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破:承 ≪呪果≫

 早朝から人目をはばかり、こっそりと移送された先は、郊外の果樹園でした。

 そこでワタシたち――昨晩お風呂と食事を共にした例の女囚七人です――は、看守からそれぞれ(かご)を手渡されます。


「君たちにはこれから刑務作業として、ここで果物の収穫を行ってもらう」


 引率した法務官の男性が、朗々と告げました。


 刑務作業。

 まだ量刑すら済まないうちに、させられるのは多少の違和感がありますが。

 まぁタダ風呂タダ飯はさすがに虫が良すぎるよう思われますので、特に口を挟まないでおきます。


「なお、この園全体は柵で囲われている。

 また看守が巡回するから、なまけず真面目に作業に取り組むこと。

 あちらに井戸があるから、水分はこまめに取って、熱中症に注意するように」


 それから、と法務官はワタシたちにとって、ある意味一番重要なことを付け加えます。


「収穫物のうち、一割は各々の取り分にしてよい。

 平たく言えば十個取ったら一つは食べて構わん。朝食代わりだ」


 最後に、一時間後の鐘で再集合するように命じられ、解散となります。


 女囚の何人かはここへ着くまでの道中でしきりに空腹を訴えていたため、すぐに実生りのよい樹から果物をもぎ取り始めました。


 一方ワタシは十分な日光があるため、経口でのエネルギー摂取は必要ありません。

 具合のいい枝を探すふりをして、少し歩いてみます。

 

 木々の間を縫っていくと、説明の通りフェンスが見えてきました。

 高さは四メートルほど。

 上部に有刺鉄線を備えたそれは、外からの泥棒避けと、内からの脱走防止の二重の意味があるのでしょう。

 とはいえワタシやリクホ様なら軽く超えられそうなもの。

 万一の際の逃走経路として記録しておきましょうか。


 振り返って、改めて立ち並ぶ果樹を検分します。


 素人目にもなかなか見事な枝ぶり。

 余分な葉の始末、土の世話、防虫処理等々、まるっきりプロの仕事に見えますが。

 これも囚人たちが刑務作業でやったのでしょうか。


 枝の一部に剪定(せんてい)跡が見受けられたため、視覚レーダーを集中させてみます。

 ……ほんの四十三分前の切り口でした。


「どういうことでしょう」


 論理的に話がおかしくなってきてしまいます。


 手間も暇もコストもかけた果実を最後、収穫だけわざわざ素人にさせる? ワタシたちは何の指導も受けてはいないのです。

 四十三分前に適切に剪定できる人間がこの場にいたのなら、その者が収穫まですればよいではないですか。


 そうしないのは一体なぜ?

 刑務のために作業を作り出してる? まさか、そんな無駄なことをわざわざ?


「……、おい、そこのお前、」


 手が止まっているところを巡回の看守に見咎(みとが)められました。

 彼の口が再度開かれるより前に、ワタシは手近な実をもいで籠へ入れます。


 看守の視線を感じつつ、とりあえず十数個を取り、一つを(かじ)ってみることに。


 果実は桃によく似ていました。

 掌サイズで薄いピンク色で、味もまた桃のよう。

 汁気が多く、大変糖度が高く、皮の酸っぱさはちょうど良いアクセント。

 種がないのは品種改良の結果でしょうか。


 しかし。


「これは……、」


 舌のセンサーで感知した中に、ほんの微弱ではあるものの、アンフェタミンに酷似(こくじ)した成分……。

 すなわち覚醒作用が認められたのです。

 その他にも人体に幻覚作用、興奮作用、陶酔作用を与えるものが、いくつも。


 一個で(ただ)ちに影響の出る量ではないでしょう。

 けれど成分は体内に残留するでしょうし、もし継続的に摂取して数が三十、四十となった場合には……。


 はたと気付きます。


 最大規模で全方位へ、視覚レーダーを放ち――ワタシの目に飛び込んできた光景は。


 他の皆が夢中で果実を(むさぼ)る姿。

 もはや十個に一つのルールも忘れたようで、籠も通さず、木からもいだら直接口へ運んでいます。

 そしてそれを、看守の誰一人として止めることもなく、法務官も眺めているだけでした。


「いけませんね」


 一体いくつを食べてしまったのか。

 止めなくては。


 ……けれども看守らの目があります。

 ただ一人、ろくに食べていないワタシに、(いぶか)しむ様子も見せていました。


 ここで目立つのは絶対に下策。

 リクホ様と分断されている今は。


 …………。


 どうせワタシには麻薬作用なんて効きません。

 また、成分を十分に摂取しておきさえすれば、後で中和薬を設計するくらい、容易なことです。


 ……それを言い訳にして、保身を(はか)らせて頂きます。

 皆さんが果物に()まっていくのを横目に、ワタシ自身も忘我したふりをしながら、猛然と魔性のピンク色を頬張りました。



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