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転:前 ≪相談≫

 激闘の末に釣り上げた大物は、魚というより怪物である。

 金属の光沢を帯びる鎧のような鱗、発達して手足さながらになった巨大な(ひれ)

 シーラカンスをマジカルかつファンタジックに誇張したらこんな風だろうか。


 武人には大変好まれる魚だと師匠は言う。

 鱗を皮ごと剥いで加工したものが、ずいぶん昔は防具として用いられていて、また肉は食せば縁起物、と。


 しかし釣ったはいいが始末に困るサイズだ。

 なので師匠の馴染(なじ)みの業者に引き取ってもらうことにした。

 作業場に持ち込まれた(くだん)の金剛魚が、二人がかりで引く(のこぎり)に解体されていく様を、陸歩は未だ海パン姿のまま興味津々で見つめている。


「ほぉ……」


「兄ちゃん、やってみるか?」


「え、いいんですか?」


「おぉ。マチルダ先生のお弟子さんだろ? ちょっと切ってみなよ」


 それなら、と陸歩は鋸を受け取った。

 彼としては気軽にひょいと持ったつもりだが。本来は二人で扱う、両端に持ち手の付いた巨大で重厚な鋸だ。一人で何でもないように持ち上げた、彼のその怪力に職人たちは目を見張る。


「どこ切ればいいんです?」


「お、おぉっ。じゃあここから、尾鰭(おびれ)を真っ直ぐに落としてくれや」


「はい。……ん。……ぐっ」


 ゴリゴリと力任せに刃を進めていく。まるで岩を相手にしているような手ごたえだ。

 その上強靭(きょうじん)な骨が多く、切断までには結構な手間を要した。


 ついにゴトリと尾鰭が落ちる。


「っしゃ」


「なーにやってんだ馬鹿弟子」


 頭を小突かれた。マチルダだ。

 店側と売値の話がついたのか、途中から陸歩の作業を見守っていたらしいが、弟子の不出来に顔をしかめている。


「お前ね、いつもの剣の振りはどうしたの。ほら見ろ、切り口がギザギザでグチャグチャじゃねぇか」


「えー。でも、だって、これ剣じゃなくて鋸ですし」


「おいおい……」


 鋭い鮫牙(さめきば)の間からため息が漏れた。


「刃の形が多少違っても、正しい斬撃はいつも同じだって、前に教えなかったか? ――貸してみろ」


 鋸を渡すと、やはり師匠も一人で軽々と扱う。

 振り上げたかと思えば。

 実に無造作に、それでいて迅雷を想起させる豪快かつ鋭利な斬撃を金剛魚の胴へ落とした。


「お見事」


 職人が言う。

 魚の断面は(やすり)をかけたような滑らかさだ。


「すげぇ……」


 陸歩も我知らず呟いていた。

 マチルダは血振りしてから鋸を置き、(あご)に触れて思案顔だ。


「リクホ。後で一つ技を教えてやる」


「本当ですかっ」


「あぁ。自分の剣も持ったんだ、いい加減格好を付けていかなきゃならんからな。それに、応用を一つ知っておけば、基礎の意味がより分かるだろう。

 ……こら踊るな恥ずかしい! ほれ帰るぞ!」


 帰り際、職人から土産として包みをもらった。

 金剛魚の可食部を一塊(ひとかたまり)包んでくれたもので、剣士なら食べなくちゃと気前よく渡してくれる。

 厚意に素直に甘え、師匠と共に礼を言って作業場を()す。


 技を教えてもらえる。ついに。

 そのことが嬉しくて仕方ない陸歩は、半ばスキップだ。

 このまま道場に直行かと思ったが、一旦は家に戻る道順である。魚肉を(たずさ)えているのだから当然か。


「ほれ」


 歩きながらマチルダが、革袋を押し付けてくる。

 中身は覗くまでもなく手触りから金で、陸歩は怪訝な目を師匠へ向けた。


「なんですコレ?」


「さっきの魚の買取金」


「……これ、師匠の取り分、引いてあります?」


「安心しろ、全額だから」


「いやダメでしょう!」


 革袋を押し返した。


「受け取れませんよ。釣ったのは師匠でしょ。折半でも多いのに」


「海に潜って()ったのはお前だろう。

 ……いいから、持っとけ! 遠慮なんざすんな! これからもまだまだ旅するんだろ? 先立つもんは多いに越したことねぇだろうが!」


 結局押し負けて、革袋は陸歩の手の中だ。


「……すみません、師匠」


「気にすんな。それでなくともリクホ、お前、今後の金銭事情はどうするつもりなんだ。

 魔術を勉強するんだろう? どこで誰に学ぶにしろ、金はかかるぞ」


「……独学ってわけにいきません?」


「舐めるなよ小僧」


「ですよねぇ」


 陸歩はため息を吐く。

 目標を定めはしたものの、果たしてどれほど金がかかるのか。

 またそもそもどこで習えるものなのか、それすら陸歩は判然としていない。


「この辺りに魔法の盛んな街とか、あったりします?」


「どうかな。エァレンティア大陸やカシュカ大陸は地形的に恵まれているから、あまり魔に頼らずともやっていけるんだ。

 ノイバウン大陸やレドラムダ大陸に渡っちまうほうが()てはあると思う」


 ということは。

 陸歩は頭の中で地図を広げる。

 カシュカから北東か、北西か。


「まぁ。カシュカもいくらか歩きましたし。他の大陸に足を伸ばす頃合いですかね」


(やしろ)敷設(ふせつ)は。上手くいってんのか」


「あぁ師匠、それなんですけど」


 青珊瑚通りの家に着く。

 靴を脱ぎ、手を洗い、魚を冷蔵庫に納めてから、陸歩は薬缶(やかん)を火にかけた。

 茶の準備をしながら話の続き。


「なんかオレの神託者としての権能、極めてくと社を建てたのと同じ効果があるんですって」


「ほう? あの物騒な殲滅能力か」


「えぇ。なんで、どうにか鍛えていきたいんですけど……」


 とはいえあの能力は、力として特殊すぎる。

 剣の達人たるマチルダでも、相談されれば困ったように頭を掻いていた。


「まぁ。どんなもんでも上手くなろうとしたら反復練習しかねぇと思うが。

 神様の力は魔力と違って、使ってなくなるもんでもないんだろ?」


「そのはずですけど」


「じゃあ何回も使っていくしかねぇんじゃねぇのか。極めるってのはつまり、慣れるってことだから」


 そういえば温泉に訪ねてきた神様も、もっと日常使いしろ、とか言っていたような。

 それにここトレミダムは周りが海だ。

 沖にでも一人で漕ぎ出せば、周りを巻き込む心配なく存分に練習できそうである。


 薬缶が口から湯気を吐き始めた。

 そのとき陸歩の耳は二人分の足音を聞きつける。

 イグナとキアシアが帰ってきたようで、彼は幸いと思う。キアシアに淹れてもらった方が茶も数倍は美味い。


「ただいま戻りました」

「ただいまー」


「おう、いいとこだぜ。あのさキア、」


「リクホ様っ、ご提案があるのですっ」


「……うん?」


 珍しく声を弾ませたイグナに両手を掴まれ、陸歩は目を白黒とさせた。

 いつも冷静沈着な彼女に、言葉を被せられるなんて中々ない。

 「何事?」とキアシアに目で問うと、「わかんない」と身振りで返ってきた。


「リクホ様、一攫千金(いっかくせんきん)です。濡れ手で(あわ)です。金の雨を降らせましょうっ」


「…………」


 いよいよ心配になる。どこか体調でも悪いのだろうか。

 イグナが風邪をひいて熱を出すはずもないが、いやそれともオーバーヒートで電脳に不具合でも発生したか? でなければどうして聡明な彼女がこんな、つむじに花の咲いたようなことを言うのか。

 陸歩は内心で、冷や汗が止まらない。


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