表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/427

前:急 ≪依頼≫

 きっかけは一人の農夫が、見つけた『穴』だった。

 

 昨日までは確かになかった。自らの牧草地の真ん中に、井戸のように煉瓦(れんが)(ふち)取られた穴。

 (のぞ)()めばそれは、(くだ)るための梯子(はしご)がついており、試しに石を落としてみると底はだいぶ深いようである。


 賢明な農夫はすぐさま近隣の憲兵詰所(つめしょ)へと伝えた。


 減点対象がいるとすればここの憲兵で、まぁそこまで責めるわけにもいかないが、四人ほどの適当な小隊で様子を見に行き、穴の中へ降りてしまったのだ。

 結果、遺体すら上がらない始末である。

 穴の中は、魔物巣食(すく)う地下迷宮だった。


「ダンジョンだ」


 女帝は神妙な顔で言う。キアシアが砂糖で()った豆をポリポリとやりながら。


「美味いな、これ」


「は、はいぃ。恐縮ですっ!」


「ははは、そう(かしこ)まらんでも」


 いや無理だろう、と陸歩は内心でキアシアに同情する。

 この女帝様、実は影武者なんじゃなかろうかとも思い始めていた。

 話の途中に小腹が空いたと言い出し、陸歩たちに「なにか持っていないか?」と(たず)ねるのは、さすがにフォローが難しいくらい(いや)しい。差し出された炒り豆を毒見もなしに口にするのも、貴人とは思えない不用心さだ。

 それともこうして、お前たちを信用しているよ、とアピールしているのだろうか。


 妹姫様のほうはずっと呆れ顔で、けれどもポリポリはしっかりやっている。こっちもこっちで、意外と豪胆(ごうたん)かも。


「それで女帝様? ダンジョン一つで大陸転覆(てんぷく)の危機?」


 すでに足も(くず)したユノハが、実に気安く問うから陸歩は(ひじ)で脇腹を小突(こづ)いた。

 だが女帝は特段(とくだん)気にした風もない。


「うむ。一つじゃないんだな。各地に、見つかっているだけでも十九」


「……うそん」


 あのユノハが絶句。

 いまいち認識が追いついておらず、同じ温度を共有できない陸歩は、そもそもの部分から正していくことにする。


「えっと、その、ダンジョンってのは……?」


「リクホくん、僕が神託者になった時の話、したでしょ」


「あぁ、故郷に伝わる試練の迷宮を突破して……それがダンジョン?」


「そ。まぁタイプは色々あるけど、最奥に何らかの秘宝を抱えてて、挑む者を試す迷宮ってのは変わらない」


 現代っ子な陸歩は、話に出てくる『ダンジョン』が大よそ自分の思い描いた通りであることに、ふむと思う。

 RPGでステージとして用意されるものと相違ないようだ。

 最奥の秘宝、というのは男子としてはとてもロマンを感じる。


「で、そのダンジョンは、珍しいもの、なんだよな? ……オレそんなの、カシュカ大陸でもエァレンティア大陸でも聞いたことないし」


「珍しいし、一晩で現れるようなものでもないよ」


 ユノハの返答を、意外にも妹姫が()いだ。


「一晩で街は出来ませんからね――『ダンジョン』と『街』は同質のものなのです。どちらも、『扉の樹』によって発生する。

 要するに、樹が地上へ伸びたのが街、地下へ伸びたのがダンジョンという訳です」


「樹が、地下へ?」


 首を傾げたイグナへ、妹姫は(しか)りと(うなず)く。


「通常ありえないことです。種を逆さに植えたって、芽が下を目指すことはない。ダンジョンが発生するには、地脈か、呪的(じゅてき)要素か、それ以外でも強力な原因が必要になります」


「そういうものが、発見されているだけでも、十九」


 豆を()まむ手を止めた女帝は、すっかり為政者の顔だ。

 この人の雰囲気の乱高下は、この短期間では全然慣れない。


「しかも何の予兆もなく、突然にだ。どれだけ異常かは分かるだろう」


「えぇ。まぁ」


「それでそれで女帝様? その異常に対し、僕らのリクホくんを巻き込みたい理由は?」


 ユノハは本当に失礼な奴だ。……まぁ今は、話がとても早く進むから、(ひじ)もしないで見逃すが。


「ダンジョンは一度でも踏破されれば閉じるもの。

 君たちに、各ダンジョンの最深部到達を依頼したい」


 まぁ、そんなところだろうなと陸歩も予想していたが。

 考えをまとめるより先に、またユノハが口を出す。


「まぁそんなところだろうとは思ったけど。

 でもさ、そんなのは子飼いの騎士でも使えばよくない? レドラムダ軍は精強無比(せいきょうむひ)だって聞いてるよ。十分にダンジョン踏破の見込みはあると思うけど」


「あぁ、もちろん始めはそうしたさ」


 皮肉げな笑みで女帝は続ける。


「最初にダンジョンが発見された時点で、私が最も信頼している(しゅう)に攻略を命じた。彼は見事やり遂げたよ」


「ふぅん?」


「だがね、彼は最深部の秘宝――剣だったようだが、を抜いた瞬間、魔の力を得た。そしてそれに魅入られてしまった。レドラムダの帝政は(いつわり)りであり、自らこそが王なのだと主張した」


 ユノハがケケケと笑う。「さもありなん」と。ありがちな話なのか、それともユノハ自身に、覚えがあることなのか。

 女帝は肩を(すく)めた。


「ダンジョンの数と同じだけ謀反者(むほんもの)が出ては(かな)わん。だから君たちの力が必要なのだ、ジュンナイ・リクホ」


「あー……こんな事言うのは何ですけど、オレだって叛逆(はんぎゃく)するかもしれないですよ?」


「いや、それはない」


「……なぜ?」


「君が(すで)に神託者だからだ」


 女帝様の理屈はこうだ。

 (いわ)く、力に(おぼ)れるのは、そもそも力のない者である。

 あらかじめ神に見初(みそ)められるほどの力を持ち、神の権能を(さず)かるような者であれば、迷宮からどんな成果を持ち帰ろうとも、今さら(まど)うことはあるまい――


「……そ、れは、」


 どうなんだ、と思わずにいられない。

 なんというか、徹頭徹尾が強者の理論すぎて、陸歩にはちっともピンとこなかった。


「根拠はある」


 ゆっくりと立ち上がった女帝は、翼を広げてみせた。

 翼だ。

 暁色(あかつきいろ)の、(とび)を思わせる、翼。

 左手の上には、光輪。


「神託者……?」


「君たちと違って、純正な、ではないが」


 女帝はどこか、遠慮するように微笑んだ。


「初代レドラムダが平定神の神託者だったのだ。私の翼は遺伝だ。レドラムダ家は代々、長女が翼を受け継いできた」


「神託者って遺伝するんだ、知らなかったな」


 感心したようにユノハがいい、陸歩も同感である。

 だがそれは、平定神とレドラムダが交わした契約に(もと)づくものであり、神託者全般の話ではないらしい。

 とにかく。


「実は私も一つダンジョンにこっそり潜って、踏破してみた」


「……はぁ」


 いやに簡単に言ったが、つまり何か。この女帝様は危険な迷宮へ自ら踏み込み、突破してきたと。

 そろそろ破天荒とか、そんな言い回しでは収まらなくなりそうであるが。


「結果、最深部でガラクタを手にしても何ともなかったよ。

 だから私と同じように、いやもっと正式に神託を()びている者であれば、秘宝に当てられない見込みは高い。

 だから神託者を探し求めた。リクホ、君を」


「はぁ…………」


 それから、と女帝はユノハにも目を向ける。


「まさかもう一人神託者が同行しているとはな。ユノハ、君にも力を借りたい」


「まだだよ、女帝様。貴女は今、プロセスを一個飛ばした。回路神信者だからね僕は。そういうのに敏感なんだ。

 ――貴女自身でダンジョンを潰して回らない理由は何だ?」


「いやユノハ、そりゃあ……女帝様自身が矢面(やおもて)に立つ方がどうかと思うぜ」


 だが女帝は鷹揚(おうよう)(うなず)いた。


「よいよリクホ。ユノハの言う通りではある。本来は私が撃って出て、解決するのが筋だ。私もそう思う。

 ……だがね、私が先代から引き継いだ平定神の権能は、じきに私のものでなくなるんだ」


 その言葉の意味を陸歩は、ユノハも、一瞬()()めない。

 一番最初に察したのはイグナだった。


「ご懐妊(かいにん)、おめでとうございます」


「ありがとう」


 ニッコリと女帝が母の表情で微笑み、皆が得心する。

 

 ようやく話が見えた。

 妊娠中では当然、迷宮になど潜れないだろう。

 そして出産が済んだとしても、四代女帝レディナにはもはや神の権能はない。

 生まれてくる五代目が、同じように迷宮に挑めるようになるまでは、どう見積もっても十数年はかかってしまう。

 今、大陸のダンジョンにまつわる問題を解決しようと思ったら、外部の神託者を求めるよりない道理だ。


「なるほどね、納得した」


 もう付けるいちゃもんはないとばかりに、ユノハは両手を挙げてみせる。


「なら、協力してもらえるだろうか。神託者ユノハ」


「それはリクホくん次第。今の僕は、リクホくんの行くところに行くだけだから。

 頑張ってね女帝様。まぁ彼を口説(くど)くのは簡単だと思うけど」


「ユノハぁ」


 陸歩が抗議の声を上げる間もなく、絨毯(じゅうたん)に座り直した女帝は、「では()()ってみようか」と微笑んでいる。


「もちろんタダでとは言わん。リクホ、君は失われた大神の(やしろ)を建てる旅をしているんだろう?」


「えぇ、まぁ」


「私の依頼を受けてくれるなら、大陸中にそれを建てよう」


「ぅえ……本当に? 大陸中?」


「あぁ。レドラムダは平定神の一神教だが、親教(しんきょう)ということにすれば問題なかろう」


 願ってもない話だ。


 だが、それでも、陸歩はすぐには「はい」と言えない。

 社を建てることは、元の世界へ戻るのに必須。

 しかし……手ぶらでは帰れるようになっても、仕方がないのだ。


 ここでダンジョンを、十九だか攻略する手間は、旅にどれほどの遅延を招くか。

 そしてそれは、レドラムダ大陸中に建ててもらえる社で、相殺できる仕事量なのか。

 その辺りの計算に手間取り、陸歩はひどく迷っていた。


 それを、女帝も察したようだ。

 静かな声で、切り札を切る。


「――君が求めるもう一つのものも、私は知っている」


「は、」


御身内(おみうち)の身体を創り出す方法。そうだね」


「……えぇ。今はそれを、魔法に求めています」


 女帝は頷く。

 そして妹へ、そっと目配(めくば)せをした。

 妹姫は、何か観念したように、ドレスの襟に手を掛けた。


「いや、ちょっちょっちょっ?」


 突然首元を緩めて鎖骨から肩口を露出させた姫に、陸歩は思わず腰を浮かしかかる。

 しかし。

 姫の身体を見て、息すら止まった。


 明らかに肌の色が、途中から違う。

 まるで継ぎ足したかのように。


「妹は幼少時、馬車の車輪に巻き込まれてな。身体を欠損させる大怪我を負った」


「カラクリ……? いや、そんな馬鹿な……」


「そう、違う。彼女の身体を創ったのは神器だ。レドラムダが権能と共に、代々受け継いできた神器。それには人の身体を創り出す力がある」


 どうだ、と女帝様が言う。


 どうもこうも、陸歩には無い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ