勇者の墓
1.
斬る!斬る!斬る!
俺の安物のアイアンソードが悲鳴を上げるように、
空を切る!巨大アリを斬る!悪魔の木を伐る!
しかし魔物どもは次々と沸いて出て来る。
無限沸き、なんて言葉もあるが。
これには一つの理由があった。
俺の側にある木の棒を差しただけの貧相な墓。
ここにはかつての勇者が眠っているという……。
彼の力、というか血肉が染み出したこの一帯には、
その力を吸収してしまった哀れな生き物が魔物となって沸き続けていた。
俺はひたすらそれを狩るだけ。
斬る!斬る!キル!
俺の安物アイアンソードが悲鳴を上げる。
巨大ミミズをキル!軟体岩石をキル!怪物モグラをKill!
魔物の出現場所は遥か昔から謎とされていた。
いや、一部の人間は知っていたのだ。
しかし口にする事が出来なかった。
なぜなら世界を救った勇者が、
死んでその力を魔物の温床にしていたなんて。
公言できる訳がない。
それを知ってか知らずか、
こんな僻地に埋葬されたかつての英雄。
その場所は今、この嫌われ勇者が踊る孤独な闘技場ならぬ、
舞踏場と化していた。
剣を振り、振り回されながら、
俺の右腕が悲鳴を上げる。
狂気の花を斬る!その種子を斬る!花の根を断つ!
徒労に近いバトル、無意味な無双劇。
しかし、着実に何かが俺の中に蓄積されていくのが分かった。
その理由は、勇者。
さっき俺は自分の事を勇者と言った、その訳は。
勇者システム、
散らばった力をかき集めて自分の物にする、せこい能力。
これによって俺は少しずつ自分の力を伸ばしていた。
軍団アリをKill!軍団アリをKill!後続を断つ!
魔物は倒れて黒いススを上げ消滅する。
その時に残る小さな光、これが力。
かつての勇者が残した力。
それが見えるか事だけが勇者の証で、
知りたくもなかった真実への片道切符。
俺の安物アイアンソードがうなりを上げる。
腕が胴体から離れようと痛覚を麻痺させる。
主従関係を確かめるように右腕に左の手のひらを当て、
回復魔法。
痛みを確かめるのと同時に、魔物の沸きが早くなるのが分かる。
~力は溢れ出すように出来ている~
俺の体を漏れた回復力が、魔物に広がり溢れ出す。
もはや刃が欠け、切れ味もクソも無くなった安物ソードを振り回す。
食虫植物を殴る!腹の中の毒蝿を殴る!それを捕食しに来た鳥を叩き落す!
キリが無い。
俺は自分の回転に最近覚えた風の魔法を混ぜる、
鉄の棒と化したアイアンソードから真空や風圧の刃を生み出し更に回転。
化け物苔を切裂く!化け物キノコを切裂く!化け物胞子を切裂く!
土塊を巻き上げ小さな竜巻と化した俺は更に回る、回る。
封印の石を砕く!死の棺を砕く!呪われた水滴を吹き飛ばす!
腐った肉を裂く!呪詛の人骨を砕く!彷徨う霊魂を打ち倒す!
それでも魔物は再現なく沸き続ける、
悪夢のように。
残念ながら俺の魔力にも限界はある。
早く終わってくれと願いながら、
命の消失していく土地を葬るように。
舞う、舞う、見舞う。
死のダンス。
なんでこんな事になってやがる……!
「くっそおおおおおおお!!」
俺自信が悲鳴を上げる。
ただの死神と化した腕、
痛みを感じなくなった体を振り回し。
空を切る!巨大アリをキル!悪魔の木をKILL!
光の球体が空へ上がる、
いくつもいくつも。
マナだか霊魂だとか言われるそれら。
だが俺にとっては何でもいい、
それの恩恵に預かれるなら。
残った力で球体のいくつかをかき集める。
それが出来る、それだけが俺が勇者である証明。
王の依頼を断って一人さ迷う嫌われ勇者の報酬。
ここの勇者は俺と同じ嫌な奴だったようだ。
俺は体に新しい力が満ちるのを感じていた。
魔力吸収。
これはありがたい。
満たされる物を感じながら思う、
力は溢れ出すように出来ている。
俺も死ねばいつかはこんな風に……。
しかし今はそんなことより、体が休息を欲していた。
2.
新しい墓を見つけた、乾いた土地に。
それは明日、俺の物になるかもしれない。
どこの誰とも知らない勇者。
彼は何を救ったのだろう。
村を、街を、大陸を?
そしてどんな死に方をしたのだろう。
俺に分かるのは彼の力の大きさと、
手にした魔法や技だけだ。
彼の想いは引き継がれない。
力の証だけが残り、人々を苦しませる。
うめくような声と地響き。
感傷にふける間もなく、
魔物どもは沸いて出る。
何がそんなに苦しいのか……。
せめて早く終わらせてやろうと、
ここへ来る途中で買った、
ぼろい武器屋の安物アイアンソードを構える。
顔を出した最初の魔物を、
斬る!斬る!斬る!
俺の安物アイアンソードがうなりを上げる。
風を斬る!トゲトカゲを斬る!お化けサボテンを斬る!
何の恨みも感情もない。
それが魔物だから、俺が勇者だから。
ずっと昔から続いてること。
今までも、そしてこれからも……。
魔物が沸き続けるのには理由があった。
俺がここに来たからだ。
力は引き合うように出来ている。
俺が呼び、彼が呼ぶ。
斬る!斬る!千切る!
俺の安物アイアンソードが悲鳴を上げる。
人食い鳥を斬る!大毒サソリを斬る!火吹き蛇を千切る!
無尽蔵に沸いて出るのは訳があった。
強い力は毒なのだ、生き物にとって。
それに触れれば狂い、猛り、暴れ出す。
暴れたそいつから溢れた力は、
更に魔物を氾濫させる。
受け止めれるのは勇者だけ。
毒の器の勇者だけ。
斬る!斬る!穿つ!
俺の安物アイアンソードが闇を断つ。
黒い蜃気楼を斬る!焼け付く砂を斬る!偽りの太陽を穿つ!
いつもの無駄な無双劇。
しかし今度は試したいことがあった。
大地に手を当て回復魔法。
魔物が次々顔を出す。
そして前回覚えた魔力きゅうしゅ……。
俺の安物ソードが地を払う。
足元の、悪意の風をキル!長く伸びた影を切る!勢い余って空を斬る!
魔力吸収。
上げた左手に力が集まる。
数相応の持て余す程の。
これならいける。
俺は手のひらに凝縮した火の玉をいくつも作る。
そしてそれを回りにぶちまける。
火に反応して逃げる魔物、近寄る魔物。
俺は手のひらを握り締める。
爆風。
密度の高い火は解放されて火花を撒き散らす。
放った俺の意識が遠のく程に。
前に覚えたが魔力が足りなくて使えなかった、
それが今ならいける。
再度、地面に手を当て回復魔法。
俺の欠けた安物アイアンソードが風を切裂く。
足元の、乾いた手を斬る!顔のないカオを斬る!彷徨う霊魂を屠る!
左手を高く上げ、魔力吸収。
そして火の玉を撒き、手の平を、
握る!
爆風。
風が跳ねる!トゲトカゲが爆ぜる!お化けサボテンが飛び散る!
俺の安物アイアンソードが終わりを告げる。
風を斬る!トゲトカゲをキル!お化けサボテンをKILL!
狂った舞台が終わりを告げる。
いつもは丸1日かかるところが、
今日は僅か三時間ほど。
今回はかなりの成果があった……。
ボロボロアイアンソードを地面に突き刺す。
あんたの力は受け継いだ、
もうここには居ないと思うが。
墓だと思って受け取ってくれ。
集め損ねた光が空へと上がる。
その先にあるのは天国か、
それとも雲の化け物となるか。
俺はただ、それを眺めていた……。
3.
俺は力を伸ばし続ける。
極寒の地へ、海の底へ。
魔物はいつでも大歓迎で、
俺に斬られるのを待っている。
新たな墓を踏みつける。
力は引き合うように出来ている。
俺は手順を繰り返すだけ。
天候を操り雨を降らせ、
地面を割って力の中心を見定める。
水でそれらを押し流し、
竜巻に乗せ吹き上げる。
後はそれらを焼き尽くすだけ。
火炎と落雷で片付けるだけ。
燃えろ、燃えろ、弾けろ、燃えろ。
業火が渦巻く、命が溶ける。
雷鳴が鳴く、悲鳴が遠のく。
泥を浴びる、風が頬切る。
俺は眺める、それを眺める。
名も無き魔物が死んでいく。
名も知らぬ俺の手で、
狂い、猛り、燃え尽きる。
俺は何をしているのか……?
少しずつ、力に飲まれていくのが分かる。
必死で剣を振り回してたのは誰だったのか。
三日三晩戦い続け、飢えと糞尿にまみれ、
初めての勝利を収めたのは誰だったのか。
力の秘密に気付き、
王に詰め寄って追放を受けた間抜けは何者だったか。
俺は勇者。
いや、破壊者。
全てを終わらせる者。
こんなふざけた循環も、
俺がきっと……。
4.
巨大な墓を見つけた。
墓と呼ぶには込み入っている。
いうなれば、迷宮。
賢者の森と言われた場所の、
更にその奥。
何があるか、あらかたの見当はついた。
踏み入ると腐敗・腐臭、
生命の欠片もない場所。
ここに居るのは魔物ではなく、
何かの闇が巣食っていた。
久々に握った剣。
聖剣と呼ばれる、墓の中で勇者の血を吸った禍々しい剣。
そいつを押し寄せる化け物に振り下ろす。
一つ目の巨人を斬る!死神の影を斬る!双頭の獣を斬る!
奥へ、
巨大な蛇を斬る!無数の触手を斬る!半人半獣の生物を斬る!
奥へ!
地獄の門を斬る!野蛮な肉片を斬る!邪神の使者を斬る!
更に奥へ!
どれだけ道を走っただろう、
いくつの化け物を斬っただろう。
闇の奥地にそれは居た。
死の匂いを振りまいて。
「我は悠久を生きる者、世界の理を変える者。なぜ邪魔をする」
言葉の意味は理解できた。
だが、しばらくまともに人と話をしていなかったせいか。
俺は言葉に詰まった。
「いいだろう、命が要らぬならかかって来い」
話が早い、そういう奴は好きだ。
人と呼んでいい相手なのかは分からないが……。
剥がれ落ちた肌、腐った血肉。
周囲の岩や土と同化していて、人の形を留めていないが。
ギラギラ光る双眼だけが、
意志の強さを思わせた。
回復魔法を使い続け、自らの時間を止めた。
それは延命の為ではなく、
魔物にならない為の手段。
しかしその体は腐敗を続け、
死の温床と化していた。
これが魔王というのなら、
俺たちの存在は何なのか……。
俺は剣を振り回す。
勇者の血を、力の意味を。
魔王を斬る!魔王を斬る!魔王を斬る!
ひび割れた肌を裂く!腐った肉を斬る!鉱物のような骨を断つ!
「ギヤァアアァ!」
魔王の叫びが木霊する、
恐らく元は人だった者。
「愚かな……、後悔するがいい」
衝撃が体を走る。
閃光、爆風。
やはりこれは勇者の力。
痛みと共に血が巡る、体を巡る。
俺は剣を振り回す。
勇者の剣を、穢れた剣を。
元勇者の肌を裂く!元勇者の肉を斬る!元勇者の骨を断つ!
元勇者の臓器を裂く!元勇者の血を払う、元勇者の臓物を千切る!
元勇者の叫びが木霊する。
言葉を失くした俺よりも、よっぽど人らしい叫びが。
痛みが体を通過する、
振動が体を走る。
手足が割れる、鼓動が狂う。
俺がまだ知らない魔法。
恨みはないが、血が滾る。
獣のような血が滾る。
俺は剣を振り回すだけ。
夢中に剣を、穢れた剣を。
力と力は打ち消し合う。
人だった者の肌を裂く!人だった者の肉を斬る!人だった者の骨を断つ!
人だった者の臓器を裂く!人だった者の血を払い、人だった者の臓物を千切る!
異常に気付く。
体の熱と奴の体。
回復魔法で固めた体は、腐敗しながら再生している。
どうやっても死ねない体。
その回復魔法に当てられた俺は、
墓場に沸き続ける魔物と同じ。
溢れる力に踊らされた、
哀れな生き物の姿と同じ。
痛覚が体をとらえる。
冷気と熱に体が裂かれる。
俺よりも巨大な力。
彼はどんな運命を生きた……?
夢中で剣を振り回す。
力と力は打ち消し合う。
勇者の肌を裂く!勇者の肉を斬る!勇者の骨を断つ!
勇者の臓器を裂く!勇者の血を払う!勇者の臓物をぶちまける!
「死は……怖くない。それよりも……」
その先の言葉は分かった、
ただ彼を休ませたかった。
こんな姿で生きるべきでない、
彼は自らの過ちに気付いていない。
愚かな俺は踊るだけ、
墓場の上で踊るだけ。
勇者を斬る!勇者をキル!勇者をKILL!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!
雑念を斬る!悲しみを裂く!感情を断つ!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!
勇者がKILL!勇者をKILL!勇者でKILL!
勇者の叫びが木霊する。
「くっそおおおおおおおおおお!」
勇者が血を流す、勇者が汗を流す、勇者が涙を流す。
不毛な無双、苦笑な舞踏、畜生の将。
勇者を斬る!勇者をキル!勇者をKILL!
勇者を斬る!勇者をキル!勇者をKILL!!
腐肉と腐臭。
言葉通り血の雨が降る。
彼の魔力が尽きるまで、
哀れな俺は踊るだけ。
力で力を打ち消し合うだけ。
勇者の耳を切る!勇者の鼻を折る!勇者の目を潰す!
勇者の口を裂く!勇者の歯を割る!勇者の額を砕く!
勇者の頭蓋を砕く!勇者の頭蓋を砕く!勇者の脳を貫く!
回復する勇者の耳を切る!回復する勇者の鼻を折る!回復する勇者の目を潰す!
回復する勇者の口を裂く!回復する勇者の舌を引き抜く!回復する勇者の額を砕く!
回復する勇者の|頭蓋を砕く!回復する勇者の頭蓋を砕く!回復する勇者の脳を貫く!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!
勇者をKILL!勇者をKILL!勇者をKILL!!
「その先に、希望はない……ぞ……?」
魔王と呼ばれた勇者と共に、
俺の中の何かが死んだ。
彼の未来は俺の未来か、
俺は光に包まれていた。
望みもしない光、力に。
いくつかの球体が空へ上がろうと、
天井を舐め外へ向かう。
眺めながらついていく。
その先にあるのは天国か、
それとも雲の……。
久しぶりに見上げた空は雨雲で、雷鳴が走っている。
何かの考えが頭をよぎる。
それは天啓か悪魔の声か。
このまま生きて魔物となるか、
死んで魔物の贄と化すか。
道はそれほど無いと思えた。
俺は何かを変えられるのか?
力を待って、力に飲まれ。
新たな力に倒されるまで、
俺は人を苦しめるのか……?
~力は引き合うように出来ている~
彼が俺を呼び、俺が新しい誰かを呼ぶ。
~力は溢れるように出来ている~
俺はそう言わなかったか?
~力と力は打ち消し合う~
俺は一人で踊ってみせる。
俺は世界を変える、世界を壊す。
暴れろ、俺の力。
俺の右手は風を起こし、
左の手は火を起こす。
体が水を流しだし、
足は地鳴りに震えだす。
俺の右手は嵐を起こし、
左の手は炎と化す。
体は溢れる水となり、
足は地割れを巻き起こす。
俺の右手は肌を切裂き、
左の手は肉を焼く。
体は汚水を撒き散らし、
足は骨を砕いて飛び散る。
燃えろ、裂けろ、飲み込まれろ。
俺が世界を変えてやる。
愚かな力の連環を、
狂った世界のあり方を。
その全てが、俺の墓。
斬りつける嵐が、
焼け付く炎が、
押し寄せる濁流が、
地を裂く鼓動が。
世界は嵐に包まれるだろう、
風と炎と水と地割れの。
それが俺の力の全て、
魔物を打ち消す、俺の全て。
誰にも分けて、やりはしない。
心が……消える……?
誰か……、助け……。
恨むなら……俺を、恨め……、
俺、は……嫌われ……ゆう、しゃ……。