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転:後 ≪交渉≫

 扉の樹こそが街の生命線。

 それを守護する防人(さきもり)への、街の住人の信頼は絶大で、マチルダ・ヴィスケスの名を出せば大抵の者が信用してくれる。

 さらに今回は先方も『海鮫人(グランブルー)』……というか師匠の従兄(いとこ)に当たる人物だということで、アポイントは難なく取り付けられた。


「光栄だな、あのマチルダが俺を頼ってくれるなんて」


 応接室に現れた男性は、まずそう笑って右手を出す。

 マチルダも握手に応じながら、相好を崩して返した。


「こちらこそ、豪商サウロンが時間を作ってくれるなんて恐れ多いよ。悪いな、忙しいとこ」


「いやなに、俺は金についてなら与太話でも聞くんだ。その中にたまにデカい金脈が混じってたりする」


「だけでじゃなく、いつかみたいに『宝の地図』も潜んでるんじゃないのか?」


「言うな言うな、ガキの頃の話じゃないか。今はもうガセに踊らされるほど青くもない」


 所はトレミダムでも一番の宝石商、サウロン・デニツァーのオフィスである。

 イグナの発案には彼の了承が不可欠。ということで面会にやってきた。

 キアシアだけはこの場に不在で、家で調理の真っ最中である。


 それで、とサウロンは陸歩とイグナに目をやる。

 鮫頭の商人の瞳は、師匠とはまた別な色味の鋭さを湛え、真と芯を見透かす自信と実力が(にじ)んでいる。


「君たちか。美味い話があるっていうのは」


「えぇ、まぁ。――循内陸歩です。マチルダ先生に弟子にしてもらってます」


「イグナと申します。本日は貴重なお時間を頂き、有難う御座います」


「ん。座って」


 促されるまま、陸歩とイグナは隣り合ってソファーに腰掛ける。

 師匠はもっとずっと気楽で、部屋の中をブラブラとし、棚に飾ってある宝石やら骨董(こっとう)やらを眺めていた。


 サウロンは目の前の若者二人を、警戒よりも興味を濃くして見ている。


「実は君たちのことは、ちょっと知ってるんだ」


「え?」


「この街に(やしろ)を置いてったろう。どこの神様のものか分からないやつ」


「あぁ」


 二回目の来訪時の話だ。

 人が多く行き交うトレミダムは宗教的にとても寛容で、なので社の敷設はえらくすんなり成った。

 役場で然るべき書類に記入し、審査を待ち、「可」の判子をもらう。

 後はこじんまりとした社が建ち、目録に記載されるというだけの手順だ。

 師匠が道場の裏手を貸してくれたので、場所に困ることさえなかった。


「宗教は上手くすれば金になるからね。だから少し、期待してはいるんだけど」


「あー、いやいや。今回のお話はそういうのとは関係なくてですね……イグナ?」


「はい。サウロン氏、真珠の仕入れはどのようになさっていますか」


 問われ、サウロンはふむ、と首を傾げた。


「養殖に関しては自分のプールを作ってるが。漁師から買い付けたりもするな。()った貝に真珠が入ってれば良い値段で買い取るぞって、漁業ギルドに言ってあるんだよ」


「ワタシたちには、天然の貝が真珠を持っているか、見分ける(すべ)があります」


「……ほう?」


「それも広範囲を捜索することが可能です。さらには迅速かつ人手を掛けずに採取することも」


「ほう」


 イグナが搭載するセンサーと小型ドローン『ワスプ』を用いれば十分可能だ。

 さらに彼女が海中行動特化形態になり、陸歩の身体能力も合わせれば、近海の真珠を取り尽くすことすら出来るだろう。

 金銭の問題なんて木っ端のように吹き飛ぶ。

 しかし倫理を無視するわけにはいかない。いくら何でも乱獲はこの土地に対して不義理だし、密漁も許されざる犯罪だ。

 なのでこうして筋を通すべく、また後ろ盾を得るため、取引相手を求めているのだが。


「いかがでしょうか。我々は貴方の商会に、安定した天然真珠の供給ができます。この街には定期的に訪れますし、契約さえ交わして頂ければ、確実な儲けをお約束しますよ」


「それは良い話だな!」


 話を聞いたサウロンは、不安になるほど快活にあっさりと答えた。

 思わず陸歩とイグナは目線だけを向け合う。

 鮫頭には意地の悪い笑みが浮かんでいて、とても額面通りに受け取れる返答ではなかったからだ。


「では、さっそく仕事をお願いしようか。――マチルダ、それ、こっちにくれないか?」


「ん? これか?」


「そうそう。ありがとう」


 師匠から投げ渡され、商人がテーブルの上に置いたのは、竹で編まれた球だ。大きさはバスケットボール程度。

 そのサイズを陸歩たちにたっぷりと確かめさせてから、サウロンは続けた。


「東方の大陸の、さる高貴な身分の方からの依頼があってな。それくらいの大玉真珠をご所望なんだよ」


「はぁ。……はぁ!? このデカさ!?」


「呪術用らしいんだがね。

 ここ数年、それを満たせる真珠を作ろうと手を尽くしているんだが、未だに養殖は上手くいっていない。

 君たちが天然で見つけてくれるというのなら是非もないことだ。契約と言ったが、そちらの条件で交わさせてもらったっていい」


「っつったってこのデカさ……」


 陸歩はすっかり及び腰だ。

 一応、貝自身が十分な体格であるならば、生成される真珠に大きさの制限はない。元の世界の記録では、確か人が上に乗れるほどの真珠も発見されていたはずだ。

 この世界にならもっと化け物のような巨体の貝も、探せばきっといるのだろう。

 しかし求められているのは、貝が必要な大きさまで育っている確率に、さらに真珠を含んでいる確立を掛け合せた値だ。

 海中を探したとして、見つかるかどうか。


「真珠を抱いた貝を見分けられるんだろう? かつ広範囲を探せるというじゃないか。ならこれくらい訳もないはずだ。日没までによろしく頼む」


「日没って……」


「おいサウロン。お前な、いくらなんでも吹っかけすぎだろう」


 さすがに見かねたのか師匠が口を挟み、しかし商人は態度を(かたく)なにして全く手心を加えない。


「宝の地図の教訓さ、マチルダ。

 ――俺はね。ガキの頃に宝の地図を買ったんだ。所詮は子どもの小遣い程度の値段だったが、当時の俺には全財産だった。それがアレ」


 指差す先、壁に掛けられた額には一片の古紙が収められている。

 どう読み解けばそれが地図になるのか、陸歩にはちっとも判らなかったが、バツ印の付いたところが宝の在処(ありか)だったのだろうか。

 サウロンは皮肉げに口角を上げる。


「あれを笑ったやつは多かった。呆れたやつはなお多いよ。

 でも当時の俺は本気で信じたし、夢中だったんだ。

 暗号を解読して、必死に金を貯めて機材やら要るものを(そろ)えて、あの場所を(さら)うつもりで探した。

 結果は見事なオケラよ」


「あー……」


 どう反応したものか困る。

 本人が目の前でなければ鼻で笑ったか、例に習って呆れるかするところだが。

 そんなことはサウロン本人も分かり切っているようで、喉をクツクツとさせた。


「高い授業料だったが、俺は財をやり取りする上で最も肝心な心得(こころえ)を、痛みと共に覚えた。

 いいか。現物以外には値段を付けちゃいけないんだ。

 裏にあるものを勝手に妄想して、目の前の紙片の価値を自ら吊り上げちまうなんて愚の骨頂。俺は実際に目の前に置かれた価値あるものとだけ取引する」


 穏やかな口調だが、確固たる信念に裏打ちされ、決して揺らがない言葉だ。

 言い訳や代案は一切通じまい。

 だからこそこの人物はここまで成功を収めてきたのかもしれないが、そんな相手に対してイグナは。


「承りました。日没までですね」


 電脳内できっかりと計算を済ませ、きちんと勝算を持って、そう言い放つ。


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