイナーさんは相変わらずですね」
一言二言言葉を交わす。そうしている間にヴェルドも側まで寄ってきた。紹介しようと思い、フェイナーさんに手を向ける。「ヴェルド、こちらは」
「ああ知っている、午前中に一度会った。先程は邪魔したな」
フェイナーも、よ! と手を上げて挨拶を返す。
「さっきは態々来てもらちゃって悪かったね。まあ、菓子折もあったら最高だったけどな!」二カッと歯を見せて笑う。村の状況的に冗談には聞こえなさそうだが、フェイナーさんが言うと悪い気をさせないから不思議である。
「フッ、では今度邪魔するときには配慮させてもらおう」
「ハハハ言ったな! 期待しちゃうぞー? でっけぇ夢を持った兄ちゃん」返しが気に入ったのか、顔を天に向けて快活に笑う。
それにしても……
「でっかい夢って……」
まさかこいつは、あの軍だが国だか作って世界征服がどうたらという話を皆にしているのか?
「ハッハッハッ。いずれ国の主になるおれが持っていく物だ、期待してもらおう」
あ、こりゃしてるは。馬鹿だ、どう考えてもこいつ馬鹿だ。
明るい場の雰囲気? ではあるが。しかし、レイテは一つ心配ごとがあった。それを控えめに口にする。
「……あの、二人は大丈夫ですか?」
フェイナーには二人の子供がいる。どちらも男の子で、十歳の長男がアシュレー。八歳になる次男がラフィだ。レイテが二人を見たのは十日以上前になる。
前回村を襲われた際、ラフィはあいつらの一人に掴まってしまった。無法を働くあいつらに対する恐怖から泣いてしまい、それが気に障ってのことだ。
最終的にラフィは解放されはしたが、高い位置から落とされる形で手を離されてしまい。地面に右手を強く打ち付けて骨折を負わされてしまった。
……それだけではない。ラフィの解放の代わりに、フェイナーさんの奥さんであるサニアさんが連れて行かれてしまったのだ。
フェイナーは常日頃から家族を一番に考えている人物で、明るく振る舞っているが胸中は穏やかではいられない筈。だから敢えて奥さんの話題だけは避けるようにレイテは気をつけていた。
「…………ああ、二人とも家で大人しくしているよ。ラフィも薬飲んで静かにしていれば、そんなに痛くないようだからな。元気――とは言えないか。今はダリクが自分んとこの子と一緒に、留守番してくれてる」神妙な面持ちでそう語る。
「そう……ですか」
聞いといてなんだけど、なんと返せばいいのか。結局出てきたのはこんな平凡な言葉だけ。
「フェイナーさんも、余り無理はしないで下さいね」
それでも笑顔で返してくれる。最初のような解放的なものではなく、一歩引いた小さな笑顔。
「ありがとう。けど父親のおれがしっかりしなくちゃいけないからな、今は頑張るさ」
フェイナーは別れ際に今度子供たちに会って欲しいと言って、レイテたちとは違う方向に歩いて行った。二人もその場を離れ、森の奥に移動する。
それから他の人に会うことなく、二人は夕方前には村に戻ることにする。
レイテは村の見張り台を通り抜けてから、気がかりになっていたことを隣に立つヴェルドに質問していた。
「ヴェルドはさ、フェイナーさんとこの二人と会えた?」
「ん? ああ、二人の坊主に会ったぞ。名前は……アシュレーとラフィだったな」
「そう……大丈夫そうだった?」
漠然たる言葉だけど、その意味は理解してくれているようだ。
「余り外には出ていないようだったがな。この現状で出るというのも変な話だが、他者との関わり合いも希薄そうだ」
あいつらに手を出された恐怖から、家に引きこもりがちになる人は結構いる。それは大人でもそうなる人がいるのだから、子供なら尚更かもしれない。
「気になるのか?」
「…………うん」
フェイナーとその隣の家のダリクはレイテの父、カレルと親友の中だった。以前は家族ぐるみの付き合いもあったのだが、今は無くなってしまっている。
小さな村なので、どこの家庭とも似たような関係はあるし、レイテは自分よりも小さい子の面倒を元々見てることが少なくなかったので、この村の年下の子は皆兄弟。弟や、妹のように思っている。だから決して特別ではなく。当たり前のようにアシュレーやラフィ、村の皆一人一人がどうしているのか、大丈夫なのか気になってしまうし、心配なのである。
「ウム、じゃあ会いに行くか」
「……えっ?」
「そうですね。会うのが一番よくわかりますし」
待って待って! 会いに行くって、これから直接ラフィ達のところに行くってこと?
いや、その通りなんだけどさ。あんなことのあとだと、こちらとしても心の準備というものが……
「で、でも。ほら! 向こうも、そろそろ夕食の支度があるだろうし……」
「そうだな。じゃあ皆で一緒に食べるとするか」
「流石は魔王様です、良い考えだと思います」
……ん?
さっきから一人分声が多いことに気がつく。レイテはヴェルドに向けていた顔を反対、耳に入ってくるもう一人の声の主の方へと向けた。
「……?」
どうかしましたか? と言いたげな顔で、フリックは顔を傾けている。
……ナチュラルに会話に参加してるけど、いつからそこにいたんだよ。
「えっ? 村に入ったとこで、もう隣にいましたけど?」
全然気がつかなかった。ただの思い込みかもしれないが、気配なんてあったかも疑わしく思えてくる。
「……あーそう。出来たら今度からは、声をかけてくれると嬉しいかも」
「はあー……? わかりましたレイテ」
フリックには昨晩長々と説得して、なんとかいもと呼ばせないことに成功していた。
……それにしてもまだ明るい時間だからいいが、夜中に背後から同じことをされた日には、
悲鳴を上げてしまうかもしれない。
「よし、それじゃ決まりだな。フェイナーの家に向かうぞ」
今の会話の流れでなにが決まったのか。ヴェルドは別れ道を逸れていく。
「……そっちじゃないんですけど」
流されるままに、レイテはフェイナーの家まで案内することになってしまうのだった。




