起:起 ≪手記≫
手記No.18:『塩の城』オーゼンフォリオ
――筆の月/上目の曜――
レドラムダ大陸南部には、巨大な湖がある。
どれくらい大きいかというと、イグナの測量では約612キロ平方メートル。琵琶湖が669.26キロ平方メートルらしいので、匹敵するサイズだ。
が、実はこれ、厳密には湖でない。
地下で海と繋がっており、溜まっている水も海水だ。
なので生活用水にするにはひと手間が必要。
だがこの湖から得られる糧は、そんなことは帳消しになるほど莫大だとのこと。
オーゼンフォリオは湖の畔に位置する街だ。
扉の樹の樹齢は700年越え。
その歴史はレドラムダ大陸帝国創成期にまで遡る。
というか、初代女帝ヨハンネ・レドラムダはこの街を作り、湖を要地として押さえたために、大陸統一を成し遂げたとも言えるそうだ。
主産物は塩。
海水をくみ上げ、この街特有の豊かな天日に干すことで大変良質な塩が出来るのだとか。
戦においては、とかく塩は重要な物資である。そのことを心得ていた女帝ヨハンネは結構な無茶をしてオーゼンフォリオを建て、その際の武勇伝や苦労話はレドラムダではメジャーな御伽噺になっている。
海魔討伐だとか。湖の強すぎる塩分の無毒化だとか。
太陽が雲に100日隠れた際には、女帝レドラムダは自らの裸を晒すことで、太陽神に顔を出させたとか。……ちょっと教育向きのエピソードじゃなさそうだけど。
街並みは、まず最初の感想として、白い。
建物がみんな白い。道も。住民の衣装も白が多め。
これはこの街が、一年を通して大変よく日光に照らされるために、編み出された生活の知恵だ。
照り返しがきついため、帽子やサングラスも重要なアイテム。
傘、または笠もオーゼンフォリオでは、なくてはならない。実用面は言うに及ばず、ファッションの一部としても。
せっかくなのでオレたちも。
イグナとキアシア、女性陣はサングラスに傘を。
オレとユノハの男連中はゴーグルを。
女性が持つ傘を、男が受け取り、差してあげるのがこの街における「モテる男」のイメージなのだとか。
オレはユノハを蹴った。理由は、わかるよな。
オーゼンフォリオにも「傷口に塩」という表現はあって、しかしその意味はオレの知るところとちょっと違う。
ここでは「口以外からも塩を摂取するほど慌てている、時間が無い」を言うのだそうで。
女帝様からの依頼を預かっている身としては、オレたちも時間はないが。この街の塩は、ちゃんと口で味わってみた。
さすが、歴史あるだけあって、素人のオレの舌でも違いが分かる。
ただしょっぱい・辛いだけじゃなくて、ちゃんと濃厚な旨味があるんだ。
口内に含んだだけでも、ざらつくことなく、解けるように溶けていく。
店には花や果肉の香りを混ぜ込んだ塩もバリエーション豊かに並んでいた。
キアシアは、甘味に塩を入れて甘さを引き立てる調理法に興味深々。
イグナはソルティードッグに興味津々。
ユノハは塩石鹸によって肌艶見事な街の女性に興味津々。
オレ自身は塩漬けの梅に感涙。要するに梅干し。梅干し……懐かし美味し。
そんなオーゼンフォリオだが、実は現在空前の好景気。
他大陸からも来訪者が押し寄せている。
理由は街の傍に出現してしまった、ダンジョン。
これを目当てに冒険者たちが大挙して押し寄せているんだ。
他にも多数のダンジョンがある状況で、なぜこの街に……といえば、どうも金が産出されるらしい、とのことで。
這い出してきた巨大なトカゲがオーゼンフォリオの防人に討伐された折、その腹の中から金塊が山のように出てきたのだそうだ。
女帝様はこれら冒険者を、さして取り締まってはいない。
ダンジョンに潜りたいなら潜れ、というスタンスでいる。
万一、誰かが最深部に到達して秘宝を手にし、叛逆を仕出かしたらどうするのかと訊いたら、「誅するのみ」とのご回答。
恐れているのはあくまで臣下が狂うことであって、反乱なぞは叩いて潰せばよいのだということらしい。
むしろダンジョン攻略の手間が省ける分助かる、とまで。
オレたちがわざわざ挑まなくても、ここのダンジョンはいずれ攻略されるのではないか、と思わないでもないが。
ユノハによればここから始めるのが『正しい』のだと。
真意はよくわからない。それは神意でもあって、ユノハ自身にもよく分かっていないのだ。
まぁ、どうせいずれ全部巡らなきゃいけないんなら。どっからでもいいか。




