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覇道戦記  作者: 黒鹿
5/7

ポルク村の食卓事情



「それじゃ行くわよ」

 自分たちの昼食も終ると、レイテは昨夜の約束通りヴェルドとフリックの二人を連れ、東側から森へと向かう。

 途中、見張り台にいるあいつらに何処に行くのか声をかけられる。

「ようお嬢ちゃん。今日も健気に山菜採りか? 精が出るね~。アッヒャヒャヒャヒャ!」

 下品に笑う無精ヒゲを貯えた男は、まだ昼過ぎだというのに酒臭い口臭を撒き散らす。


 こうやって村を出入りするときは決まって監視役の奴に声をかけられる。酒臭さは嫌ではあったが、無下にしたら、何をされるか分からない。なんといってもあいつらは、実際にこの村で幾度となく無法を行っている輩。常識は通じない。

 以前村の人間がこいつらを無視していたら、いきなり斬りかかられたこともあった。その手を出した張本人がこの酔った男である。だから機嫌を取らないまでも、差し障りのない程度には相手にしなければいけない。


「おう……後ろの二人はこの村のもんじゃねぇよな? 一応報告されているが、昨晩来た奴で間違いないな?」

 もう一人いる顔面傷だらけの男が、少し離れた場所に立つヴェルドとフリックを見て怪しむ視線を送る。こっちの男は酔っていない様子。

 レイテは一度口の中に溜まった唾液を飲み込む。

「……ええそうです。ただの旅人で、村とは関係ない人たちです。昨日森で迷っていて、一日だけ滞在しただけで、これから見送ってくるとこです」

 レイテは止まらないように、一息に言い切る。一度止まってしまったら、体が震えてしまうような気がしたからだった。今だって、正直言えばこの男たちの前には立ちたくない。 

 怖い。レイテだけではなく、村の人間全てがこの者たちによって、恐怖を植え付けられていた。


 レイテの話を聞いた傷男はもう一度二人の方を見た、それから視線を戻す。

「先に荷物を見せろ」

 レイテは背負っていたカラのカゴと、腰に巻いたサイドバックの中身を見せる。その中のものを無造作に手に取る傷男。入っているのは、水筒と小さな銀紙にくるまれたものが二つだけ。

 問題ないと判断したのか、傷男は手にしたものを帰してくれる。次にヴェルドたちのチェックも行うつもりのようで、指を二人に向けるとこちらに来いと数度指先を動かす。


「やっと終わったかいも娘」

 開口一番にいもと言われたが、そこにツッコム余裕は今のレイテには無い。

 レイテが静かに要点だけを伝えると、二人は何も言わず身体検査を受ける。二人の手荷物は元々無いに等しいので、怪しいものを所持していないことがわかると傷男は櫓に戻っていく。上で出入りする者たちの記録をつけているらしく、用紙に筆を走らせていく。

「………………ふう」何も疚しいことなんて無いのに、このときだけはいつも緊張して変な汗が流れてしまう。

 酔っている方は先に戻っていたのか、もう一杯始めてい疚しいた。既にレイテたちのことに興味は無くなっているようだ。

 付いてくる二人はゆったりとした歩みだが、レイテだけはそそくさとその場を去るように森の中へと急ぐ。


 明るい時間ではあるが、木や葉が日の光を遮る。少々の薄暗さはあるものの、森の中にある村で生まれたレイテには慣れたものであった。――しかし、最近ではそんな森を少々不気味に感じてしまうことがある。

 それはあまりにも森が静かだからだ。


「静かすぎる森だなここは」

 森には入って数分。ヴェルドが辺りを見回しながら口にした。流石に村を出るからか、あれから何度もギリに奪われていた黒マントは身につけているが、その代償として受けたダメージは大きいのか。村長の家から出てからも時折お尻を摩っている。


「この森には動物の姿が殆どいないようだが」

「……そうね。いるのは小動物ぐらいよ」

 この問いに答えられるのは、この場ではレイテしかいない。黙っていてもよかったのだが一日だけとはいえ食事を共にしたり、ヴェルド本人にとって不本意だったかもしれないが、子供たちの世話もしてくれていたのだ。レイテとしてはお別れの前に、少し会話をしたい気持ちがあった。


「リスとかモモンガとかくらいかな。それでもそんなには見かけないけど」

「以前からこうだったのですか?」

 フリックは女の子たちと一緒になって花の冠を作ったのだが気に入ったのか、今も頭に乗せている。


「ううん。前はもっと多くの動物がいたわ」

「何故いなくなった?」

 レイテは立ち止まり、首を曲げて少しだけ後ろを見るとヴェルドと目が合う。その目は昨晩、レイテの家族事情を聴こうとしたときや、今日商人のギョームと話したときと同じ目をしている。


 レイテは前向く。それはこれから旅立つ者には関係ないとして、核心には触れないよう、目を逸らしたと言った方が正しいかもしれない。

「……乱獲ってやつ? あの村の貯えだけじゃ食べていくのは大変なの。だから、必要な分をその度に獲っていたら……ね」

 言葉に嘘はない。実際、あいつらに食料を奪われることが続いており、食料危機に瀕している。その所為で森の野草はもちろん。食べられる動物も何度も狩猟していた。しかし生きるためとはいえ、結果的に獲り過ぎてしまいついには姿さえも見なくなってしまう。

 そしてそのことで他の動物たちも異常を察知したのか、徐々に森から姿を消していった。

 話している途中、食べることができる野草を見つけたレイテはそちらへと小走りに向かうが――


 ……駄目、まだ全然小さい。成長途中のようだし、せめてもう少し大きくなってからの方がいいかな。


 残念ではあるが、その場を去って移動を再開。レイテはまた話を続ける。

「動物だけじゃない。木の実や果実、野草も殆どなくなってる。そっちもほぼ獲りつくしてしまっているから」


 正直言うとね、あの村はかなり限界ギリギリのとこでやってる。

 

 そう口走ってしまいそうになり、喉から出かかったそれを無理矢理飲み込む。言ったら最後、関係無い二人に助けを頼んでしまいそうな自分がいる気がした。我慢をしていると、悪いイメージばかりが頭の端を過ぎていく。食べ物がなくなったあと。もし生き残ってもいつか、村の大人の女性たちのようにあいつらに連れ攫われるかもしれない。


 そしたら……あたしは一体どうなってしまうのだろう? 

   

 体が震えていることに気がつく。それが後ろの二人にバレないよう、少々明るい口調で声を出す。けど、それはちょっとあからさま過ぎだったかもしれない。

「でも問題ない! こんなの慣れっこだしね。自然には囲まれてはいるけどさ、元々ポルクの村はあまり豊かな土地柄じゃなかったから。それにもうすぐ畑の野菜も出来るし、フリックに見てもらってから尚のこと土も良さげだから、きっと良い野菜が出来るわ!」

 ありがとうフリック、とレイテは伝える。

「いえいえ、いも娘にはお世話になりましたから、当然のことをしたまでです」と返される。

 言葉使いは丁寧なのだが、いもだけはよしてほしい。そんなことを考えていると、幾分か、震えは収まっていく。もしかしたら、こちらに気を和らげてくれるためにいもと二人は口にしているのだろうかとレイテは思うが、直ぐにいや、気のせいだろうと考え直す。

 

 落ち着くと、聞きたかったことが頭に浮かんでくる。

「こっちからも聞いていい?」

「なんだ」


 昨夜、ヴェルドとの会話を思い出す。

「ヴェルドは剣の心得があるの? あたしが使っていることも直ぐに気がついたし」

 特に隠す必要もないということか、ヴェルドは一言「嗜む程度にはな」とだけ答える。

「……ふ~ん」


 嗜む程度で見てもいないのに未熟な部分がわかったりするものなのだろうか?


 昨夜指摘されたとこをレイテは直して数回剣を振ってみたのだが、そちらの方が確かに力が乗るのを感じており、的確な助言ではあった。

 ただ変な癖がついてしまっているのか、持ちづらくはあるのだが。

「なら持ち方を意識して直せ。そういったのは矯正するしかない」とヴェルドは口にする。


 これは剣を習うチャンスだったかもしれず、惜しいことをしたかもとレイテは思うのだが。そこであることに気がつく。


 ……ん? そういえばヴェルドは剣を所持していないけど。旅をしているなら剣の一本でももってないなんて不用心すぎない? お金もないようだし、売っちゃったのかな?


「おい、いも娘」

 話かけられ、考えを中断してレイテは振り返る。

「いもじゃ無いって言って……」まだレイテが話している途中だったが、ヴェルドがアレだと斜め上を指さす。反射的にその指し示す先をレイテとフリックは目で追と、そこは回りの木々より高めの巨木。その中腹には、黄色をした果実が二つ実っていた。それでヴェルドへの腹立たしさという感情は、あっという間に流されてしまう。


「あー…………ここからじゃ難しいかな」

 三人は巨木まで近づいた。

 中腹と言えどそれでも十メートル以上、十五・十六くらいはありそうな高さに果実は実っている。枝はそんなに太くないので、下から石など硬いものを投げれば折れそうではある。しかしそれなりにコントロールが必要で難しそうだ。

 もし仮に出来たとしても、キャッチに失敗したら最悪落下した衝撃でグシャグシャになって、食べれない状態になるかもしれない。そう考えると踏ん切りがつかない。

「う~ん」レイテは頭を悩ませる。条件は厳しいが、せっかく見つけたのに素通りは避けたい。

「フム。まぁ、まかせろ」

「えっ……?」

 ヴェルドの言葉に横を向く。この場は自分がなんとかしようというのか、手頃な石を弄んでいるヴェルドには自信があるのか「これぐらい簡単なものだ」と余裕そうに笑っている。


 ――ッハ! まさかただの変人だと思っていたが、実は凄い特技の持ち主とか!? 


 レイテは果実が手に入るかもしれないと思い、ちょっとばかり期待の眼差しを向けてしまう。

 ヴェルドは上に放った石を掌に掴むと、振りかぶって目を閉じた。一呼吸置いて肩が上下する。


「………………ッ!」

 カッと見開く「フン!」とかけ声を上げ、思い切り石を投げ飛ばした。

 放たれた石はそのスピードに乗って、ぐんぐんと空高く舞い上がっていく。中間の木々を、あっという間に通り越して真っ直ぐ突き進んだその石は―― 


「………………」果実のかなり横を素通りして、彼方へと見えなくなっていった。「……おい」


 あたしの期待を返せ。いや、少しでもこいつに期待したあたしが浅はかだったのかもしれない。


 ヴェルドも言った手前恥ずかしいのか、または悔しいという気持でもあるのか、プルプルと震えている。

「えぇーい、フリックよ! 石だ! ここいらの投げやすそうな石をかき集めるんだ!」 

「いや他の手を……」

 止めようとするがそれより先に「こんなこともあろうかと、既に集めてあります魔王さま!」とフリックは持ちきれないだけの石を抱え、脇からポロポロ溢している。

「よし、これだけあれば……! ちょっと待っていろ!」レイテに言ったあと、ヴェルドは次々に石を投げていく。


「……いや、あのさー。そう簡単に当たるわけないんだから……」時間の無駄。そう言おうと思った――ところが「お、当たった」


 うっそ! 


 慌てて果実のあった場所に目を移す。丁度良く当てたのか、へたの生っていた部分が砕けており、果実が下に落ちていく。

「よし!」言うが早いか、ヴェルドは砂利や草で整備されていない不安定な足場を巨木に向かって駆け出す。

 ヴェルドは普通の人に比べ素早いようではあった。しかし、レイテの目には果実の落下スピードはそれ以上であるよう見える。既に地面まで半分以下、どう見積もっても追いつけそうにない。


「――ッ!」

 そこからヴェルドのスピードが更に一段、上がったかのようにレイテの目には映った。いや、実際動きは早くなっており、物凄い勢いでリンゴとの距離を縮めていく。

 しかしそれでも果実はもう地表まで一メートルも無い。やっぱり無理だ、レイテはそう思ってしまう。

 だがそこで、ヴェルドは地面を強く蹴り飛ばすかのように前へと飛んだ、頭から果実に向かってのダイブ。


「ヴェ、ヴェルド!」 


 突っ込んだあと、ヴェルドはそのまま勢いで地面を転がる。

 やっとのこと、巨木に衝突して止まった。顔面からぶつかったようだが、あれはかなり痛そうだとレイテは思う。

「だ、大丈夫ですか魔王さま?」フリックは慌てて近づく。

「いつつ……ああ、問題ない」

 ヴェルドは自分の顔を押さえながら立ち上がる。そしてもう片方の手には、キレイな形を残したままの果実が二つ携えられていた。


「……凄いのね」近づいたレイテは、そんな言葉が自然に零れる。

 一部始終に見入ってしまっていた。こんな俊敏な動きは見たことが無く、素直に感心してしまう。「ただの変人かと思っていたけど」

「体は鍛えているからな。これくらい旅する者なら他愛のないことだ」そんなことを言うので、フリックに目を向けてみた。この体の細いフリックにも同じ芸当が出来るというのか?

 無理そうだけどな、と考えていると当人と目が合う。レイテの意図を察したのか、笑顔で手を横に振る。案の定出来ないと。


 ヴェルドは立ち上がるとレイテに果実を手渡そうとしてくる。

「……ん? どうした?」

 レイテはその差し出された果実に手を伸ばさず、少々悩んでしまう。


 これを手に入れたのは飽くまでヴェルドだ。見ていただけの自分が果たして譲ってもらって良いのだろうか? ……正直に言ってしまえば、もらえるならもらいたい。あたしには余裕が無い。

 けどそれは二人だって同じこと。元々食べ物が尽きて、行き倒れていた。今だって食料は持ち合わせていない筈。そんな相手から譲ってもらうなんて……


「気にするな。一宿一飯の礼代わりだと思え」

「……それは、今朝聞いた」

 レイテが煮え切らないでいると、ヴェルドは一度鼻を鳴らし脇を抜ける。通り過ぎるとき、背負ったカゴに果実をひょいと入れる。

「ほら行くぞ」そのまま歩き出すヴェルドと、それについていくフリック。レイテは後ろを振り返った。


「……そっち反対。こっちよ」

「………………フン。では早く先導しろいも娘」


 それから、特に話したりはせずに歩く時間が続く。果実の礼はしたかったのだが、タイミングを逃すとどうも言い出し辛いもの。けど、予定の場所はまだ先である。


 レイテはこの雰囲気にどうも馴染めないでいた。別段静かなのが嫌いな訳ではない、ただ先程のお礼もしないままの沈黙に耐えられそうになかった。こんなことなら先に言っておくべきだったかもと思いながら、それなら他に何か話題はないかと頭を捻て、そしてやっとのことで、一つ思い浮かぶ。


 ……けどこれはなー。


 少々自問してしまうが、それでも他の話題が出てこないのだからとして、決意した。


「…………一つ聞きたいんだけど」歩きながら、後ろをチラリと見る。

「どうした?」

「……何で魔王?」

 レイテが口にすると、ヴェルドその場ではピタリと止まる。そして「クックックッ、そうか。聞きたいか、聞きたいと申すか」何時ぞやのように手を顔に被せる。

 予想はしていたが、やはりこの変なスイッチが入ってしまう。昨日からレイテはこのノリというものがどうしても苦手だった。

「はあ……まあ」

「そうかそうか。そこまでして聞きたいか」レイテの曖昧な返事を気にしていないのか、はたまた聞こえていないのか、ヴェルドは満足そうに頷く。

「いいだろう、いいだろう。お前には恩があるからな、特別に教えてやる」

 一度コホンと咳払いを付き、腕組みをする。そしてニヤリと笑い口を開く。

「それは――」

 言葉をため込むヴェルド。続けてレイテも、それは――と唾を飲み込むシーンの流れ的な感じがしなくもないが、そこは敢えてやらないでいた。

「インパクトの問題よ!」

「……はぁ?」まったく意味がわからず、そんな気の抜けたような返事を返してしまう。


「インパクト――それはつまり衝撃。おれたちの旅の目的にはそのインパクトが、他者を惹き付けてしまう程の衝撃が必要なのだ!」

 だ! のとこでビシッと一差し指を向ける。


「……あー、ちなみに目的は?」

 嫌な予感がしつつも話の流れで聞いてみた。毒を食らわば皿までといった心境で。

「国と軍を作る、それが今の目的だ」

「――は?」

 思いがけないその答えに、話を聞いたレイテはポカンとしてしまう。口が開いたままだ。


 えっ? クニとグン? それって……国と軍ってことだよね? 


 言ってることはまあ理解出来るが、突拍子もなさ過ぎて思考がついていけてない。

「えと、なんで?」

「なんでとは?」

 質問の意味がわからないようで、ヴェルドは頭を捻る。

「なんで国と軍が欲しいの?」

「フッ、そんなこと決まっているそれは漢の夢――」

 当然とばかりのような雰囲気を纏い、目をつぶり微笑する。一泊置き、漢ヴェルド? の言うとこの夢を盛大に語り出す。


「漢の夢はでっかく世界征服! ソレのみよ!」

 目を見開き、歯をむき出しにして笑うヴェルド。どうだ驚いたかと言わんばかりに胸を反らす。横ではフリックがパチパチと手を叩いている。


 一方のレイテはというと。若干どころか、心の底からどん引きしていた。国のお偉い方ならいざ知らず。いい年こいた大人が言う台詞ではないと思うが、聞いたのは飽くまでもこちら。文句も言えない。

「へ……へぇー、そうなの? 魔王だから魔王軍になる……のかしら?? それでその……他の仲間は?」

 取りあえず、軍と言うくらいなのだから一人、二人では出来るものでもないので、さしあたりなさそうなことで話を繋ぐ。

「フハハハハ、そうだ魔王軍だ! 今現在、我とフリックの二名で構成されている」

 果たしてそれは軍と呼べるのだろうか? 少なくとも国でないのは確かだ。

 レイテは思った。こいつ……いやこいつらは、やっぱただの馬鹿。大馬鹿者だと。

「ま……まあ、頑張って?」

「うむ。まかせろ」

 一体何をまかせるというのか。ヴェルドは、一度深く頷いた。


 そこからまた話すこともなく、そのまま静かに歩いていく。お礼を口に出来ていないことは気にはなったが、またあのノリを繰り返されるのはレイテ自身にとってきついものがある。なので、先導に集中した。

 この森に関していえばレイテは慣れてはいるものの、ただ目的の方角に向かって真っ直ぐ進むだけでは到着しない。山道に比べれば少ないが、整備が行き届いてないこの僻地ではなだらかなとこや急な勾配があり、迂回しなければならない箇所がいくつもある。そんなことをしていると、いつの間にか向かっていた方向と違っていたなんてことも十分にありえた。自然特有のパッと見似たような場所もあるので気をつけなければならない。それでもコンパスさえ小まめに確認すれば時間がかかっても到着するのだが。本当にこの二人は方向音痴なのだなと、レイテは改めて納得せざるを得なかった。


 そして歩き続けること数時間。やがて、お別れのときは近づいていた。

「ここから先は真っ直ぐ歩きつつ続けれていけば、一日半ぐらいで街道沿いに出るから」

「はい、わかりました」

 レイテの言葉にフリックは頷く。

「それと野宿する前には進む方角を間違えないように、木の枝を進行方向に向けて地面に刺してね。これでたぶん大丈夫だとは思うけど……」

「フッ、大丈夫だいも娘。心配するな」

 いもと呼ばれるのは当然嫌ではあったが、これが別れの言葉と思えばしょうがないなという気持ちくらいはしてくる。

「世話になった」

「ありがとうございます。助かりました」

 合わせてお礼を口にする二人。レイテもちょうどよいタイミングと思い、自分からも礼を口にしようとしたところで渡す物があったのを思い出す。

「ちょっと待って!」

 レイテは腰がけにしていたバックに手をかける。中にはパンを包んだ袋が二つ入れてあった。ほんの一欠片ずつだけではあるが、昼食のときに余分に切って準備しておいたものだ。それを渡すついでに、先程の礼も言ってしまおうとした。そのときだ。

「よしここいらで十分だ――じゃあ帰るぞ」とヴェルドが急にそんな意味不明なことを口にし出したのだ。

「ええ、そうしましょうか」一方のフリックは、すんなりとそんな返答をする。


「…………えっ?」状況を読み込めていないレイテは、そんな疑問符を声を漏らすと「「えっ」」ヴェルドとフリックの二人は不思議そうな表情をとる。


 えっ? 帰るって、自分たちの国に帰るってこと?


 突然の発言に、レイテの思考回路は急速に鈍ってしまう。先ほど国や軍を作ると言っていたばかりなのに、いきなり自分たちの国に帰るというのか?

「……えっ、帰るってどこに?」

「どこって……ポルク村だが?」ヴェルドは、こいつ何を言っているんだ? といった様子で頭を傾げる。

「………………はうぃ?」

 自分自身で驚いてしまう程の今日、いやここ数年で間違いなく一番の素っ頓狂な声が自然と湧き出た。ついでに表情も崩れていたようで「ん? どうしたいも娘? いものような顔つきが、更にいも臭くなっているぞ」とヴェルドは罵っている。


 考えがまとまらぬ間に飛ばされた罵倒で思考が停止。レイテは一差し指を向けて詰め寄り「いもって言うなつってんでしょ! それと! どうして村に帰るのよ!?」と怒号を吐き出す。

「…………えっ?」ヴェルドは先と同じように声を漏らす。

「えっ……て! この流れはもういいから! あんたたち旅に戻るっていうから、今案内したんじゃない!」


 あたしはそういうことだからここまで来たんですけど!? 


「ん? …………ああ。確かそんな約束もしていたな」

 掌をポンと叩き、今思い出したと言わんばかりのヴェルド。


 おい、忘れてたのかよ。なんだ? 鳥と似たように、三歩進むと忘れるのかこの元馬王様は?


「それは取り止めだ。まだ村長に呼ばれている」

「え? 村長に?」


 ヴェルドは腕を組み直し、口の端を吊り上げた。

「ちょっとした野暮用ある。だからまだ出ていく訳にもいかんのでな」

「……」

 村では今まで何度か外部からの来訪者を頼って助けを呼んでもらおうと試みたことがあったが、それはいずれも失敗している。

 村を占領しているあいつらは用意周到に、そういうことを頼まれた人間を見分けることに長けてるようで、翌日には村の前にその者の死体が置かれていることが何度もあった。

 そんなことが続き。いつからか、誰が言ったかはもう覚えていないが、村に関係ない人の犠牲は避けようと話され。助けを呼ぶことさえもなくなっていた。


 取り決めには村長も賛同していたので不審には思った。でも本当のことなら、はい、そうですかとこの場でこの二人を残していくわけにもいかない。

「……まあ、そういうことなら」

 

 ここでレイテはあることに気づく。

「それじゃなんでここまで来たのよ?」

 ヴェルドはふんぞり返り「そんなこと、道を知る為に決まっておろうが」さも当然とばかりに答えた。

「………………覚えられたの?」この二人は昨日まで森を抜けられず、ずっと迷って行き倒れになっていたのだ。それが今日だけで変わるものか?


 ニヤリと笑い「フッ、まかせろ。では付いて来い二人とも」自信満々といった感じに、悠然としたさまで先頭を歩き出すヴェルド。そのあとに続くフリックは、流石魔王様ですと賛美している。


 ……けどね。


「いや、そっちじゃないから」ヴェルドの黒マントを引っ捕まえて、足を止めさせる。首元が引き締まり、ゴホゴホとムセ込みだす。


 今通ってきたばかりだろ。やっぱ駄目だわこいつ……


 結局帰りもレイテの案内で村までも戻る事になってしまうのであった。




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