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手記No.6:『海上の華』トレミダム
―― 盾の月 / 中鼻の曜 ――
エァレンティア大陸とカシュカ大陸の境となる海峡、そこに浮かぶ街がトレミダム。
一応、地理的にはエァレンティア大陸、ということになっているらしい。
海上にあるが島ではない。
なんとこの街、扉の樹の根が複雑に絡まって筏のようになっている上にある。
という話を行く前に聞いていたオレは、てっきり網目のように隙間だらけの足場に粗末な建物があるのみ、小さな街と想像していたが。
とんでもない。
幾重にも重なった樹の根はがっちりと結ばれ、多少凸凹しているものの地面と遜色ない。舗装されている道だってあった。
おかげで建築も他の街と同様、数階建てが有り触れている。
広さもイグナの測量によると、品川区並みだそうで。御見それしました。
というかこれ、もう島って認識でいいな。
ただ浮島には間違いなく、トレミダムは大地とも海底とも結ばれていない。
なので気になって地元の人に「街ごと押し流されたりしないのか」と聞いてみたが、この辺の海流ではそういうことは起こり得ないのだそうだ。
というか元々別な海の上にあって、流れ流れて辿り着いた場所が、ここなのだとか。
また流されることがあったとしても、その時も都合のいいところで留まるだろう、とも言っていた。
海の民はたくましい。
それにしても、根ばかりをこれほど広げる扉の樹も珍しい。
幹や枝は他の街の樹とそう変わらない。ひたすら外へ外へ勢力を伸ばしたのは根っこだけ。
これについては識者がいろんな理由を挙げているようだが、トレミダム民は「自分たちを住まわせてくれるためさ」と信じている。
なんとなく、それで正解な気がする。
海産物は大変美味。
魚介はもちろんのこと、夢中になったのは海藻だ。
トレミダムはドレッシングの文化が盛んで、これに和えられた海藻サラダは絶品。
真珠市や、イルカを使った追い込み漁、海神神殿、海巫女の舞踊など、見所はたくさん。
華とあだ名されるだけのことはある。
観光客は年を通して訪れ、カシュカ大陸へ渡るために立ち寄ったオレたちもつい羽を伸ばしてしまった。
その他に特筆しておきたいのは獣人の防人。
この街も住人の大半は人間だが、扉の樹の守護者には必ず『海鮫人』という獣人がなる。
今日では亜人・獣人はだいぶ数を減らしてしまったと聞くが、トレミダムではその血筋が脈々と受け継がれていて、武の一族として信頼と尊敬を集めているのだそうだ。
武の一族。
ちょっと興味あり。
どなたかとお話しできないものか。
――追記①:印の月/下目の曜――
ジンゼンで剣の注文を受けてもらえたことを、師匠に報告しにトレミダムを再訪。
ついでに稽古を付けてもらえることになった。ありがたい。
といっても今日は座学。剣について、武術について、机で学んだ。
師匠、見かけによらずインテリ。
正しい体さばき、太刀筋は魔法のごとく、事実を追従させることが出来るということを教わった。
また師匠が実践して見せてくれる。
オレも同じにやってみたが、ちっとも同じにならない。
要修行。
――追記②:槍の月/上舌の曜――
宿題にされていた体術の仕上がりを師匠に見せに、トレミダム。
一応だが合格をもらった。やったね。
今回の稽古はついに、剣を持たせてもらえた。まぁひたすら素振りだったけど、いよいよって感じでだいぶ嬉しい。
嬉しかった、んだけど。
どうもオレ、才能がないらしい。
素面の師匠はそもそもあんまり笑う人じゃないが、すんごい真顔になってた。
棒切れを縦に上げ下げするだけのことが、何だってこうもぎこちないんだか、自分でも不思議。
ただ師匠が言うには、才能というものは出だしの位置にだけ関係する話で、最終的な到達点には影響しないのだと。
たゆまぬ努力でどこまでも辿り着ける、それが剣の誠実な部分なんだって言ってくれた。
多分オレ、勿体ないくらいの人を師匠にした。
新しく素振りの宿題をもらった。
サボるなよ、と念押しされるが。えぇサボりませんとも。
オレ、早く貴女のようになりたいんですから。
――追記③:鐘の月/下心の曜――
クレイルモリーからモンプへ移動後、扉の樹を借りてトレミダムへ。
鈴剣の完成を師匠に報告に……ちょっと遅くなりすぎたかも。
まぁ、まぁでも、のっぴきならない事情は師匠も理解してくれているところだし、許してくれることだろう。そう願いたい。
とりあえずモンプで土産を山ほど買いこんだから、命乞いはこれでしよう。
合わせて今後の行き先について相談出来ればと思っている。
魔術との目標をもらったものの、具体的な場所はまださっぱりだ。
博識な師匠なら、何かアドバイスをくれるはず。
久しぶりになってしまったが、稽古が楽しみ。
宿題は欠かしていないし、ここのところは実戦にも何回か遭遇した。
ちょっとは師匠に見せられるんじゃないかな。褒めてほしい、ってのはさすがに付け上がりすぎだろうけど。




