表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/427

結:前 ≪海洋≫

「リクホ、ちょっと待て」


「はい?」


「約束だったろう。技を教えてやる」


「え、今ですか? さすがにそんな時間は……」


「すぐ済む。ほら、いいか――」


「――……これだけ?」


「これだけだ。剣にも恵まれてたな。

 でも分かるだろう。この技を維持する限り、もうお前の剣は無敵だ」


「……うっす。ありがとうございます」


「うん。(はげ)めよ」


>>>>>>


「行こうか、イグナ」


「はい、リクホ様」


Dual(デュアル) Order(オーダー). Code(コード)Kingfisher(キングフィッシャー) X(クロス) Perception(パーセプション).」


Code(コード)Kingfisher(キングフィッシャー) を受諾。

 当該機はこれより、水中活動形態へ移行します。

 酸素タンク形成、貯蔵開始。

 ユーザー定義により推進装置は右腕部、左腕部、右脚部、左脚部に構築。

 ユーザーはその場に待機し、装着に備えてください。】


Code(コード):Perception(パーセプション) を受諾。

 電脳能力の解放を、ライン3まで許可。

 ワスプ全機、運用規定十三項までロック解除。

 ドローン発艦部を構築。

 使用するワスプタイプを選択してください。

 推奨パターンをモニタに表示します。】


 ホタルイカ型を選んだ陸歩は、そのまま海へと飛び込んだ。

 澄み渡った紺碧(こんぺき)へと潜行していく彼は今、テクノロジーで固めた魚人だった。


 スマートなヘルメットの後頭部から伸びた髪、というか触手は海中でワスプと通信するための補強アンテナだ。

 全身の装甲は鱗状、可動性確保のためである。

 手は鈴剣を持つため通常だが、足に関してはフィンを履いていた。

 腰部に横向きに取り付けられた(たる)型ユニットからは、続々と機甲のホタルイカが飛び出していき、ピカピカと自己主張しながら海中へ散開していく。

 また背中にも樽を背負っていて、これには活動数時間分に必要な酸素が収まっている。


「さてと。イグナ、どっちに行けばいい?」


「右手方向に参りましょう」


「はいよ」


 一体の二人はしばし泳ぎ、定期的にホタルイカを()いて回った。

 その遊泳速度はシャチやイルカに比肩し、のんびりと群れていた魚たちは通りがかる彼らに驚いて岩場に隠れる。


 探索を続けながら、陸歩は海中の色どりに目を奪われていた。

 珊瑚(さんご)は花畑のよう。そこへ寄り添う魚たちは蝶もかくやの(きら)びやか。

 一転、漆黒の巨岩。ここも(えら)を持つものたちには格好の住処(すみか)で、隙間ごとに何らかの魚が潜んでいる。

 白砂が広がる一面には陽光が降り注ぎ、ヒトデが身体を大の字にして心地よさそうに寝ころんでいた。

 すれ違う、人より大きな魚。陸歩に一瞥(いちべつ)も払わず堂々としたもので、一体どこを目指して泳いでいくのだろうか。


「生まれたところが海なし県だったからさ。オレ、今なんか、すっげー感動している……」


「ワタシもです、リクホ様」


 意外と言えば意外だった。

 彼女の電脳にインプットされた知識の量は、それこそ億を凌駕(りょうが)し、当然のように海洋学も熟知しているはずで、海中はそう目新しくもないのかと思ったが。

 やはり知るのと実際に感じるのでは別ということなのか。


「何でしょうか。ノイズが発生するのです。これは……」


「おい? 大丈夫かイグナ?」


「申し訳ありません。計測します」


 少しの間、イグナに思考の間があった。

 やがて彼女はおずおずと、自分自身で戸惑っている様子で言う。


「あの、リクホ様。ワタシは多分……」


「多分? イグナらしくないな」


「申し訳ありません。が、おそらくワタシは……懐かしいといいますか、嬉しい、のだと思います」


 陸歩は泳ぐ手足を止めた。

 彼女が0と1とで割り切れないものを心中で鼓動させているのが、彼にもありありと伝わっていたし、そんなときは聞くに徹し、吐露(とろ)させてあげるのが男の甲斐性というものだ。


「イグナは泳ぐのが好きなのか」


「……ワタシのプロトタイプには、宇宙開発用のものがあったと、ライブラリにあります」


「へぇ。つまりイグナのお姉ちゃん?」


「あるいは母と表現すべき個体かもしれませんが。ワタシのAIベースにその頃のソースコードが組み込まれている可能性は高いかと。

 深海と宇宙とは、環境としてよく似ていますから。

 ――ワタシは今、実戦投入の喜びを感じている」


 いわゆるAIの自己実現欲求、というやつだ。

 人工の知能は、感傷を交えず述べてしまえばあくまで道具で、使用される『理由』や『目的』を必ず設定されているものである。それを達成することが無情の喜びであると、プログラムされているのだ。

 宇宙活動用AIであれば、宇宙活動こそが無二の目的で幸福であるはず。

 イグナの電脳は神の加護により確かに心を獲得してはいるが、その感覚を前世の記憶のようにおぼろげに残しているのかもしれない。


 それとももっと単純に、イグナは海が好きなのだと解釈したっていいか。

 陸歩は思う。

 彼女にはこれからももっと、好きなこと楽しいことを見つけて行ってほしいと。


 だというのに、イグナときたら。


「こんな幸福は、リクホ様、初めて貴方に使用されたとき以来かもしれません」


「――、お・ま・え・はぁ!」


 いじらしすぎて、アーマーじゃなければ抱きしめていたところだ。

 たまらない陸歩は水中で何度も身体を(よじ)り、束の間くねくねと不思議な生物のようだ。


 いつまでもこうして二人きりで海水浴を楽しんでいたい気もするが、しかしそうもいかない。


「……んで、だ。イグナさ、日没までって実はあんまり時間ない気がするけど、本当にあんなサイズの真珠、見つけられるのかな?」


「マーケットに並んでいた貝の大きさや、真珠市の品ぞろえを元に発見確率を算出しましたが、24%程度は見込みがあるかと。少し分の悪い賭け、といったところでしょうか」


「そっか。まぁ当てが外れたって、別に次の手を探せばいいもんな」


 そっと、イグナが微笑む気配が耳元でした。


「ご安心くださいリクホ様。仮に真珠がなくとも、二の矢があるのです」


「ほ?」


「取りあえずは仕事をワスプに任せて、我々はもうしばらく待機(いた)しましょう」


 イグナがそう言うのであれば、陸歩に否やはない。

 漂いながら彼女とのんびり話したり、持ってきた鈴剣の握りを確かめたり。

 水中でも剣の鈴は鳴るのかと試したり。

 途中で酸素の吸入のため、二度ほど海面へ出た。


「――リクホ様、吉報です」


「マジでか」


 そろそろ沈みかけの太陽が海中までを(だいだい)にし始めていた。

 もう絶対空振りと思っていたのに。

 しかもイグナは自信満々だ。


「とても良い知らせと、すごく良い知らせがあります。どちらからにしますか?」


「えーっと? じゃあ、とても良い方から?」


 陸歩の目の前、ヘルメットの内側に2Dマップが展開し、一点に×が付いている。

 宝の地図風。イグナなりの茶目っ気か。


「さ、参りましょうリクホ様」


 導かれるままに辿り着いた先は、海底の山かと思われる。

 それは岩礁の根元であり、陸歩の視界にターゲットロックで示されたのは、すっかり岩石と同化してしまった巨大な二枚貝だ。


 周囲には無数のホタルイカ、ワスプが集まっていて、手柄を誇るかのようにしきりに泳ぎ回っている。


「これは、どこまでが岩でどこからが貝なんだ……?」


「計測結果、表示します」


 3Dレイヤーで示される貝の全容。

 絶句する。

 乗用車とほぼ変わらない大きさだ。

 さらにその内側にある、歪んだ球体。真珠。


「やっべぇなコレ……っ、本物のお宝じゃねぇか!」


「取り出すには掘削作業が必要ですね。リクホ様、推奨Orderは、」


 しかし陸歩はそれを、顔の前で人差し指を立てて遮った。

 思惑があったのだ。

 これは絶好の機会でもある。


「試してみたいことがあるんだ。イグナ、いいかな」


「はい、もちろん。全てリクホ様のご随意に」


 二つ返事が嬉しくて、陸歩は一息の間の後、神の翼を広げた。

 神秘の羽根を束ねたそれは、海中であっても濡れることなく、背中に装備した樽型ユニットに窮屈することもなく、悠々と自ら極光色に輝いている。

 さらに彼は、剣持つ右手とは逆の、左手に光輪を浮かべた。

 そして岩礁へ向かって神威を放つ。


 大きいということは、多数を占めている、という解釈だ。

 有象無象、多数派を滅ぼす神の力は圧倒的なまでに働き、貝に覆いかぶさる岩を灰燼(かいじん)に帰し、見る間に露出させていく。

 しかし全てを消し飛ばすのは上手くない。岩礁と言えば魚や海藻が豊富な漁場だ。無にしてしまうのは余りにも思慮が足りない。

 そのため陸歩は努めて、滅びの力がゆっくり進んでいくように、意志と意識を込めた。


「これ……思ったより……むずかしっ!」


 油断すれば神威は飛び出して猛り狂ってしまいそうだ。

 狙った多数をもっと早く、残酷に、殺してしまいたいと暴れるのを感じる。

 その手綱を固く握るべく、左手に渾身を込める。


 もう十分、限界、というところで陸歩は羽根と光輪を引っ込めた。

 まだしも出たがるそれらを、無理やり抑え込んで、自らのうちへ納める。


「っはぁ! はぁ! ……はぁ」


「お見事です、リクホ様」


 イグナはそう言うが、まぁお世辞である。

 陸歩のイメージでは貝の周囲だけ削り、すっぽりと取り出せれば百点だった。

 が、実際に出来たのは岩礁の側面を派手に消滅させ、無駄に巨大な(くぼ)みを作ってしまった。かつ貝の下側はまだしも岩と癒着(ゆちゃく)していて、もう少し作業を加えなければ持ち上げることも出来ない。


 なら次の練習だ。


 陸歩は剣を構えた。

 柄の、もっとも指の馴染む場所を探し、諸手(もろて)で握る。

 これこそが海への潜行直前に、師匠より授けられた技。

 握りだけと侮るなかれ、れっきとした剣術であり、ある事実を追従させる術理である。


 すなわち、この指の位置を守る限り、振るう刃は決して折れず曲がらず刃こぼれしない。


「――しっ!」


 岩へ向かって、陸歩は必殺の一刀を見舞った。

 海中であっても、彼の剛力ならお構いなしだ。水の抵抗など物の数ではなく、岩から貝を斬りだしていく。


 手に軽い痺れを感じた。本来は剣が受けるはずの衝撃や傷が行き場を失くして、腕の方へ逃げてきているのだ。

 だが陸歩の頑健な肉体なら、それも問題にならない。

 そしてどんなにしても剣が折れないのならば、彼の青天井の怪力は損なわれることなく発揮される。

 それらの凶悪な掛け算で、陸歩はあっという間に岩を八つ裂きにした。


 この剣術を、実はこれまで彼は無意識に使用している。

 無茶な使用は何度かあって、それでも刃が無事だったのはこのためだ。

 陸歩が天然で辿り着いた、のではなく、ジンゼン謹製(きんせい)の刀剣は気持ちのいいところで持てば自然とその術理が作動するように入念に施されていたのだ。刀剣工の研鑚(けんさん)賜物(たまもの)である。


 それを今、自覚して扱う。

 陸歩が確実に、剣士として新たな一歩を踏み出した瞬間である。


 貝の斬り出しはさしたる障害もなく終わった。


「へっへぇ! よっしゃあ!」


「お疲れ様でしたリクホ様」


「日没までにはまだまだ余裕あるよな! 早く持って帰って、度肝抜いてやろうぜ!」


「運搬はワスプにさせましょう」


 ホタルイカを回収の後、ダイオウイカに組み替え直す。

 その待ち時間を陸歩は晴れがましく過ごしながら、ふと思い出した。


「なぁイグナ。そういやさ、すごく良い知らせってやつは何だったんだ?」


「えぇ。それも回収しに向かわねばなりませんね」


 彼女の笑いを含むような声は、耳に甘い。


「二の矢も当たってしまったのです。たまには分の悪い賭けに身を投じるのも、良いものですね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ