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覇道戦記  作者: 黒鹿
3/7

ポルク村の日常1




「よっせい!」

 掛け声と共に、小ぶりの手斧を降り下ろす。狙いは上々、切り株に置いた木材に命中し、心地好い音が朝の村に響く。

 まだ日は上ったばかり。北西の方角に位置するこの辺りでは季節に反して少々肌寒くはあるものの、国の中でもっとも寒い土地であるバハラの出身であるヴェルドにとっては、少々ひんやりした風が流れていく程度の感覚だった。


 結構な数を切ったが――あと数本切り分けておくか。


 新たに木材を置いて手を振り上げる。すると横の方で、扉が開く音が耳に届いてきた。

「……なにしてんのあんた?」

 出てきたのは昨晩、食事だけではなく寝床も貸してくれた村娘のレイテだった。

 寝起きだからか、はたまた朝は苦手なのか、何処かぼんやりとしている。

 

 髪もボサボサ――は昨日もそうだったな。


「なにとは朝からご挨拶だないも娘」

「いもは止めろ」寝ぼけた様子の割に、今のは反応が早かった。

 しかし、レイテの要求なんて一々気にもせず、ヴェルドは話を進める。

「見てわかるだろう?」手斧で肩をトントン叩く。また目に力がなくなったレイテはヴェルド、手斧、大量の薪を順々に見ていく。「…………筋トレ?」

「アホか! 一目見ればわかることであろうが」

 レイテは手をぱたぱたと横に振り「そんな格好で言われても」と目の前に立つ半裸の男を指差した。

 ヴェルドは現在上着を脱いでいる。つまり上半身裸であるのだ。

「そんなマッシブな体見せつけるようにして、筋トレ以外のなにごとでもないでしょ……それともなに? あんたは人様の庭先で服を脱ぐ性癖の持ち主なの?」

 この発言にヴェルドは怒るでもなく、ニヤリと頬を引きつらせる。

「ほう。我が肉体美に目をつけるとは、いも娘にしては見所があるではないか」言いながらマッチョなポーズを次々と繰り出していく。

 ヴェルドは己の体には自身があって、誰かに見せることに臆面等は全く無く。今のレイテの皮肉も効いていない。


 両手を内に折り曲げ、背中をレイテに向けてポージング。「フッフッフッ、だが違うぞ。おれがやっていたのは薪割り、一宿一飯の恩義を返してやっているのだ!」

 最後の、だ! のとこでレイテに視線飛ばす。レイテはヴェルドの醸し出す異様な雰囲気に気圧され、目を細め、数歩後ろに後退ってしまう。

「はいはい。朝からその暑っ苦しい視線はやめて」と言われるが、その言葉はヴェルドの耳には都合よく届いてはいない。


 レイテはあくびを一つする。それからなにか思いだしように、目がハッキリ開く。

「あのさ、あんた……」言いかけて、言葉を止めてしまう。

「? なんだ?」

「――いや、なんでも」

 レイテは隣の畑に向かっていく。その畑にも一人、座り込んで作業をしている者がいる。その者はレイテが近づくと作業の手を止め、後ろを振り向いた。

「あんたもなにしてるの?」まだ座り込んだままのフリックに声をかける。

 フリックは額の汗を拭い「おはようございますいも娘。今日も良い天気ですね」と爽やかに口され「お前もか……」とレイテは険しい目をしながらと呟いた。


「で、なにしてるの?」

「畑の手入れですよ。こう見えて土いじりは得意なんです」

 フリックはどちらかと言えば小綺麗で優男然とした外見なので、こういった仕事はしないと思われがちだが、実のところ結構こういった泥臭い仕事を好み。大抵これを知った者は皆驚く。レイテも同じようだ。

「……そうなんだ。ちょっと意外かも」


 フリックの隣に座ったレイテは、土に手をやって状態を確認。「ん、悪くない。というか、私やったのに比べていいくらい」

 ヴェルドには土の善し悪しはあまりわからないが、普段から行っている者には直ぐ理解出来る違いなのかもしれない。

 納得がいったのか、フリックに「ありがとう。助かる」と礼を述べる。

 レイテは笑顔とまではいかないまでも、頬が緩んでいるのは横目からでもわかる表情。昨日は見ることが無かったそれは、ヴェルドやフリックが初めて見たものである。


 フッ、子供らしい顔も出来るではないか。


 ヴェルドはまた切り株に向き直し、手斧を振り下ろす。また一度、軽快な音が響く。


 ……うん? おれへの礼はどうした?






 畑はフリックが引き受けていたのでレイテは途中で少し用事があると言って、一度自宅を離れていってしまう。それ程時間をかけずに戻ってくると、家の中に入っていった。

 たぶん朝の準備だろう。起きてから直ぐに畑に向かてきたであろうし、そうなんだろうとヴェルドは考える。

 作業を切りの良いとこまで進めてから家の中に二人は戻ると、食卓をの上には三人分の食事が並べれらていた。

「お疲れさま。じゃあ手と顔洗ったら座って」とレイテは促す。ヴェルドはそんなつもりで手伝った訳ではないが、既に作ってあるものを遠慮するのはそれこそ失礼に値すると考え、言われた通りに席に着く。三人が食卓に集まってから食事を始めるのだった。


 レイテは自分の食事を素早く終えると、皿を流し台に置き「それじゃあ、森には午後になってから行くから」そう言って鞄を背負い、いそいそとまた家から出ていってしまう。二人はその様子を眺めながらまだ食事を続けていた。

 食べ終えると、ヴェルドは壁にかけておいた本人自慢の黒マントを羽織り、玄関扉に手をかける。「いってらっしゃいませ、魔王さま」

 後ろの方から家主がいなくなったので代わりにと、洗い物を始めたフリックが、己の主に見送りの声をかける。

「ああ、行ってくる」

 

 ヴェルドは一歩外に出た。村の中を見回す。

 ――静かだ。まだ朝になったばかりなのだからそういうものなのかもしれないが、畑を持つ家が大半なのに、その手入れや収穫しようとする村人は疎ら。

 中年男性、年老いた老婆、レイテと同い年くらいの子供の姿。それなりにはいる――が、家屋の数から判断しても明らかに少なさすぎであった。


 村の中を歩いてみる。ヴェルドに気がついた村人は誰しも怪訝そうな顔をするが、声をかけてくるものはいない。警戒しているとまではいかないまでも、そうしたものに近い雰囲気を纏わせながら、彼らは皆目を合わせようとしない。

 ポルク村は鬱蒼と茂った森に囲まれており、規模はそれほどでもない。住居数から予測して、人口は恐らく老若男女合わせても二百五十いかないくらい。


 歩き出して少し、一つの違和感をヴェルドは感じる。一体なんなのかと思い、周囲を見回してその正体に気がつく。立ち並ぶ家はどれも木造のようだが、木造とはいえ、本来なら金具や金属で補強されるべき場所のものが無いのだ。

 それは家を構築する際に、元からあった筈のものを年月が経ってから無理矢理引っぺがしたような感じで、その跡が見て取れる。そういえばレイテの家も同様だったなと思い出す。

 それにそれだけではない。建物や柵には、鋭い道具で斬ったり削ったような少々時間が経った傷もあちらこちらに見て取れた。


 ――まるで戦闘の痕のようだな。


 それと一つだけ趣が違う建物を発見した。他の家とは違い、石造りの建物でサイズも三~四倍はある。入り口は流石に木造だが、かなり大きめだ。しかし、そのドアは強い衝撃でも与えられたのか、中心部からバラバラに割れていて、大小の破片が辺りに散らばっている。


 次に目に入ってきたのは家畜小屋だ。柵で回りを囲まれてはいるが、ドアは開け放たれたまま。

 近づけるとこまで近づいてみる。中を隅々まで見渡せないが、直ぐにわかった。

 なにもいない。馬、牛、羊、鶏。なんの声もせず、気配も感じない。それはこの一ヶ所に限ったことではなかった。他にも家畜小屋を設けている家はあるのだが、そのどこにも動物たちの存在は見受けられず。静かだと感じたのは、これの所為もあるかもしれない。

 ヴェルドは昨夜レイテに近年作られた比較的新しい地図を見せてもらったが、この村の近くには他の村や街は無い。一番近くても馬で半日以上もかかるという話で、であれば村での自給自足が基本になってくる。家畜は欠かせない。

 だというのに、この村には一匹も存在していないのだ。「……フム」


 櫓に目をやる。櫓は村の東側と西側に二つ。今見ているのは東側、ヴェルドたちに突っかかってきたのがいた方だ。上には夜通しだったのか、はたまたやることがなくて暇なのか、大口を開けてあくびをしているのが一人、こちらは休憩中のようだ。もう一人は煙草を吹かしながら村を見ていた。

昨日の奴等とは別人だが、同じ鎧を着込んで武装している。仲間なのは間違いないだろう。反対の櫓も確認しに向かったが似たような様子であった。


 それからまた歩き出す。次に向かう場所は決めてあった。小さな村なので、探しながらでもそこへはそれ程時間はかからず到着する。

 他の民家と同じく木造の作りだが、大きさが三倍はある。壁には少しだけ凝ったデザインの模様――多少剥げてはいるがそんなのが描かれており、この村の中でも富裕層が暮らしていることを伺わせる。

 だがこの家も他と同様に、金属部を剥がした跡があるようだ。

 ヴェルドはその家の玄関口に立つ、すると中から声が聞こえてきた。


 数人の子供と……これはいも娘?


 入り口を離れ、壁沿いに進んで窓際に移動。窓は開けられており中の様子が窺える。

 家内では四人の子供が調理に励んでおり、その一人がレイテであった。他の三人はレイテよりも四つ、五つ下に見える少年や少女。レイテは三人が危なっかしそうなとこは手伝いはするものの、出来る限りは手を出さず、てきぱきと指示を飛ばしている。

「…………ほう」

 他の三人もよくやっている様子だ。ヴェルドは素直に感心してしまう。


 まあ、少しの間なら眺めてみるのも悪くないか。


 そう思い、腕を組み見守るヴェルド。しかし見ている途中、また違和感を感じた。デジャブといった方が近いか。それは仕事をしている四人に感じたのでは無い。


 レイテの家と同じなのだ。テーブルや特にイスの数は全然違うが、それ以外の装飾品が一切無い。外観も金属板は同様に剥がされていたが、中までもまた同じ。外の壁には模様など入れて富裕層が住んでいそうにも関わらず、家の中にはまったくと言って遊び心が無い。

 少ないのではなくまったく無い、これに違和感を感じていたようだ。


 考えていると、三人の子の一人。一番ちっこいボブカットをした少女がこちらを振り向いた。前髪が長いが、隙間からくりくりした大きい目が覗いている。その目がこちらを見てきていて、お互いの目が合ってしまう。

「「………………」」互いに無言。だが少女は目を逸らすことなく、ただじぃーっとヴェルドを見つめ、その頬はちょっとだけ赤くなっていく。


 どれほど時間が経ったか、たぶん長くても十秒ほど。唐突に少女は目を離すと、隣に立つレイテの裾を引っ張った。「……ん? どうしたのリズ」

「……おねえちゃん、あそこ」とレイテに向いたまま、窓の外を指さす。「変質者です」

「待て小娘!?」即座に窓枠に手をかけ、飛び越えたヴェルドは屋内に入り込む。


 不審者ならまだわかるが、なにを思って変質者に至った!


「あれ……ヴェルド、なんでここにいるのよ?」レイテも気がつきそちらを向く。

「フン! ちょっとした所用だ!」

 袖を掴んだままのリズと呼ばれた少女はもう一度、揺らすように袖を引っ張る。「……お姉ちゃん、知り合いですか?」

「ああ、うん。そう」レイテはリズの目線に合わせて腰を下ろす。

「あの変質者はヴェルド、昨日知り合ったんだよ」

「おいこら、いも娘……!」流石に向かっ腹が立ってしまう。


 このおれ様が、貴様に何かしたというのか!


「冗談よ、冗談」レイテはリズの頭を撫でながら笑っている。一呼吸置いて「それと――いい加減いもは止めろと――」とヴェルドの顔を見据えて睨み付けるのだが。

「おじさんだれ~?」

「わ~大きいマント」

 他の二人もこちらに気がつき、トタトタと寄ってくる。


「おじさんではない! フッフッフッ教えてやろう。我が名はま――おいマントを引っ張るな! 破けるだろ! 黒はこれ一つしかないのだぞ!!」

 物珍しさに触れようとする子供たちから、少々とは言い難い音を鳴らして逃げるヴェイク。すると、屋内に備え付けられている複数の扉、その一つが開く。そこの部屋は広めの作りになっているようで、中からは更に十人以上の子供たちが顔を覗かせている。

 どうやら、一様にヴェルドに興味を示しているようだ。

「面白いおっちゃんいるよ!」迫る男の子がそう口にする。その言葉を皮切りに、子供たちは一斉に部屋を飛び出す。群がる子供にヴェルドは身動きが取れなくなってしまう。

「背中にしがみつくな! おれはおじさんでも、おっちゃんでもない! 我が名……おい背中の奴! 髪を引っ張るんじゃない!」


 子供たちの波に四苦八苦するヴェルドは、溜まらず助けを求めてしまう。

「い、いも娘! こいつらをどかせてくれ!」

 だが呼ばれた肝心の本人は、人手がなくなった朝食の準備を続けている。ヴェルドの方を見る様子すらせず、鼻歌を鳴らしてさえいた。

 そのとき、子供の誰かが「よーし、皆倒せー!」と声を上げたのだ。「やっちゃえー」同調の声がそこかしこから上がり出す。


 そこからはなんとも言い難い、心幼き者たちによる無垢ゆえの、殺伐とした光景が暫し続く。

 ……具体的には、朝食の仕度が終わるまで。

「ぬ、ぬおおぉぉぉ!」




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