宗教について
信仰というものに貴賤はなく、場所も選ばない。
それはこの世界でも変わらない。
ただし宗教というものの在り方は、オレたちの世界とこっちとで、だいぶ異なっている。
まぁこっちでは、神様がずっとはっきりとしたカタチを持って実在しているのだから当然か。
最も大きく違うのは、この世界の宗教はある意味で、単一だということだ。
オレたちの世界のように『三大宗教』みたいなバリエーションはない。
神話は一つきり、千年前の物語。
その中で様々に活躍した大勢の神様の、誰を信仰するかが、この世界での『宗派』と言える。
共鳴神ナルナジェフ。
流転神ギューネッツ。
回路神サキュア。
締結神ボウラム。
錬鉄神アオイコビ。
聡慧神ネブラスカ。
等々。
功績やエピソードが多く、具体的に伝わっている神様ほど若い、つまり新しい神様であるとされる。
そしてそういう神様のほうが、信者が多い傾向にあるようだ。
とはいえ、それは鶏と卵みたいな話なんじゃないかな。信仰が厚くなるにつれ、人々が神様に物語を付け加えていった……石でも投げられそうだから絶対に言わないけど。
学者の中では神様をもっと生物学的、種族学的に捉え、世代で分類する向きもある。
炎熱神は第四世代。
膨張神はその後継であり、第五世代、というわけだ。
もっともこれは異端・冒涜とされ、宗教家からは白眼視されている。
学者は学者で、天使が種族として認められていることを引き合いに出して反論するのが常だそうだが、両者の間に立ちはだかっているのは哲学だ。
きっと解決には永遠か、神の一声が必要になることだろう。
曰く、神様は信徒の数が多いほど力が強い。
信仰の厚さと比例して、神様は世界により濃く関われるのだと。
つまりお祈りする人数が多いほど、神様はやって来やすくなるし、奇跡を施しやすくなるんだってことみたいだけど。
世界最大派閥の教会でも、神様の再臨は出来ていない。
かと思えばオレに神威を植え付けた神様みたいに、ひょっこり人前に現れたりもするんだから。
思うに神様ってのは、実はいつでもどこにでも来れるんじゃないか? 恐ろしく気まぐれなだけで。
神様は起源を辿っていくと皆、原初神とでも呼ぶべき大本、根本、『大源』に行き着くそうだ。
全ての生みの親。虚無より始めに生じた者。母なる神。
さぞ信仰厚かろうと思ったら、これが全くの逆。
新しい神様ほど信者が多いってのはさっき言った通りだが、神様は旧くなるにつれ、概念化して抽象的になる。
例えばオレの神様がそうであるように、名前が、奇跡が、何を司る者なのかが、人々から忘却されていく。
『大源』なんて拝むにゃ曖昧すぎるってことだ。
地面の上に立っていることを意識することはあるとしても、大地は宇宙に浮いているんだなんて、普段考えないように。自分の生活より更に大きな枠組みを想起するには、人間の脳では小さすぎる。
また、教会と魔術は切っても切れない関係だ。
各教会にのみ伝来する魔術はかなり多く、それらは神様の奇跡を元ネタにしている。
神様は人間の祖先で、人間の魔力は神威の名残り、っていうのは結構信じられていて、魔力を無尽蔵に持つ人間をイコールで神様とする主張もあるくらい。
だから魔術はオリジナルで編み出すよりも、神の術に倣う方が魔力効率、つまりコスパがいいのだという考え方だ。でもってそれは宗派の秘儀なわけだから、一生懸命に秘匿される。
オレも魔術を習うのに、どこか教会に身を寄せるべきかと思わないでもないが、神託者だって事実が足を引っ張る。神様に二股かけるようなこと、どんな教会も許すまい。
それから、翼ってのは神様の象徴だ。
天使やオレたち神託者の背に授けられているところから来てるんだが、この世界では羽を持つものは全て神様の使いと考えられている。
鳥も、虫も、全部。
ヒバリは告天神の眷属だし、オニヤンマは豊穣神が創ったってことになっている。
害虫は悪神の手下って塩梅だ。
正直、鳥と虫の一種類ごとに神様を設定していたらキリがないと思うんだけど、どうも神様の総数はそれくらい多いらしい。
ありがたみが薄れるというか、なんというか。
ちなみにオレの神様が率いていた有翼獣が何かは、未だ取り戻せておらず、明らかになっていない。
何がいいかな。
蝶なんかはガラじゃないし、コオロギとか鈴虫とか、カゲロウとか?
鳥なら、やっぱ猛禽が嬉しいかな。
幻獣ってのはさすがに、望みすぎかと思うけど。




