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序 ≪手記≫

 手記No.16:『北渡(きたわた)しの(みなと)』ゼポ


――弓の月/下舌(しもした)の曜――


 もう本当に久しぶりに人里に辿(たど)()いた気がする。

 カシュカ大陸北端、ゼポ。

 北の大陸への船を出す港街(みなとまち)で、鍵がない旅人はここを頼る。


 到着したとき街門のところで、オレたちが繰り広げてしまった歓喜は人目を引いた。

 いやぁ、だってねぇ? 散々迷った挙句に人外魔境に踏み込んできたんだ。まともな街がどれほど有難いことか。

 後から調べて分かったが、やっぱりオレたちはいらない遠回りをしていた様子。ゼポへはきちんと街道があって、最寄りの街へは人の足でも二日足らず、途中に旅籠(はたご)まで用意されているという。何をやってたんだって気分……。

 とりあえずは風呂、飯、屋根にあと三日は(うつつ)()かす計画。体力気力を回復しなくちゃな。キアシアなんてまだ宿でスヤスヤだ、胸が痛い。文明を堪能してからでなきゃ、とてもじゃないが次へ出発できない。


 さて、ゼポ。

 この街はかなり若いようだ。オレやキアシアも年下って計算になる。

 扉の樹を見せてもらったが確かにまだ背が低く、扉は身をかがめなくては通れない。黄緑の葉が可愛らしい。

 なんでも未開の大陸で発見された苗木を、手に入れた街主(まちぬし)様が(たずさ)えて、この地に入植したのだとか。

 街主様は気さくな人で街中を普通に歩いていて、挨拶出来た。

 なんだか徳の高そうなお兄さんで、千里眼との(うわさ)。扉の樹から最初の鍵をもいだ者には街を築き、治めるだけの力が与えられるって話だし、不可思議な能力はむしろ納得できる。


 特産や名産は目下、開発中とのことだ。

 ひとまずはキノコが美味い。

 あとは養豚にも力を入れ始めている。キアシアは悪くないと評価。さっそく用いて、()(もの)を作ってくれたが、これが街の人にも受けた。美味。


 海の(そば)にあるが、正直海産物はそれほどではない。

 北海はトレミダム近海ほど温暖でも温厚な環境でもなく、それに合わせて生息する魚は屈強かつ巨大でさらには凶暴だ。魚というか、魚獣。食うことよりも食われないことを考えなきゃいけないようなのが、水中をウヨウヨしてるのだとか。

 これから船に乗ろうとしてるんだけど……ちょっと心配になってくるな……。


 街は建造中の家屋がたくさんある。

 カシュカから北へ行く人、北からカシュカに来る人が多いから、それを手厚くもてなして、水が合うようなら住んでもらう。そうやってちょっとずつ住民を増やしてるんだそうだ。

 オレもどうかと誘われた。

 少し迷う。そういえば鍵ですぐ帰って来れるんだから、拠点と呼べる場所を作ったってよかったんだ。何も定住しなきゃいけない法はない。少なくとも、ゼポには。

 この街の鍵は恐ろしいほど簡単にもらえた。まずは人脈を広げることが大事って方針みたい。そこらに捨てるんじゃないなら、誰に(ゆず)ってもいいとも言われた。

 たまに瓶詰(びんづ)めにした鍵を海に流してるんだと。色々と感覚が狂う。


 ゼポはデカい輸送船を所有していて、これで人や物を北方の大陸へ送っている。

 行き先は主に二つ。

 レドラムダ大陸か。

 ノイバウン大陸か。

 ひとまずオレたちは、ノイバウン大陸へ向かうことにした。

 理由はちょうどノイバウンからの旅人がゼポに滞在していて、話を聞けたから。

 街一つが図書館とか、監獄研究所とか、創立八百年の学院とか。

 その旅人自身からも感じたが、だいぶ知的で学術の盛んな土地柄らしい。まぁ一人を見て全員を語るのは的外れってのは分かってるけどね。印象の問題。


 とはいえ何にせよ、三日後の話だ。

 今は羽を伸ばす。

 この間で扉の樹であっちこっちの街に舞い戻って、挨拶回りもいいかもな。


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