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急:急 ≪誕生≫

 ついに街壁(がいへき)を破って突入すると、まず真っ赤な濁流(だくりゅう)が押し寄せてきた。

 陸歩はとっさに左腕を突き出す。それだけで触れる端から、水に紫電(しでん)が走り、消滅していった。


 街中に飛び込むと、まだしも(ひざ)を洗う程度の高さで水浸(みずびた)しではある。

 想像していた景色とはだいぶ異なる。

 建築物の一つもなく殺風景。延々と広がる水面(みなも)は、湖のようだ。

 

 その中で。

 膝をつく、鎧に変形済みのイグナ。

 キアシアの姿はない。おそらくはイグナの内側。

 何やら下品に隙間だらけのシスター服を着た女。

 (そば)には御影石(みかげいし)のように表面が(なめ)らかな球体。卵だろうか。


「――状況は」


 陸歩は問う。


「敵です、リクホ様」


 イグナが答えた。

 お互いに実に簡潔。それで十分だったし、陸歩は跳んだ。


「おおぉおおおおっ!」


 右の逆手(さかて)に持っていた苦無(くない)サイズの鈴剣を(たく)みな指捌(ゆびさば)きで回転させる。

 一気に長剣の大きさに育った刃を、陸歩は()(こう)唐竹(からたけ)()り、魔女の脳天へと一切の躊躇(ちゅうちょ)なく振り下ろす。


 だが刃は何の手ごたえもなく魔女を通過し、彼女の立つ水面、その水底に突き立った。

 回避されてもいないのに、斬れていない。不可解な事態に陸歩は魔女を見上げると、ニヤニヤと粘つく笑みが降ってくる。


 が、魔女の嘲笑(ちょうしょう)はそこで打ち止めだ。

 陸歩がその、未だ力を込めたままの『左腕』を振るったことで、血相を変える羽目になる。

 

 陸歩から魔女を(さえぎ)るよう、ずいぶん低くなった水面から吸盤だらけの触手が突き立った。

 成長しきった樹木を思わせる太さだ。それ自体が頑健な筋肉の塊であり、斬り裂くには手間がかかろう。

 

 だが陸歩の『爪』は何の障害もないように、易々と千切って見せた。


 魔女もろとも。

 を、狙ったのだが、敵は既にそこにいない。十分に離れた場所に虚空から出現するところで、何か空間を転移するような術を用いた様子だ。

 次いで卵も(かたわ)らに。


「…………ったいわねぇ」


 目元を隠す深いフードの(かげ)から、魔女は血を流してた。

 頬か、あるいはこめかみか。(かわ)しきれなかった陸歩の爪が()いたのだ。


 陸歩も今一度()び、後退。

 イグナを背に(かば)う位置に水を蹴立てて着地し、油断なく魔女を(にら)みつける。

 その上で少女たちへ(たず)ねた。


「イグナ。キアシアもいるな? 無事か」


「はい、大事ありません」

「う、うん……平気」


「すまなかった。危険な目に合わせたな」


「いえ……それよりも、リクホ様、その、左腕は……?」


 無論、少女たちは彼が駆けつけてくれることを期待していた。キアシアの魔眼銃の二発目は、そのために撃ったのだ。

 虹の魔眼に収められていたのは『奇跡』そのものだ。ひとたび放てば射手(しゃしゅ)に都合のいい運命を、道理を()()げてでも導き出す。

 現に陸歩は窮地(きゅうち)へ、完璧なタイミングで飛び込んできてくれた。

 だが……そのために彼は、どんな手段を取ったのか。

 『それ』は運命が強制され、歪められた結果なのか。


 陸歩の左腕は今、火炎に包まれていた。

 より正確には、炎を(まと)っているのではなく、紅蓮そのものに変じている。

 右腕とはアンバランスに太く大きく、肉食の恐竜そっくりに鉤爪(かぎづめ)(そな)え、だがそれだけならまだしもイグナの知る彼の能力の範疇(はんちゅう)だ。


 イグナのデータベースにないのは、炎の左手、その(てのひら)に埋まる球体である。

 極光の球体。

 そこから(にじ)()(ふう)に、周囲の火は赤というよりももはや黒く、指先や爪に至っては毒のように漆黒だ。

 手首には炎の翼まで生えていて、チラチラと()らめくたびに七色に変化していく。


「何でも、試してみるもんだよな」


 陸歩は獰猛に笑う。


 身体から炎を発するのではなく、肉体を火炎に変える(すべ)を、陸歩はついに会得(えとく)した。

 そこへ融合させた、神託者の神威。

 紅蓮の左腕(さわん)、その掌に埋まる球体。これの正体はリングであり、手首の翼は言わずもがな。つまりは権能の全てを腕一本へ込めた姿がこれだ。

 本来は円盤であるはずの光輪を、三六〇度に乱回転させ、回転させ、あまりの回転で球が描き出されているのだ。


 神とは祈れば答える存在である。神威もまた同じ。

 神威を『発する』のではなく『帯びる』という発想。彼はそれを強くイメージし、生まれた形態がこれというわけだ。

 『放つ』のでは必ず息継(いきつ)ぎが必要になる。

 だがその場に『留めておく』ならば、思惑(おもわく)通り息切れまではずっと長かった。


「この爪で()()きゃあ、神威を食らわしたのと同じだぜ。……んだけど、」


 陸歩は魔女へと、警戒から目を細めた。

 確かに神威で傷を刻んだ。滅ぼす、つまり殺してしまう覚悟をした上でだ。

 しかし魔女は未だ(たたず)み、流れる血を(わずら)わしそうにするのみ。消滅する気配など一向にない。


「あんたもだいぶ……普通じゃねぇっぽいな」


「あぁんもう、勿体(もったい)ない勿体ない」


 魔女は頬を掌でこすり、べったりと付着した己の血に、口をへの字に曲げていた。

 その様子は痛がっているとか、傷に怒っているという訳でもなく、単に流血を持て余している、といった風である。


「アタシの血の一滴(いってき)でどんなことが出来るか分かる? それをまぁ、いっぺんにこんなにたくさん……あーぁ勿体ない」


 逆の手も真っ赤に染めた魔女。

 彼女はその、両手いっぱいの血を、一滴(ひとしずく)で街一つを悪夢に塗り替える血を。


「勿体ないから、貴女にあげるわ」


 (かたわ)らの『卵』へと、べったりと(こす)りつけた。

 途端に卵がどす黒い赤へと表面を変える。

 入りゆく(ひび)だけが陽光のように白く、しかし陸歩が(おお)ったのは目ではなく鼻だ。


「うっ、」


 剣を取り落とすほどの衝撃。

 卵から漏れ出したのは脳みそを()穿(うが)つほどに甘い香りだった。

 口からさえも侵入してくる花の匂いはあまりに強烈で、彼は精いっぱい左腕を振るった。燃やすでも滅ぼすでも何でもいい。少しでも香量が減らせるのなら、なんでも。


 卵が割れた。

 どろりと(こぼ)れ出したそれを、陸歩は細めた視界で、内臓かと思う。

 花だ。

 大量の蔓草(つたくさ)と、色とりどりの花と、中には苗木のようなものさえ見受けられる。

 それが周囲へ雪崩(なだれ)を打って、陸歩やイグナの足元を(さら)った。


 一瞬で湖が、一面の花畑に代わる。

 その中で魔女は天を(あお)ぎながら、足をくすぐる草花を(たの)しみながら、慈母の声音で呟いた。


「ハッピーバースデイ、グネンライヤ」


 花畑から、立ち上がる者があった。

 それは双葉が芽吹くような仕草で、ゆったりと、時間をかけて背筋を伸ばしていく。

 白磁を思わせる柔肌(やわはだ)

 完璧な均整(きんせい)を描く肢体。

 豊富な魔力を示す、目を焼くほどの美貌(びぼう)

 髪は大地と同じ黒。

 (まと)うのは色とりどりの花衣(はなごろも)(いただ)くのは花冠(はなかんむり)

 女の名は、グネンライヤ。


「ライヤさん……」


 その呟きは、イグナとキアシアと、両方からだ。

 (から)みつく草を振り払って立ち上がりながら、思わず陸歩は顔をしかめる。


「知り合いか」


 少女たちはしばし沈黙。

 が、やがてイグナが答える。


「いえ。敵勢力です」


「……そうか」


 陸歩は周囲にざっと視線を走らせる。まずいことに鈴剣をどこかへ流された。

 左腕も扱うのは初めてだから、いつまで()つものか。まだ体力的・精神的に余裕はあるが、それは見立てとして正しいのか否か。


 彼やイグナたちが慎重になっている間に、ライヤは新たな身体の感触を確かめていた。

 掌で自身の腕や胴を確かめ、顔に触れて……やがて目を覆う。

 そして嗚咽(おえつ)()らし始めた。


「なんという…………」


「ライヤちゃぁん? 泣いたらせっかくの美人が台無しよぉ?」


「なんという……! 魔女様! 私に、このようなっ!」


 身を(ひるがえ)したライヤは、魔女の元へと(ひざまず)いた。

 そして(こうべ)を垂れたまま、なおも感涙(かんるい)を流し、地面の花へと雨のように振らせ続けている。


望外(ぼうがい)の名誉です、魔女様! このような身体を! このような心を! このような魔力を私にお与えくださって!」


「んふ、気に入ったかしらぁ?」


「あぁ、あぁ、はい、いえ、気に入ったなどと烏滸(おこ)がましい!

 ――シュニツェラの民は全て、魔女様をお(した)いしておりました! その心が全て、今この胸に(つど)っております! 貴女様を街の街一つの愛で想うことが出来ます!」


「やん。照れちゃうわぁ」


 その時、未だに止まらない魔女の血が一筋(ひとすじ)(あご)から(したた)り落ちた。

 ライヤはそれが地面に()()んでいくのを信じられない面持ちで見つめ、顔を上げた瞬間に続いて落ちてきたもう一滴を、とっさに両手を皿にして受け止める。


「魔女様……っ」


「ナイスキャッチ。それもあげるわぁ」


「魔女様っ、血がっ、傷がっ、お顔に……っ!」


 ニィイと、魔女が歯茎まで見せて(ワラ)う。


「あの男の子に引っ掻かれちゃったの。んふん、痛いわぁ」


「――っ!」


 肩越しに振り返ったライヤの一瞥(いちべつ)、その鋭いこと。

 怨嗟(えんさ)にすら近い憤怒(ふんぬ)の視線に、陸歩は無意識に腰を落として身構えていた。


「この……()(もの)がぁあ!」


 ライヤが、魔女の血を握った拳を突き出した。

 彼女が殴りつけた虚空。そこには波紋のように魔方陣が現れ、それが土壌となって(おびただ)しい量の植物を吐き出す。

 まるで緑の噴火だ。


「汚らわしい男の分際でぇ! よくも魔女様にっ!」


 陸歩も左腕を突き出す。

 多数派を殺す権能を帯びた左腕に、物量で攻めたところで自殺も同然。

 そうでなくとも植物に対しての炎だ。

 魔方陣からあふれ出る緑は、陸歩を飲み込むことも出来ずに片端から滅せられていく。


「相性じゃあ勝負になんねぇだろうよ」


 草花の波をあしらったところで、陸歩は勝ち誇ったように言う。

 ――だがそれは油断だ。

 焼けただれてミミズのようにのたうつ蔦草から、毒々しい紫の花が咲いた。

 花粉を吐き出す。


「あん? ――――っ!」


 引火した。

 陸歩から散る火の粉を受けた花粉は、途端に彼を巻いて燃え広がり、きのこ雲すら上げる。


「リクホ様っ!」

「リクホっ!」


 イグナとキアシアの悲鳴。

 それに呼応するように炎を振り払った陸歩は、衣服のほとんどを焦がしながら、身体は無傷でいる。

 べぇ、と忌々しげに息を吐いた。


「やってくれるぜ……!」


「覚悟しろよ男! この程度では意趣返(いしゅがえ)しにもなっていないぞ! 魔女様を汚した罪……四肢を斬り落とし、頬の肉を削ぎ落としてやる!」


「上等だぜ、こっちだってなぁ、」


 彼我の殺気……に、くしゃみが割り込んだ。

 実に気の抜ける音で、誰かと思えば魔女である。

 そして鼻を(こす)る彼女は、まるでぶつ切りにでもしたように、唐突に目の前の事態に興味を失ったようである。


「ライヤぁ。帰ろっか。お風呂入りたいし、お酒飲みたくなってきちゃった」


「なっ、魔女様、しかしこの男は、」


「ライヤぁ」


「……っ!」


 (すご)んだわけでもなく、単に魔女は首を(かし)げただけだ。

 それだけでライヤは覿面(てきめん)狼狽(ろうばい)する。

 もしこの人に嫌われたら……それだけがライヤの恐怖だからだ。


「――命拾いしたな、男。だがお前の顔、覚えたからな」


「……そうかい」


 意地を張って「逃がすか」と言ってやるべきか。陸歩は迷った。

 いやそれは得策ではない。

 未だに(うずくま)るイグナは、何らか機能にダメージを負っているのかもしれない。

 キアシアのいる位置。修羅場に余りに近すぎる。このままやり合えば必ず巻き込んでしまう。


 魔女が血を(まと)わせた指を鳴らした。

 摩訶不思議(まかふしぎ)が引き起こされ、周囲の景色が魔女を中心に収束していく。

 陸歩やイグナも地面ごと寄せられて慌てて後退するが、彼女の狙いは彼らではない。

 扉の樹だ。


 シュニツェラの扉の樹を(そば)まで連れてきた魔女は、背中から翼を広げてみせる。

 セピア色の羽根。


 陸歩たちは瞠目(どうもく)する。


「神託者……っ?」


「そう、アタシと貴方はご同業(どうぎょう)ぅ」


 魔女の掌に、翼と同色の光輪が浮いた。

 それは一瞬で巨大な円へと広がり扉の樹を包み、上下に激しく運動したかと思うと、光の(びん)となる。

 その状態で魔女は樹の扉に鍵の一つを()し、扉を開いた。

 先にライヤを行かせ、自らも身体を半分(くぐ)らせてから、魔女は言う。


「貴方たちとは、きっとまた(まみ)えることでしょう。

 貴方たちはアタシの『釣り合い』なのだから。

 ……それとも、アタシが貴方たちの、かしら」


「あぁ? わけ分かんねぇことを」


「いずれ、しかるべき時に、しかるべき場所で。続きはそのときにね。バァイ」


 魔女が扉の向こうへ姿を消す。

 するとまた妙なことが起こって、光の瓶に包まれた樹それ自身も、自分の扉を通ろうと身を(よじ)った。

 空間ごとを歪めながら、グネグネと苦心した樹は、やがて本当に――扉を(くぐ)っていってしまう。

 ひどく矛盾を感じる光景だ。

 だがもはや、そこに残っているのは空白のみで、魔女は本当に扉の樹を連れて行ってしまった。


 陸歩は息を吐く。

 そして左腕を元に戻し、(わず)かに感じる疲労に数秒間だけ目を瞑()つぶってから、イグナとキアシアの傍まで歩いた。

 分離しゆく彼女たちに、両手を差し伸べながら。


「とりあえず。報告会にして、状況を()()わせようか」


>>>>>>


 花畑の大部分を焼いた。


「あったかぁ?」


「ないわねぇ……イグナ、そっちは?」


「今のところは」


 陸歩たち三人は、どこかへ流されてしまった鈴剣を探していた。

 ついでに街の残骸(ざんがい)から物資を回収できないかという期待もあったが、それらは地中深くに引きずり込まれていて、ちょっと望みが薄そうである。


 イグナは無数のワスプを放って、金属探知で剣を探しているが。

 どうにも埋まった瓦礫(がれき)に含まれる鉄が邪魔をして(はかど)らない。


「まずいなぁ。夜になっちまうぜ」


 陸歩のぼやきに、そういえばとキアシアは空を見上げる。

 そろそろ夕焼け、という時間。

 魔術によって強制的に夜にされたシュニツェラは、どこであろう、陸歩が飛び込んできたあたりか、それとも扉の樹が魔女と共に去った時にか、元の時間に戻っていた。


「……お腹、すいたわねぇ」


「だなぁ。なぁキア、なんかその辺に食えるものねぇの?」


「食べようと思えば食べられないことないけど。……あんた本気で食べたい?」


「いやぁ。それもそうだな」


 女たちが共食いによって成り果てた卵。

 そこから吹き出すように生まれ出でた、内臓そっくりの蔦草。

 今ここの草花はそういう由来で咲いているものだ。

 思い出すだけで食欲なんて吹き飛ぶ。


「リクホ様、お手数ですがこちらに火を頂けますか」


「あいよー。ちょっと離れてな……っと」


 (ごう)、と陸歩の掌から火炎が(ほとばし)る。

 狙った一帯が焼け、黒い土が露出した。

 イグナが精査し、だが、間もなく首を横に振る。


「……っだぁ! (らち)が明かねぇ! もういいこっちにする!」


 業を煮やして陸歩は翼を広げた。滅殺の波動で一掃する腹積もりだ。


「二人とも離れてろ! 巻き込んじまったら目も当てられねぇ」


「かしこまりました」

「ちょっと待って……! 空きっ腹で、走るの、きついんだから……!」


 少女たちが十分に距離を取ったのを見計らってから、陸歩は神威を解放した。

 ……始めからこうすればよかったと強く思う。

 根こそぎになった植物、あとに残るのは更地(さらち)のみで、鈴剣なんてすぐに見つかる。


「あぁ、よかったよかった。無くしましたぁ、なんて言ったら師匠にもおやっさんにもぶっ殺されるところだった」


 拾い上げた陸歩は鈴剣を()めつ(すが)めつ、刃にも柄にも鈴にも不備がないことを確認しながら、クルクルと回してナイフ大に縮めていく。

 鞘は街の外に荷物と共に置いてきたから、納刀は今はまだだ。


 手を振って合図すると、イグナとキアシアは駆け戻ってくる。

 それを待ちながら、陸歩は視界の一角に、緑を見つけた。


「……んん?」


 陸歩の神威は多数派を殺す。

 今はこの場に蔓延(はびこ)る緑が多数と定められ、虐殺された。

 その中でもポツポツと残る、緑。


 ということは、特別な植物だろうか。


 イグナとキアシアが戻ってくるのを待って、それについて(たず)ねる。

 食物に造詣(ぞうけい)の深いキアシアは、ほとんどイコールとして植物にも詳しい。

 イグナならば類似した草の知識をインプットしているかも、と。


「なぁキア、あれって何だろうな?」


「えぇ? なにって……なにかしらね。野菜?」


「イグナは分かる?」


「――データベースと照合した結果、根菜の可能性が67%を超えます」


 つまり食えそう。

 舌の根も(かわ)かぬうちに、というか。さっきは食欲を失ったくせに、食い意地と、何より好奇心を発揮して、陸歩は野菜の傍に(ひざ)をついた。

 

 土から突き出す葉は、大根か人参を連想する。

 むんずと(つか)み、千切ってしまわないよう力加減を調節して。

 抜いた。


「うぇ?」


 目が点になる。

 外気に(さら)されたのは、確かに植物の根だ。

 しかし(ふく)らみ、丸みを帯びたその形状は明らかに、胎児の大きさと形状をしていた。

 あまつさえ、光にむずがり、口元を震わせたではないか。


 泣いた。


「――――っ! っ! っ!」


 (とどろ)いた泣き声は、鼓膜を破壊するほどの音量だ。

 至近距離の陸歩はたまらず手から茶色の赤ん坊を放り出し、耳を手で押さえるがそれでも脳天が揺さぶられる。

 イグナとキアシアも苦しそうに(うずくま)っていた。

 陸歩は精いっぱい歯を食いしばって、狙いもフラフラと定かでない中を何とか、赤ん坊を踏みつぶす。

 そして発火。燃やし尽した。


 しばらくは耳がまともに機能しない。


「――、――だ、今、の、なんだ!?」


「あ、あたし、あたし知ってる……マンドレイクでしょ、今の」


「マンドレイク。データベースにあります。

 実物はナス科の植物ですが、伝承・伝説では魔術や錬金術に用いられる、魔物であるとか」


 ファンタジーではメジャーな方であろう。

 マンドレイク。またはマンドラゴラ。

 人の形をした根であり、成長すると自在に歩き回るだとか。叫び声は聞いたものを殺すだとか。

 妙薬(みょうやく)の原料としても名高い。


「すっげぇな……ゲームとかで知っちゃあいたけど、まさか本物を目の当たりにする日が来るとは……」


 陸歩の心中を嫌な予感が()でた。


「なぁ……一応聞いておくけど、マンドレイクってのは、植物なんだよな? ……亜人、じゃねぇだろうな?」


「あぁ、うん。大丈夫だから安心なさい。あんたが踏みつぶしたの、単なる草の根よ」


 言いつつ、キアシアもまた嫌な予感を覚えていた。

 イグナも同時に、その思考の筋道をなぞっている。


 シェニツェラの民。

 常に花を身に付け、花と共に生きる女たち。

 まるで感情というものを知らないように、能面のまま生活していた住人。

 人間離れした魔力貯蔵量。

 人間でないモノが、人間のふりをしているようだと、イグナもキアシアも思ったのではなかったか。


 胎児にそっくりだったマンドレイク。

 では。

 これが仮に成長したら、どうなる? まさか『大人』になるのか?

 まさか……。


「……とりあえずさ、リクホさ、目につく限りのマンドレイク、焼いてってくれない?」


「は? なんでわざわざ?」


「是非お願い致しますリクホ様。万一これが成長して土から出て、人里まで降りることがあっては後顧(こうこ)(うれ)いとなりますので」


「まぁ、やれっつーならやるけども」


 全部と言うなら相当な数だ。

 それでも、イグナとキアシアは本当に全部が処分されるまで、ついに安心しないのだった。


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