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起:承 ≪入口≫

 遊園地のアトラクションかと思う。

 ひとまず問題のダンジョンとやらを見に来たら。


「……なんで順番待ちの列が出来てんだ?」


 いかにも大仰(おおぎょう)な装備に身を固めた、屈強な冒険者たちがズラリ。

 係の女の子が持った立て札には「最後尾こちら」の文字。

 ダンジョン入口と思われる洞窟(どうくつ)、その前に受付カウンターが設置され、今も新たな一組が記帳(きちょう)と金銭の受け渡しを済ませ、気勢(きせい)()げながら(もぐ)っていった。


「挑戦者たちからお金を取っているようですね」


「たくましいわね、この街……得体の知れないダンジョンで商売しようって普通思う?」


 誰がどう権利を主張して商売にしているのか。

 そしてそれが法に照らして正当なのか、だいぶ微妙に思われるが。


「あぁちょっと、ねぇ君」


 ユノハが立て札の女の子に声をかける。

 そして三つに一つは口説(くど)文句(もんく)を混ぜながら、事情と聞くと。何でも以前にある冒険者のパーティ二組がさんざん()めたことがあったらしい。

 一組がダンジョン内で怪我を負って身動きが取れなくなり、もう一組がそれを救助したのだ。揉め事の原因はその謝礼についてだったそうだ。

 助けられた側が出し渋ったのか、助けた側が吹っかけたのかは、当人たちの感覚によるところなので何とも言えないが、とにかく街が仲裁に入り、防人(さきもり)出張(でば)るほどの事態に発展したと言う。

 その他にも遺体が上がったときの身元照合や、ダンジョンから持ち帰られた物品の売買契約など、どうしても管理が必要だった。

 なのでオーゼンフォリオ側が急遽(きゅうきょ)組合(ギルド)を立ち上げ、このようになった訳だ。


「なるほどね。つまりダンジョンに挑戦するにはまず組合(ギルド)に所属する形になってるのね」


 ユノハは得心(とくしん)したと(うなず)きながら、説明してくれた女の子の手を握った。そして今晩の約束を取り付けようとするのだが、彼女も冒険者の相手でナンパ慣れしているのか、あっさりと(かわ)してみせる。

 獲物に逃げられた彼は、やれやれと肩を(すく)めて陸歩たちへ振り返った。


「思ったよりも攻略の規模が大きくなってるね……どうしたの? なにさ、その目は」


「お前の節操(せっそう)の無さに(あき)れてんだよ」


「そりゃどうも。

 とにかくさ、人が連日のように出入りしているダンジョンなんだ。これは僕らも潜る前に、入念な情報収集が必要なんじゃないかな」


 見てよ、とユノハが指さす先。

 確かに組合(ギルド)製と銘打(めいう)ち、ダンジョン踏破済みエリアのマップが販売されている。

 あるいは何かの原石を高く(かか)げて、それの入手場所について高説を繰り広げている冒険者。

 洞窟から戻ってくる者たちもあって、今回の成果について興奮しながら周囲と話し合っていた。


「途中までは攻略が済んでるってことか。確かに端折(はしょ)れる冒険は端折(はしょ)りたいよな」


「女帝陛下の名前を出せば、組合(ギルド)が協力してくれるのでは?」


「どう、かしらねぇ。冒険者なんてヤクザ者ばっかりでしょうし、組合(ギルド)ったらその元締めだもの。御上(おかみ)に素直に従うかどうか」


「僕もそう思うな。そもそもきちんと攻略を目指している人間も少数だと思うよ。踏破されたらダンジョンは閉じちゃうんだし。今は探索を進めて、手に入る資源を根こそぎにしている段階だろうから、むしろ女帝様の(つか)いでダンジョン潰しにきました、じゃ歓迎されないんじゃないかな」


「……動きづれぇなぁ」


 一旦(いったん)リンギンガウの王宮に戻り、女帝様へ報告するか、という方向で陸歩たちの話はまとまり始める。

 身分を隠したまま情報収集を行うには根気と時間が必要であり、その手間を削減(さくげん)するために女帝様の間者(かんじゃ)諜報(ちょうほう)のプロを借りようという算段(さんだん)だ。


 では、とイグナが口を開いた。


「情報収集はそちらに預け、その間に別なダンジョンに挑む、というのはどうでしょう」


「やー、そういうのはちょっと止めておきたいかなぁ」


 曖昧(あいまい)()むのはユノハだ。


「手始めはここがいいんだよ。まずここを攻略するのが」


「『正しい手順』、ですか。率直(そっちょく)に言わせていただくのならば、非合理かと思います」


「イグナちゃんの気持ちは分かるけど。運命ってのはそもそも機能的には出来てないからね。

 それに、このダンジョンはだいぶビギナー向けだよ。扉の樹から生まれた迷宮に、人が居つくんなら、それはもう街と大差ないんだし」


 リクホ様、とイグナは(あるじ)を見つめて指示を(あお)いだ。

 なので陸歩は、彼女に申し訳なく思いつつ、肩を(すく)める。未だイグナからユノハへの心証はさっぱり良くないだろうが。


「昨日の晩に、こいつと話してな。ひとまずはユノハを信用して、言う通りにしてみるよ」


「……。かしこまりました。リクホ様がそう(おっしゃ)るのであれば」


「これで不都合が一個でもあったら、その瞬間にこいつ叩き出そうな」


「はい。楽しみです」


「おいおい……」


 頬を引きつらせるユノハに、イグナはそっと微笑んだ。内輪の不和をかき消すための冗談と微笑みだった。


 それじゃあ一度戻るか、と陸歩は口にしかけて。

 不意にざわつく周囲に、何事かと口をつぐむ。


「……なんだぁ?」


 人垣(ひとがき)が向かってくる。まさにそんな様子だった。

 四十人か、五十人かという数の戦装束(いくさしょうぞく)の男たち。大人数の冒険者パーティと比べても、なお大所帯(おおじょたい)のそれらは……しかし、陸歩の目では統一感が見いだせなかった。

 得物(えもの)は剣やら斧やら戦鎚(せんつい)やら短槍やら、見本市のようだ。

 防具の意匠やカラーリングもバラバラで、ユニフォームとはちっとも言えない。

 そういう連中が、今は一団になってやってくるのだ。


 組合(ギルド)員や他の冒険者たちも、固唾(かたず)()んで見守る。

 

 そして男たちが割れるように左右に別れると、中心にいたのは一人の女だ。


「っ、」


 一瞬、全く無関係に(なが)めているだけの陸歩の呼吸すら乱れる。

 それほどの美人。

 金の髪をさやさやと輝かせ、(べに)を引いた唇は蠱惑的(こわくてき)な微笑を結んでいる。

 眉の位置が芸術だ。鼻の位置が芸術だ。口の位置が、頬の(ふく)らみが、(あご)のラインが芸術。

 白の、腹部やスカートの(すそ)がレースで編まれたドレスは、薄っすらと、かつ明確に肌を見せていて、男の劣情を容易(たやす)(さら)った。

 左手には、鍵を収める篭手(ガントレット)。花と蝶の彫刻(レリーフ)(ほどこ)され、陸歩が付けているものとは比べ物にならない逸品だ。

 そして右目は鮮やかな藍色で。

 左目は、鍵穴があしらわれた眼帯で隠している。


 驚いた。

 陸歩は驚いた。

 イグナも驚いていたし、ユノハも同じだ。

 だが誰の驚愕(きょうがく)も、キアシアには及ぶまい。


 美女は、側近と見える燕尾服(えんびふく)の青年三人にそれぞれ傘を差させながら、連れてきた戦士の群れから進み出て、この場全てを魅了するかのようにクルリと回る。

 そして告げた。


「それじゃあ、改めてもう一度約束しましょうか。

 ――あのダンジョンの最深部から、秘宝を持ち帰ってくれた人。その人と、アタシは結婚する。

 旦那様にはこの身の全ても、心までも(ささ)げるわ。生涯(しょうがい)をかけて愛し、尽してあげるし、愛させてもあげるし尽させてもあげる。アタシのどこを手に取っても構わなくってよ?」


 男たちが鼻息も荒く、我こそはと目をギラつかせている。

 一体どのような手管(てくだ)で、どのようにここまで誘惑したのか。

 もはや麻薬じみた声音と身振りで、美女は自らの唇に触れながら続けた。


「さぁ、命を投げ出しにいってらっしゃい。アタシは、早い者・勝・ち」


 獣が(ごと)雄叫(おたけ)びを上げた男たちは、武器を手に手に一斉にダンジョンへと突進していく。

 組合(ギルド)員の制止も聞かず、邪魔する者は斬り捨てんばかりの勢いで。

 列をなしていた冒険者たちもたまらず四方に避けて、呆気(あっけ)とともに連中を見送った。


 美女はその様子を、場の丸ごとを見て、心底(たの)しそうにクスクスと笑う。

 まるで、自分が付けた火の広がりを眺めて、面白がっているかのような仕方で。


 陸歩はそんな彼女と、キアシアとを、複雑な思いで見比べた。

 キアシアは今や、顔色を蒼白にして、固く握った手を戦慄(わなな)かせながら、目を見開き、愕然(がくぜん)呆然(ぼうぜん)唖然(あぜん)としている。


 似ている。

 鍵穴の眼帯で顔の半分を隠した美女と、こちらも眼帯で左目を覆ったキアシアの見た目は、酷似している。

 顔立ちの差は(わず)かで――しかしその僅差(きんさ)によって美女はキアシアをさらに上回る美形として成立しているが――面影(おもかげ)は、そっくり。


 そしてその関係は、キアシア自身がかすれた声で叫んだ。


「お、姉ちゃん……っ?」


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