後:序 ≪手記≫
手記No.17:『首都』リンギンガウ
――弓の月/裏舌の曜――
リンギンガウ。
それはレドラムダ大陸が首都の名前であり、王宮の名前でもあり、またこの地に降り立った平定神の名前でもある。
初代レドラムダ女帝はこの場所で神託を受けたという。
当時はまだ丘があるばかりで、後に扉の樹を得た初代が、シンボルとしてここに街を築いた。
さすが大陸の覇者と言うべきか、スケールが段違いだ。
街一つが丸ごと宮殿である。
扉を用いて直接来てしまったからタイミングを逃したが、その外観を是非とも遠くから見てみたい。煌びやかな要塞といった趣らしく、さぞ見ごたえがあることだろう。
下手に歩き回れば簡単に道に迷う。
もっとも、散歩に際しても必ずメイド複数人を付けられるから、今のところ迷子になりようはないけれど。
「君たちは我が大陸の賓客なのだから」という女帝様の言葉は分からないじゃないが。キレイどころを取り揃えられ、大名行列ってのは居心地が悪い。
さっそく気に入った娘の腰を抱いているユノハの厚顔は、まぁ羨ましくもねぇけど。
オレたち四人にはそれぞれ、宿泊用に屋敷が与えられた。
四人、それぞれにだ。屋敷をだ。
正直持て余す。イグナもキアシアも早々に同じ屋根の下に集まったし。ユノハは叩き出した。
メイドさん方にも退出して頂いた。靴紐ぐらいさ、自分で結びたいからさ。
街が宮殿といっても、女帝や臣下の住処だけってことはなくて、ちゃんと住民がいる。
城下町……というか城内街だな、はとても活気に満ちていた。
女帝様の御膝元で暮らすここの人たちは、初代女帝の縁者や後援者、友人などの子孫とのこと。もちろんそれで全部じゃないが、歴史のどこかでレドラムダ帝に取り立てられた人々には違いなくて、その自覚故か何となく振る舞いが高貴だ。
そしてもれなく全員が、敬虔な平定神信者。
ユノハがニヤつく。これほど有効な城の構えはない、と。
この街で戦う限り、女帝レドラムダは神託者として最強だそうだ。
信者の数が神の力の源。なるほど。
話によれば三代目レドラムダ、つまり先代がなかなか破天荒な人で。
まぁそれは、当代の母ということを思えば容易に想像がつくが。
とにかく先代は新しい物好きで、そのためか現在のリンギンガウには様々な文化が流入している。
魔法だろうがカラクリだろうが、その他どんな技術だって大陸民の益となるなら受け入れるスタンスらしい。
研究者や技官もたくさんいて、イグナは大変興味を持たれた。
そんなお堅い話の他にも、生活レベルで古今東西の文化が百花繚乱。
香水を混ぜた湯気を浴びるっていう美容法が今ブームだとか。
ワッフルに似た焼き菓子に、七色のクリームを乗せたスイーツが徐々に火が点きつつあるとか。
レドラムダ大陸は統一されていて、つまりそれってどういうことかっていうと、大陸中の街が他の街の鍵を全て所持してるってこと。
そうやって強固に結びついた街同士の相互ネットワークこそが、レドラムダ最大の華と言える。
肉、魚、野菜、果物、酒、塩、その他およそ思いつく限りの物資は、レドラムダの街ならどこでも新鮮だ。それぞれの街が何かしらを担っていて、大陸へ豊かに行き渡らせているから。
そして中枢たるリンギンガウへ流れ込むのは、その中でも最上のものばかり。
キアシア垂涎。
屋敷にたっぷりと食材を持ち帰るなり、唸る包丁、迸る鍋、乱れ舞うフライパン。
キアシアの作る料理にオレたちも垂涎。
噂を聞きつけて訪ねてきた宮廷の厨房長にすら帽子を脱がせたキアの皿は、また神を呼んでしまうんじゃないかって程だった。
イグナは美酒を鯨飲。途中でまさかの女帝様飛び入り。から、面白がって飲み比べを始め、この人も大層なウワバミだ。
扉の樹も見せてもらった。
実はこのリンギンガウ、一本ではなく四柱もの樹を擁しているとのこと。
その内一つは玉座の間に繋がっていたやつ。
他三つは街の三方の、風水を鑑みて具合のいいところに置かれているそうだ。
一つの樹でその周囲は街の圏内って法のはずだけど。こんな近距離に複数本を置くと、どうカウントされるんだ? 別段、通常の街の四倍大きいってわけでもないし。
まぁ街の名前はリンギンガウ。四身一体ってことで、そう深く考えなくてもいいか。
それとは別として、深く考えなきゃならんことも、あるわけだし。




