ポルク村の日常2
「…………酷い目に遭った」
今子供たちは少なめのごはんをパクついており、そのテーブルにヴェルドも同席していた。
所々引っ張られた所為で髪は荒れ、服はしわくちゃ。自慢の黒マントも子供たちの一人、ギリというガキ大将といった風貌の子供に奪われてしまった。見てみれば、ギリは裾を床に垂らしながら黒マントを身につけている。
「朝からすみませんでした」
ヴェルドの席の真反対、そこには少しばかり年老いた老人が座っている。老人の前にも食事は出てはいるが、量は子供たちのに比べ少量であった。
「でもありがとうございます。お陰で子供たちも嬉しそうでしたので」頭を下げる老人。まじまじと見ようとしているわけではないが、少々寂しくなった頭頂部へと目がいってしまう。
「いいんですよ村長。子供たちの役に立ったのなら、そいつも本望でしょう」集団の中でも特に幼い子たちの食事を手伝いながら、レイテが間に入ってくる。
ここはポルク村の村長の家。レイテは事前に村長にはヴェルドたちのことを伝えておいたので、特に問題にはならないでいた。
「確かに、小わっぱにも理解されてしまう我が魔王としての魅力が罪なのだからな。フッ、致し方あるまい」
ヴェルドは一体何でそういう結論になったのか、満足そうにうんうんと頷く。
やっぱりこいつ頭おかしい。レイテはそう再認識するが、老人――先程村長と呼ばれた人物は一度ヴェルドの顔をじっくりと見始め出す。この行動にレイテは怪訝そうな顔しているが、ヴェルドは直ぐに察したようだ。腕や足を組み直し「見ての通りだ。おれは人だぞ」と答える。
「あ、いえいえ。これは不躾なことをしてしまいました」
村長は「申し訳ございません」とまたも頭を下げた。
一体どういうことなのか。レイテは理解出来ずにいると、ヴェルドは一差し指を上げて自身の目に近づける。
「村長が見ていたのは目だ」
何処を見ていたのか分かったとして、理由が分からない。そう思っていたら表情にも出てしまっていたのか、ヴェルドはやれやれといった仕草をするのだが、レイテにはその動きが妙に腹立たしく思えてしまう。
「魔王の話として、浮かんでくるものはなんだ?」
「……それっておとぎ話とかのアレ?」
小さい頃、父や母に聞かされたことがある。誰でも知っている童話みたいなもので、二つ有名な物語があるがその内の一つに魔王は登場する。
世界の人々を苦しめる邪悪な魔王。そこに立ち上がる勇者。勇者は苦難の道を仲間と共に乗り越えて、最後は魔王を倒したのだった。めでたしめでたし――よくありそうなこんな話。
「まあ大体はそんなものだろう……だが、ただの作り話ではないことはいも娘とて知ってはいるだろう?」
ヴェルドの話す通り、これはただのおとぎ話ではない。数世紀前に魔王は実在したとされている。
百年以上生きた魔王はその時代の人々に災厄を撒き散らし、世界を配下の兵と共に破壊と恐怖の限りを尽くしたらしい。
だがその暴虐も、ついには終わりを迎える時がきた。
世界を救わんとした六人の人物たち。知らないものはいない、六英雄の名で知られる者たちの手によって終止符が打たれる。
そしてそれが新王暦の始まり、つまりはラレンツィオ聖王国の建国へと繋がるのであった。
「――そして、魔王とは亜人たちの王であり、本人も亜人だったと言われている。亜人ぐらいは知っているだろう?」
馬鹿にされているようでまたイラッとしてくる。けど今はそれを置いておこう。
亜人とは人――人間やエルフ・ドワーフと似て異なる人類種であり、幾多もある種族の総称。
主に多くの亜人は南の国、エスロシドを生活圏としている。他国にも少数だがいるにはいるが過去の経緯、魔王を崇拝して他の種族と敵対したことから、現在では淘汰される対象として見られることが多く。特に、北の軍事国家バハラではその考えが強く根付いており、バハラ内で見つかった亜人たちは殆ど奴隷と同じ境遇を与えられるらしい。
また戦時という情勢では、亜人たちの国がある以上。他の国にでは間者扱いを受けてしまうことが多く、怪しい行動をしていれば有無を言わさず処刑されることもあるそうだ。だから殆どの亜人はエスロシドから出たりはせず。ラレンツィオでも特に北に当たり、バハラ側に近いポルク村ではその姿さえ見られることはまずない。レイテ自身もまだ、亜人を目にしたことは殆どなかったりする。
「そうだ。そして奴等、亜人と一括りにされてはいるが実際のとこは異なる種族の総称だ。そして種族毎に特徴がある。羽が生えていたり、体に鱗があったりな。だが一つだけ、共通の類似点がある。それが――」
「……目ってこと?」
ヴェルドは頷く。「奴等は一様に、目の瞳孔が縦に長い特徴がある。これだけは種族毎に決して変わらない」
所謂ネコ目と似たようなものだとヴェルドは付け足す。
なるほど。だから村長は魔王を名乗るヴェルドが、亜人かどうか確認したのか。
レイテは説明に納得すると共に、ただの変人だと思っていたヴェルドがまともなことを口にしているので少々見直していたのだが――
「察しはまずまずだが、教養が足りてないぞ。学を取り入れる努力をしろ。だが、まあ。これで少しは賢くなれたないも娘?」と付け足したので台無しである。
人のヴェルドが何で態々魔王なんて名乗っているのか気になりはしたものの、今の一言でレイテにはどうでもよくなってしまう。どうせ大した訳もないだろうと考え。フリックは前髪が長く、顔の片方半分を覆い隠す程で片目しか確認出来てないが、確か変った様子は特になかったなと思い出す。
「――それで、ヴェルドさんはこれからどうなさるおつもりで?」
話が落ち着いたとこで村長が聞く。
ヴェルドが口を開き答えようとするのだが「午後にあたしが連れの方と一緒に送ってきます」と先にレイテが答えてしまう。
「そうですか……それが良いでしょう」レイテの答えに村長もどこか安心した様子。
――けど一方、ヴェルドはこの雰囲気に眉をしかめていた。
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食事を終えると、レイテはまた準備を行った三人と片付けを始める。村長はまだ畑の手入れがあるからと数人、この中では比較的お兄ちゃん、お姉ちゃんといった子供を連れて外に出ていってしまった。
ヴェルドはというと、残りの子供たちの遊び相手になったというか、玩具にされたというか。とにかく付き合わされてしまったようだ。
洗い物がもうすぐ終わりそうになると、玄関を勢いよく開けて子供の一人が入って来た。その子は村長と一緒に畑に行っていた一人である。
「商人が来たよ!」
この言葉に、子供たちは全員動きを止めた。レイテは洗い終わった食器を布で拭いているとこだったが、その場を他の子たちに頼んで入って来た子に話かける。
「今日は誰だった!」
「茶帽の白ヒゲ」
そう答え、それを聞くとレイテは直ぐに村長宅を出てしまう。
ヴェルドは背中や肩に手をかけてぶら下がる数人の子供を気にせず窓から外の様子を見た。レイテは村長と何か話しているようで、それが終わると家の中には戻らずどこかに駆けていく。
――商人だと?
ヴェルドは一体何事かと考えているといつの間に隣に立っていたのか、ボブカットの女の子、リズがいた。
「……商人さん……たまに来て、食料とか交換してくれるのです」見上げるリズはヴェルドがなにを考えているか察して、説明してくれたようだ。
……こんな状態の村にか? それに売るではなく、交換か――
「なるほどな。助かったぞリズ」感謝するとしてリズの頭に手をやる。リズは「……ん」とされるままになりながら、ちょっと顔を赤らめた。
村長の方にむき直すが、その場にもう姿は無い。村長も商人とやらに会いに行ったのだろう。子供たちも、もう先程までと同じように仕事をしているか遊んでいる。
ヴェルドは即決して、その商人を見に行ってみるかと考える。
……だが行く前に、どうしても一つ成し遂げねばならね難事がある。辛く厳しい戦いなることは明白だが、ここを越えねば我に明日は無い!
意気込み、ヴェルドは振り替える。「おい、小僧」とヴェルドは一人の男の子、ギリを見据えた。
「…………相談なのだが、そろそろマントを返してもらえぬだろうか?」
紆余曲折あり、条件付きでマントを取り戻したヴェルドは、村の広場に人が集まっているのでそちらに移動する。
人だかりの中心には馬車と、それなりに歳のいった商人。茶色い帽子を被り、白ヒゲを貯えた小柄で小太りな男が立っていた。馬車には多くはないものの、干し肉、塩や酢で漬けた野菜等の保存食が積んでいるのが見える。商人は次々に迫る村人に順次対応しているようだ。
「こちらでしたか魔王さま」
後ろから声がした。慣れたもので一々振り向いたりはしない。その者はこちらの数歩後ろで立ち止まる。
「ああ、フリックもか?」
「はい。慌てた様子で彼女が戻ってきましたので、私も外に出てみました」
その言葉に、フリックの方を一度向いて視線の先を追う。その先にはレイテがいた。周囲に混じって、商品を購入しよとしているのだろう。村長の姿もある。
集まっているのは成人男性が殆ど。年頃の女性は少なく、性別を女とするならぽつぽつといるのは歳のいった老婆か子どもだけ。
購入している様子を見ていて気がついたのだが、取引の際に渡しているものは金銭ではない。金属板や花瓶、衣類、果ては指輪といった物品と交換しており、金銭が主流である今の時代では少々珍しい光景だ。
だが、確かに聞いていた通りのようだな。
金属板は恐らく、家の一部分を取り外したものではないだろうか。
ヴェルドは朝見回った村の様子を思い出すが、家の各所から補強用の板や金具が剥がされたと思わしき痕を多く見てきた。この場で交換に使うために剥がされた、ということだろう。
それはなぜか? 考えるまでもない。ハッキリ言ってしまえば、この村には金が無い。だから金銭の代わりになるもので支払っているのだ。たとえそれが二束三文の価値しかなくてもだ。
そして気になったのは、払うときに何度も持ってきた品を見ている村人がいること。特に衣類やアクセサリーを出そうしている者ほど、そうした行動を取っていた。
きっとその者に取って、何かしら浅からぬ思い出が詰まった品であることを思わせる。
「……しかし、大した量と交換出来てないようですね」フリックが見た感想を述べた。
確かに金属板や花瓶なんかはさして価値があるものではないと思うが、アクセサリー類と交換してもそこまで良くなってはいないようだ。中には納得いかない村人もいて交渉しようと声を張り上げているが、商人は顔を横に振り続けている。
「フム……」
ヴェルドは人だかりの方に向かって歩き出すと、フリックも付き従ようにその後ろに付いていく。何人かの村人を掻き分け、交渉しようとする村人と商人の前まで出る。
「おや? こちらの方は……」
商人はヴェルドに気がつくと、茶色い帽子を外してお辞儀をした。
「初めまして、旅の方ですかな? わたくしはギョームと言います。ただのしがない商人ですが、以後お見知りおき頂ければ幸いです」
そして顔を上げる、その顔は人懐っこそうな表情を浮かべていた。反してヴェルドの表情は固く、腕を組む。
「いいだろう。普段は貴様のようなやつの顔を一々覚えることもないのだがな。喜べ、頭の片隅にでも入れといてやろう」
それは挨拶を返すにしては少々威圧的な態度であり。ヴェルドの身長は元々高く、小柄なギョームを相手を見下ろす形だ。ほんの少しだけ体を反らして、ギョームは後退る。「は、はい。よろしくお願い致します……」
「それで、どうやら揉めていたようだが?」ギョームと話していた村人を見る。村人は30過ぎ程の男性。出す指輪の対価が少ないとして抗議していたが、ギョームは受け入れず。提示した量で納得出来ないのであれば、交換出来ないと言う。
そのギョームが出そうとしている食料は、ヴェルドたちから見ても見合っていない量だ。
「心苦しいのですか、わたくしもここまでに来るのに費用がかかっておりますので……」ちらりとギョームは櫓、そこにいる者達に目を向ける。「通行料と言いますか、我々商人はこの村に入るために金銭をあの者たちに支払う決まりになっておりまして、払っている金銭も少なくないんです。わたくしどももなんとか皆さんの力になれればと思ってはいるのですが……もちろん皆さんがお気の毒なのは十分理解していますが、何分ギリギリのとこでやっていますので……」
結局村人はギョームが出した分だけを受け取り、その村人は涙ながらに歩いていく。それは食料の少なさではなく、思い入れのある品を手放すことになった悲しみからきているのだろう。差し出すときに目に入ったのだが、あの指輪には名が二つ刻まれていた。
ダリク/エメリー 恐らくあれは結婚指輪で、ダリクとはあの男性の名だろう。
男は最後の最後まで商人の手にその指輪を置くことを躊躇っていた。それだけで、あの指輪にどれだけ執着していたのかわかってしまう。そのダリクを心配してか、別のメガネをかけた中年男性が付き添っていく。
それからの村人にも似たような者たちがいた。皆そう簡単には手放せず、それでも最後は少ない食料と交換して、悲しみを帯びた顔つきで去っていく。
「これでお願いします」
レイテの順番が回ってきた。手に持っているのは今朝ヴェルドが使用していた手斧と、いくつかの農具だ。
「これですと……こんなものでしょうか」
提示されるのはやはり少ない量。レイテは一瞬暗い顔をするがそれを受け取る。ただ去り際に「あ! お嬢さん!」と呼び止められる。
「子供たちの世話も大変でしょう。よかったらこれもどうぞ」と言って、ギョームは二つビンを差し出す。中身はジャムのようだ。しかし驚くことではない。サービスしているのはなにもレイテだけではないからだ。なぜか他にも子供の客にだけは、大人以上に商品を渡していた。
「あ、ありがとうございます!」
レイテは頭を深く下げるとそれを受け取った、ギョームはそれを和やかな笑顔を浮かべて見ていた。子供好き――そう言えば信じてしまえるような顔である。
そしてその場からレイテが離れると、馬車の中に置いてある用紙を手に取り、なにやら書き物をしていく。
売った商品を記載しているのか?
一人一人の客の対応が終わる度に行われているのならわかるのだが、それを行うのはほとんどは子供の客の時のみで、あとは数人の大人に渡したときだけ用紙になにか書き込んでいる。
――そういえば村長の時にも書き込んでいたな
「………………」
ヴェルドたちはその様子を、ただじっと見つめていた。
物々交換も終わり。村人が離れると、ギョームは一度ヴェルドたちにも何か買わないかと商品を勧めてきたのだが、一文無しであることを告げる。
「でしたらそのマントでも大丈夫ですよ。なかなかの値打ちもののようですのでサービス致しますよ」
「生憎だが、これはそう簡単に渡せるものではないのでな」
ヴェルドの答えに残念そうな顔をする商人は、それからそそくさと村を後にする準備を始める。
村の出口へと向かい。櫓の上にいるあいつらに一度頭を下げると、立ち止まったりはせず村を後にしていく商人。広場にはヴェルドとフリックの二人だけが残っていた。
ヴェルドが歩き出すと、またフリックも黙ってその後ろに続く。
ここまでは住人たちのあとを追ってここまで来ていた。体感で2~3分程度の道のりだったとヴェルドは記憶していたが、既に歩き出して倍以上、とうに15分は経ったか。
――フム。どちらの道から来たか……
そんなことを考えながらあっちに行ったり、こっちに行ったりしながら移動。そこまで大きくない村だったことが幸いしたか、間もなくしてでヴェルドは村長の家にまで戻ることが出来る。
大きな家の隣、畑が設けられたとこには村長がいた。商人との物々交換が終わってから、また畑仕事を再開していたようだ。他に数人の子供たちもまだ手伝っている。
「村長ちょっと良いか?」
ヴェルドは近づいて声をかけた。こちらを確認をして、中腰の姿勢から村長は立ち上がる。
「おやヴェルドさん、またいらっしゃってくれたのですか?」村長は笑顔で出迎えてくれた。
「おっと待った。小僧どもの相手をしにきた訳ではないぞ」とヴェルドは手を前にして村長を制止する。「聞きたいことがあってな」
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「お邪魔しまっ……うわぁ……」
レイテは本日二度目の村長宅を訪問していた。玄関を開けると中の様子が見えてしまい、ついなんとも言えない溜息を洩らしてしまう。
屋内には子供たちとヴェルド、それにフリックもいた。二人は子供たちと一見遊んでいるように見える。いやフリックはそうなのだろう、女の子たちと一緒におままごとをしている。いい歳してそうな男が、おままごとに参加するのってどうなの? と思わなくもないが、まあ小さい子たちと親しんでいるので、まあいいかとレイテは思う。
問題はというか、気になったのはヴェルドの方だ。
ヴェルドは四つん這いで歩かされている。その上には、今朝マントを剥いだ男の子、ギリが陣取っていた。マントもまた装着している。元々あまり表情を表に出さない子で、それは馬乗りしている今も同じようだ。
そしてヴェルドは顔にクレヨンで悪戯書きされており、彩り豊かになっている。額にはなにやら書かれているが、文字のように見える。
なになに……う……魔……王?
「小僧……おれさまにも、堪忍袋というものがだな――フンヌ!」
足を止めて、ギリに抗議しようとするヴェルド。だがギリは、手にしていた角材で容赦なく臀部をぶっ叩く。早く動けと言わんばかりに、一発、二発、三発。ヴェルドも観念したのか、ひいひい言いながら手を前に出す。
部屋をぐるりと回り「お、お前は……!」ヴェルドは進行方向に立つはレイテに気がつき、もの凄いスピードでその足下まで近づく。ハイハイで。
「た、頼む! 助けてくれ!」
その様子がちょっと必死過ぎて、レイテは若干後退ってしまう。
「え、えと。どうした……の?」
「この小僧――ッング!」
また尻を角材で叩かれる。
「と約束――ヌン! してしまっ――ハグ! マントをか――エッ! して欲しけ――レバ! 下僕になれ――ドン!」叩かれながらも、なんとか状況を説明するヴェルド。
――取敢えず状況は理解できた。つまるところ、ヴェルドはギリからマントを取り返す交換条件として代わりに下僕になって、今は馬役をやらされているという。魔王が馬になるから【う魔王】。馬王ってことね。なるほど。
レイテは納得がいったような表情をして、うんうんと頷く。その間にもはボコスカ叩かれている。
このままではケツが割れてしまう! と訴えるヴェルド。お尻が割れてるのは元からでしょ、と言ったツッコミは野暮かもしれない。
しょうがない。このままも少しかわいそうだし、子供たちの教育も年上であるあたしの仕事だろう。
レイテは屈んで答える。「はいはい、わかったわかった」
この言葉に大層喜ぶヴェルドは「おお! 感謝するぞ。流石は田舎者のいも娘。都会者とは違う。貴様には栄えある、キングオブいもの称号を授けてやる!」とか口にしてしまう。
「………………」
レイテは立ち上がるとそのままキッチンの方に移動していく。「はーい。お昼の準備するわよー! 当番の人来て」かけ声をかけると、数人の子供たちがレイテの回りに集まってくる。
「お、おい。いも娘……こっちはどうした!」声をかけられるが、レイテは無視して子供たちに指示出しを始めていた。それでも尚声をかけ続けるヴェルド。何度目か、ようやくレイテは振り向くが、その顔は至極面倒くさそうに半目であった。
「……どうしたの?」
「いやだからだな! こいつを何とか……」言って上にいる人物を指さす。しかし肝心のレイテはというと「そう。それじゃあ、少し待ってて」と返す。
「はっ? ……それは何時まで待てば?」
「少しよ」
「いや、だから少しとは何時まで――」言いかけた言葉に「少しは、少しよ」と被せるように遮った。そしてまたキッチンに振り返るレイテ、話は終わりだと仕草で告げる。
ヴェルドは恐る恐る、背中に座り込む悪魔に目を向けた。今まで一切動かなかった表情が、口の端がつり上がるのを目撃する。それは子供らしからぬ、あまりにも邪気を含んだ笑みだった。
そう、まるで魔王がするような笑み。ヴェルドの目にはそう映っていた。




