破:転 ≪売却≫
やっとわかった。
謎が解けた。
あたしは囚人なのに、なんであんなに豪勢な食事、なんであんなに豪勢なお風呂って思ってたけど。
何度目かの果樹園。
今日もたくさん果物を食べさせてもらって、心地よくなって、さぁ帰ろうってとき。
法務官様があたしにそっと耳打ちしたんだ。
「君は、特別に見込みがある」
そのときはまだ何のことだか分からなくて、頭がふわふわしていて。
単に特別とか、見込みとかって言葉が、何となく嬉しかっただけ。
でもヴェルメノワの刑務所に戻って、あたしだけ、
あたしだけ!
あたしだけが元の牢屋でなく、ずっと上の階のスイートルームへ通された。
君のことを信用しているから鍵もかけず見張りも置かない、だって。
嬉しい。
好きにくつろいでいいって。
さっきジェニス法務官様が訪ねてきてくださった。
嬉しい。
そして話してくれた――
――ヴェルメノワは調和と正当を何より重んずる街。
そして法務官の使命は民を真正の姿へ導くことで、これは囚人も対象外でない。
さて君には大変に見込みがある。
真正へと至る見込みが。
これは本日までの生活を見ての本官の個人的見解であったが、この羊皮紙、これは百腕天秤の裁量が記されたもので、ほら読んでごらん、ここに本官の見立て通りである旨が書かれているだろう。
つまり君は、今の君こそが正しいと天秤にも認められたのだ。
清く正しい君が。
ここで正しく過ごし、正しさを磨いた、今の君が。
本官の指示する通りにしていた、君が。
今でも十分素晴らしいが、いや油断は禁物だ。
正しさというのは難しいもので、ほんのわずかなことで失われてしまう。
あぁそれは本官も大変しのびない。
君の正しさを維持することは本官の義務でもあるし、またさらに君を正しい方へ、真正へ、指導していきたいと思うのだが、ねぇ君、正しい君はきっともう、自分がどうするべきか理解しているのだろうね――
嬉しい。
嬉しい、嬉しい!
天にも昇る気持ちだ!
もちろんどうするべきかは分かる。分かってる。
法務官様の言う通りにすること。
それが正しくて、正しいことは美しくて、正しいあたしは美しい!
これまでのあたしは、ちっとも正しくなかった。
この街に来る前、来たばかりの頃は。
だから捕まって……あぁ違う、今ならわかる、あれは導きだったんだ!
法務官様が、あたしを正しい方へ連れて行ってくれる!
今のあたしこそが正しいんだ!
ほら、正しいから特別なお風呂を用意してもらえた。
あの果物を浮かべたお湯は、頭が蕩けてしまうようで最高だった。
ほら、正しいから特別な食事を用意してもらえた。
食べると、なんだか、身体の芯が熱くなって……。
あたしが正しいから。
全部あたしが正しいから。
法務官様の言うことに正しく従っていれば、それが正しいの。
だから、この衣装もきっと正しいんだろう。
真紅の、胸元と背中が大きく開いて、スカートの両脇に深くスリットの入った扇情的なドレスは。
正しい。
法務官様が手ずから掛けて下さったこの首輪も正しい。
金の鎖が喉から胸の谷間へ伝って少しくすぐったいのも、絶対正しい。
法務官様と一緒に真夜中に、防人すらいなくなった『扉の樹』で、お迎えしたお客様も正しい。
お客様から法務官様へ手渡される、金貨でパンパンの皮袋も正しいに決まってる。
あたしの首輪のリードを受け取り、乱暴に引っ張るお客様も正しいんだ。
だから、このお客様がこれからあたしのご主人様だっていうのも。
全部全部正しくて、だから、あたし、うれしい、うれしい、いたっ、うれしい、ただしい……。