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覇道戦記  作者: 黒鹿
1/7

私の生きる世界

 どうして、なんで私たちがこんな仕打ちをされなければいけないのだろうか。


「よしテメェら、仕事の時間だ! 始めろ!」大男は声を張り上げると同時に、持っていた斧を地面に叩きつけた。衝突した瞬間、土が舞、鈍い破砕音が轟く。

 それを目の当たりにした村人達はおののき、腰を抜かす者もちらほら見受けられる。村人の中には当然子供もおり、大の大人が恐怖を感じている状況で冷静でいられるはずもなく、泣き出しているものが多数だ。


「うるっせーぞ! クソガキ!」

 暴徒は一人でこの村に乗り込んでいる訳ではない。複数人、少なくとも五十人以上はいる。誰一人として一般的な服装などしておらず、鎧を着込んで武装していた。

 その内の一人が、泣きわめく年端もいかない少年の前に立つ。男の身長は高く、少年の前に立つと、まるで樹木が根を張っているようにさえ見えてしまう。


「黙れつってんだろうが! 殺すぞ!」粗暴な行為で無理矢理黙らせようとする暴漢。しかし、そんなことで少年が泣き止む筈もなく。逆に子供は声を張り上げる結果となってしまう。そして、それもまた相手の神経を余計逆撫でさせるのは理不尽ではあるが、ある意味当然なのかしれない。


「――んのガキィ!」

 暴漢は突として男は少年をつかもうと手を伸ばす。だがそれは、駆け付けた村人に静止させられる。


「待ってくれ!」

 止めたのは顎髭を伸ばした三十前半の男性で、その村人は少年の父である。父親は暴漢に出来得る限りの懇願をした。

 だが、暴漢は全くその言葉に心動くことはない。それどころか、面白いことでも思いついたかのように下卑た笑みを浮かべた。


 暴漢は他の子どもを庇う様に佇む他の村人たちに向かい口を開く。

「おいお前ら。お前たちも自分の子供はかわいいよな?」

 その言葉に返す村人は誰もいない。しかし、その眼は正直だ。親なら自分の子供のほうが、他者の子供より大切まもは当たり前のこと。態々口にすることでもない。しかし、暴漢は敢えてそれを口にした。


「俺様はこれからこのガキをほんの少し痛めつける。だから邪魔が入らないよう、こいつをお前らで取り押さえとけ」

 村人は暴徒の言ったことを理解するまでに時間がかかった。そして理解はしても、その頭の中には困惑しか生まれない。

 何故? なんで俺が。なんで私が。なんで仲間である彼を取り押さえなければいけないのかと。

 だが、暴徒は畳み掛けるように次の言葉を口にする。


「従いたくないなら好きにしろ。俺は一向に構わねぇよ」

 但し、従わない奴のガキにも同じことをするがな。そう暴漢は付け加えた。

 その言葉で一人、二人と徐々に他の村人達は増えていいき。父親へは遂に地面に伏せさせられてしまう。


「止めてくれ、頼む! ――くっそ! 離せお前ら!!」

「すまん……ここは耐えてれフェイナー……! 命までは取られない筈だ」

 喜んでやっている者などおらず、その人達からも苦渋の色が滲み出ているのが傍から見てもわかる。


 暴漢は父親に目を向けた後、軽く口の端を醜く歪ませる。父、フェイナーはその意図を理解するのはそう難しいものではなかった。直後、掴まれた少年は乱暴に振り上げられる。

「ラフィ!」フェイナーは子の名前を叫ぶ。もがいて前に進もうとするが、それでも束縛からは抜け出せそうにない。


 暴漢の手から少年、ラフィが離されようとした――が、そのとき、一人。男の足にしがみつく女性の姿があった。

「お願いします! その子を許してあげて下さい、まだ4歳なんです!」

 女性は少年の母親だ。何度も頭を下げて懇願する女性を暴徒は一瞥する。その見た目は子を儲けた身としてはまだ若い。


「……ほ~う、じゃあ代わりにお前がなんでもするか?」とニヤニヤしながら生理的不快感を感じさせる、下劣な笑みを浮かべた。

「は、はい! なんでも致します! ですから、その子だけは……」


「!? ま、待て……サニア!!」フェイナーは自分の妻と子に手を伸ばす。しかし、先ほどよりも押さえつけられる力は強くなっており、どう足掻いてもその手は届きそうにない。


「――よし、いいだろう。おれは優しいからな」言って、掴んでいたその手を離す。

 投げつけられることはしなかったものの、丁寧に下ろされた訳でもなく。そのまま高所から落とされる形となってしまい、地面に腕を強く打ち付てしまう。

 痛い、痛いと泣き叫ぶラフィ。子供の名を何度もフェイナーは呼び。サニアも我が子に手を伸ばそうとするが、その手は遮られてしまう。


「おっと、あんたはこっちだ」言うや否や、男は女性の体に手をかけて抱き上げた。「待って、まだあの子が!」

「てんめぇ!! サニアに触ってんじゃねぇぇ!」

 サニアは叫び、フェイナーも怒声を暴漢へとぶつける。が、もう暴漢はその声に返答しようとしない。ただただ不快な笑い声を上げ、手にしたサニアを戦利品とするかのようにを連れ去ってしまう。


「回収しましたぜ。ディロさん」少し離れた場所で、声が上がる。そちらにも複数の同じような武装した男たちが数十人おり、こちらへと近づいてくる。その最後尾には一台の馬車が控えていた。馬車の荷台にはいくつかの樽や木箱が置かれている。――その中身は、村の食料が入ったものであった。


 だがそれでもまだ足りないのか、他の場所でも男達は当然とでも言いたげに次々と運び出しては、別の馬車へと積み込まれる。大抵の村人はその行為をただ見ているしか出来ない。

 ただ一人、村人の中心にいた老人が一歩前に出ていく。そして膝を、手を、頭を地につける。


「……もう、村にはなにもございません。どうかこれで最後にして下さい。お願い致します。そして何卒――」

 老人は村の村長であった。村長は必死にあいつらに懇願する。その姿を見て、他の村人たちも一人、また一人と頭を下げていく。それを眺める斧を振り回していた大男は、大層にご満悦そうだ。

「うははは! こいつぁいつ見ても良い気分になれるもんだな」

 その肥えた腹を揺らしながら笑う。


「でもよ、そりゃ無理な話だぜ。言われなくてもわかってんだろ? ん?」と大男は膝を曲げて村長に顔を近づける。「また近いうちに来ることになっからよ、しっかりと準備を頼むぜ」


 言うだけ言って、大男は馬にまたがった。大声で散らばる仲間に指示を出すと、集団の先頭となって走り出す。他の暴徒たちもそのあとに続々と続く。間もなくして、村には静けさだけが残ってしまう。いや、先の少年や他の子供たちがまだ泣いていた。


 村人はまだ下げた頭を上げていない。いや、上げられない。泣いていた。周りで聞こえる子供と同じように泣く。声を殺してだ。


 村を襲われたのは今回が初めてじゃない。寧ろ何度目かなんてもうわからないくらいであった。


 自分たちはこの境遇に、いつまで耐えれば解放されるのだろうか? 何時になったら安息はやってくるのか? それ思いながらも、誰一人口にはしない。その答えを知る者なんていないのだから。なればこその、言い様のない悲しさと悔しさが、村人の心を染めていってしまう。


 だがそんな中、一人少しだけ違う感情を秘めている者もいた。


 ――こんな理不尽なことに負けたくはない。あたしは……負けられない。


 そう思う村人の一人。まだ年端もいかない少女のレイテは、目に涙を蓄えながらも、泣いては駄目だと必死に歯を食いしばっていた。



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 新王歴750年。

 世界は六つに割れていた。


 民全てが兵であることを謳う北の国、軍事国家バハラ。


 新王暦の発端である王政の続く北西の大国、ラレンツィオ聖王国。


 武器を作ることに重きを置き、火の国とも呼ばれる南西の国、鍛冶都市ファブリス


 伝説の勇者がその身を最後に埋める地に選んだ北東の国、楽園のリバウール


 島国が列挙し、いくつかの勢力が固まることで運営がなされる南東の国、ソレシア同盟。


 亜人族が集まり、国と言える規模にまで成長した南の国、最果てのエスロード。


 一度はラレンツィオが世界の覇権を手中に収め、新王歴の始まりを見るも。時は流れ数百年。その求心力は当に失われていた。


 新王歴280年以降、各所で国としての独立宣言が起きる。それはまるで波のように徐々に大きくなっていき頻発し始め。時代は群雄割拠へと逆戻りしていく。


 建国を宣言した数々の国は古き国を飲み込み。もしくは飲み込まれながら国にというものは姿形を変え。名前を変えながら、現在の六ヶ国を形作っていった。


 そして現在も尚、殆どの国は互いが互いを征しようと、日夜何処かで争いは続いている。


 民は疲弊し終戦を望むが、各国の指導者は己が勝利を。あるいは己の利権を優先し、今日まで争いが絶えることはない。

 そんな争いの絶えない世界で、自然と人は二種類に隔たれている。それはあまりにも単純な関係図。


 力のある者と無い者。


 奪う者、奪われる者とも言えるだろう。


 歪んだ国の体制は、そこで生きる者の人としてのあり方にも影響を与えてしまう。それは世界における、一つの真実だった。




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「腹が減ったな……」

「……減りましたね」

 ここは北西の国ラレンツィオ。その中でも殊更北部に位置する森。

 朝日が照らす中、二人の青年が地面に横たわっていた。


「お腹が空いたな……」

「……空きましたね」


 ――最後に食べたのはなんだったか?


 髪の色と同じく黒い、膝下までありそうな大柄なマントに身を包んだ長身の青年。つり目が特徴的で、歳は二十そこらといったところ。その青年はそんなことを考える。――確か……「確か木の実ですね」


 思いつく前にもう一人の青年。黒の青年と同デザインだが、青の生地で作られたマントを羽織ったその青年が先に答えてしまう。

 髪の毛は日が照らせば、煌めくような金色をしており。前髪が長く、顔の右半分を覆い隠している。そのような身なりだからか、少々線の細い印象を相手に与える見た目だ。


「食べたのは四日前で、一粒ずつです」

 木の実は小指の先程のものであったことを思い出す。「そうか……もうそんなに経つのか」


 この二人は森に入ってから既に一週間が経過していた。元々は町から町へ移る移動距離を短縮するためにこの森に入り。順調にいけば十日もあれば目的地に到着する筈で、この森も一日半もあれば抜けられる予定だったのだが未だ出口には到達できず。元から少なかった食料は当に尽きてしまっていた。


 黒の青年は、顎を摩る。


 ……おかしい。本来なら既に、次の町にかなり近づいている筈なのに、何故か森の終わりが見えてこない……まさか、これがかの有名な迷いの森というやつなのか? 


「フリック」

「ハッ……ここに」名を呼ばれた青い青年、フリックはいつの間に立ち上がったのか、スッと黒い青年の傍らに跪く。そしてなにかを言われたわけではないのに、懐から布きれとコンパスを取り出すと、黒い青年へと差し出す。


「ウム」黒の青年も倒していた体を起こしそれを受け取った。手にしたそれは地図で、足下に広げコンパスと一緒に座標を確認する。


「……フム。どうやら、東に行けば街道沿いに出られるようだな」

「そのようですね」横合いから覗くフリックも同意する。


 一日も進めば見えてくる筈だ。そこから南下していけば、三日程で目的の町に到着できるな。


 他にも地図には次の目的地よりも近い村もあって、一瞬立ち寄ることも考えてしまうが直ぐにそれを取り止める。


 ――空腹感は強いが、寄り道をしている暇はない。まだ水はある……最悪一週間食わずともなんとかなろう。

「では決まりだ。行くぞフリック」

「ハッ……! この身はどこまでも貴方様と共に」


 二人は活気良く腰を上げると歩き出す……のだが。このとき、コンパスの針が違う方角を向いていたことを、二人はまったく気付いていないのだった。




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