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医療について

 意外と……と言ったら絶対に失礼だが、この世界の医療はオレやイグナの目から見てもまともだ。

 病気に(かか)ったら怪しい呪術や祈祷(きとう)が頼り、というような未開人のようなことは決してない。衛生や防疫(ぼうえき)の観念を持ち、外科内科ともに十分に発達しており、一般人の平均寿命はオレたちの世界とほぼ同じだ。

 いや魔法とカラクリを加味すれば、むしろ優れていると言ってもいいだろう。


 オレ自身はとんと医者いらずになってしまったが、ナユねぇの身体のヒントを求めて、何度か立ち寄る街の医者と話をしたことがある。

 面白いのは、彼らは宗教人だった。医者には協会ではなく、『教会』がある。


 なんでもこの世界には、人の一生はあらかじめ神様によって定められている、とする人生観があるのだそうだ。幸福は言うに及ばず、怪我することも病気をすることも、それによって死ぬのも、神様が決めたことだとする向き。

 医術はいわばそれに歯向かう行為と見なされ、正当に許可を得た人間でなければやってはならない禁忌(きんき)なのだと。

 神が創りしヒトの肉体に、手を加えることが出来るのは、敬虔(けいけん)な神の信徒だけという訳だ。


 この辺りの事情を、カラクリの街クレイルモリーがどう考えていたか。

 賭けてもいいが、やつら絶対そんな事情は歯牙にもかけてなかった。


 まぁ上で言ったような考え方は、極端で古風な運命論になりつつあり、緩やかに(すた)れてきているとも聞く。

 神代(しんだい)から千年が()ち、人は自らのために健康を追及するように、とっくになっていると。

 それが神様のお気に召すかは分からないけど、とある医者は笑っていた。


 思想は変わりつつも、体制自体はそう変化していないそうで、医者を(こころざ)すものはまず教会で洗礼を受ける。

 そして数年から数十年をかけて医術と神学を学ぶのだそうだ。

 医学教会には総本山の都市があって、そこで認可の聖印を背中に刻まれた者だけが、晴れて医者を名乗れる。


 ここで特筆しておきたいのは『医術』。

 剣術が型によって現実を追従させる(わざ)であることは何度か触れてきたが、この『医術』もその道理(どうり)が応用されている。

 縫合(ほうごう)後にすぐ傷が癒着(ゆちゃく)する切開法は見事なものだった。

 水槽の中で泳ぐ魚を(さば)いて見せてくれた医者もあったが、なんとこの魚、胴体が骨だけになっても気にせず泳いでいた。肉を()がされたことを気付かせない(わざ)、とのこと。


 だけでなく、医術には魔力を消費して行うものもある。

 魔術にも魔力によって人を(いや)す業はある。だが医術はそこに現実追従の(ことわり)(あわ)せているため、ずっと少量の魔力で足りるのだそうだ。

 オレの師匠は剣術と魔術の相性はあまり良くないように言っていたが、医術はそれを高次元で統一したということなのだろうか。


 それから豆知識。

 医者は各街から鍵を(もら)えやすい。どの街だっていざ流行り病となったときのために、医者にはなるべく(つば)を付けておきたいものな。

 旅先では大抵(たいてい)手厚い歓待(かんたい)を受けるのだとか。

 だから旅人になるために、まず医者になろうって者も少なくないらしい。それで本当になれるかどうかは、本人の資質次第だが。


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