表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/427

裏 ≪剥離≫

 客を見送った後その足で、メディオは一人、アトリエに(こも)った。

 机の上に広げた用紙に、脈絡も縦横(たてよこ)もなく理論理屈を書き殴っていく。

 これは彼が悩み、思考するときの癖だった。


「…………、」


 喉元に(つか)えているのだ、ずっと。客人が残していった『不可能』が。

 何か。何か方法はないだろうか。

 メディオ自身にはそこに、切羽詰まるほどの事情はない。けれども『出来ない』のは気持ちが悪いのだ。ひたすらに。

 問題はヒトの心の領域で、それは往々にしてままならぬものであると、いい加減大人である彼は、ちゃんと頭で分かって入るのだが、それでも。


 難問を試行錯誤するのは苦しい。

 しかし人生においてこれ以上に没頭できる瞬間もない。

 『これは不幸か幸福か』

 そんなセンチメンタルな一文を書きつけたときである。


「――あの、メディオ、」


 顔を上げると、扉の前でアイネがおずおずとしていた。

 不思議なことにこの女は、他のどんな愛情表現も恥ずかしがることはないのに、(あるじ)の名前は二人きりの時しか呼ばない。


 それはそれとして。

 珍しいな、とメディオは思う。

 アトリエには呼ばれるまで決して立ち入らない、それは彼女側が定めた二人のルールなのに。

 もっともメディオのほうはあまり気にしていないが。


 アイネは禁忌でも侵したかという気後れの仕方(しかた)で、拾って初めてこの屋敷に連れてきたあの日と同じくらいビクビクしている。

 だから別に、怒らないのに。


「お邪魔をして申し訳ありません。……ですが、その。お客様が」


「へぇ?」


 重ねて珍しい。

 昨日の今日でまた客とは。


「気付かなかったな。建物動いた?」


「いえ、お越しは門からでなく……酒蔵に直接」


 それで相手がすぐに相手が誰だかピンとくる。

 会うのはいつ以来だろう。メディオは口元に笑みを結んでいた。


「彼女に、どれでも飲んでいいよって伝えてくれ」


「…………(すで)に」


「ごっめーん、言われる前に飲んじゃったぁ!」


 音を立ててアトリエの扉が開き、(くだん)の客人が酒瓶を携えて入ってくる。

 勝手知ったるというか、行儀も何もあったものでなく、今もボトルをラッパ飲み。

 その後ろでは数人のアイネが表情を険しくしていて、一様に手を開いたり閉じたりしているのは必死に怒りに耐えている証拠だ。


 しかしどれだけ傍若無人(ぼうじゃくぶじん)でも、メディオが気を悪くすることはない。

 十年来の友だ。

 来訪はただただ嬉しく、ニッコリと微笑む。


「お久しぶりです、魔女殿」


「おひさぁ、メディ! 元気してたぁ?」


「えぇ、息災でしたよ。貴女も相変わらずの様子で」


 本当に変わらない。この女は、歳を取らないのだ。

 格好も変わらない。ズタズタに裂いたシスター服。羞恥心の基準がどうなっているのか、目元だけは今日もしっかり隠している。左腕を覆う鍵の(いばら)は、少し増えたか。

 魔女。

 彼女は、魔女。


 だが変わることもある。

 さすがのメディオも目を見張った。


 彼女にぴったりと寄り添うように、子どもが一人いるのだ。

 5歳くらいの女の子で、羊のような癖っ毛で、面白いことに頭の左右から角を生やしている。肌の色は浅黒い、いや浅赤いというべきか。

 一転、メディオを鼻白ませるのは、その子の四肢が根元から鉄製の義手義足で、その仕立てがあんまり雑だからだ。


「子連れになられたという話、本当でしたか」


「まっぁねぇ。素敵な出会いがあったのよ。

 ほらフェズぅ? ご挨拶なさい。彼がメディオエディオ」


 だがフェズと呼ばれた幼女は、じっとメディオから目を逸らさないまま、魔女の影に隠れてしまう。


「あらあらどうしたのフェズちゃん? 貴女いつもはもっとお利口さんでしょう?」


「いいですよ、魔女殿。ボクは子どもには怖がられる(たち)ですからね」


 苦笑しつつ、メディオは椅子を呼んだ。

 来客用と子ども用がそれぞれ一脚ずつ駆けて来て、魔女はメイドに酒瓶を返してから座るのだが、フェズのほうはおっかなびっくり。結局魔女の(ひざ)の上へよじ登り、丸くなった。


「よく(なつ)いてますね」


「可愛いでしょお? あたしのベイビーちゃん」


「しかしその手足は、いただけない」


「そうそう! それもお願いしたくて来たのよぉ。この子には大きな役目を担ってもらいたいの。メディ、とびっきり義手義足、用意してくれないかしら」


「もちろん、喜んで」


 新たなアイネがカートを押して入室してきた。

 積載されているのはブランデーの大瓶、それから菓子の山だ。

 酒をなみなみと注がれたグラスを手渡された魔女は「ありがと」と微笑みかけるが、アイネは「いえ」と素気無(すげな)い。

 

 フェズは色とりどりの菓子に、初めて見たという顔をして、恐る恐る最初の一個をわずかに舐めた。

 目を見張ったかと思うと。

 後は猛然と、だ。

 クリームや食べかすが細かく散り、メイドたちが口を真一(まいち)に引き結ぶ。


 魔女とメディオは乾杯するような気取りもせず、それぞれのペースでグラスを傾けていた。


「メディもたまにはアジトに顔出してよぉ。みんな会いたがってるのよぉ?」


「なかなか研究が進まないものでね。そちらの進捗(しんちょく)はどうです?」


「あたしも人のこと言えないかな」


「お互い、寄り道の多い性分(しょうぶん)ですものね」


 親しみを込めて喉で笑う。

 魔女も口角を上げていたが。その隠された瞳が送ってくる視線に、(まぎ)れようもなく(ねば)っこいものをメディオは感じた。

 無理もない。彼女から自分に委託(いたく)された研究は、計画に欠くことの出来ない重要なのだから。


 メディオはグラスを置いて肩を(すく)める。


「現状の成果を報告しましょうか?」


「えぇお願い。それが聞きたくて来たの」


 二度、ノックの仕方(しかた)でメディオの右手が椅子の肘掛(ひじかけ)を叩いた。

 天井から鎖に吊り下げられ、『それ』が降りてきた。


 大きさや形は(ひつぎ)かと思われる。縦長の、人一人分の背丈ほどの(はこ)

 だが床に降ろされ、灯りの中に(さら)されたそれは、水晶製であり。

 中に裸の女を一人、閉じ込めていた。


 その女に、フェズが初めて感心したような声を細く上げる。

 目がつぶれるのではないかと思われるほどの美女だ。

 そしてその背には、白鳥のような翼。


 『天使』である。

 数年前に魔女が捕獲し、この天才の元へもたらした、神の(かたわ)らに(はべ)る者。


「非常に神経を使いました」


 これまでの苦労を思い出したか、メディオはため息のように言った。


「こんなに貴重なものを解体するのは、さすがのボクでもね。

 まぁでも、時間はかかりましたが、なんとかやり遂せましたよ」


 ぱたりと、水晶棺の表面がほんの薄く一枚、剥がれて倒れた。

 同じことが反対側の面でも。

 それは天使の一番最初の表層も連れていて、裸よりもさらに内側の部分を(あら)わとする。


 ぱたりと、また一枚。

 ぱたりと、また一枚。


 次々に天使の層が剥がされていき、肉や、骨や、内臓のグラデーション。

 その冒涜を(さかな)に、魔女はまた一口、酒を含んだ。


 やがて最後の一枚が直立するだけとなる。

 もはや影法師と変わらない。人のカタチをした切り絵が薄くあるのみ。

 その層は他とは異なり、人体の赤でも白でもなく、月や星の(きら)めきと同じ色をしていた。


「で、見つけました。『神秘の層』です。

 神に(つら)なる者の証。神へのアクセス権。ヒトには与えられなかった、神の愛の結晶。

 これこそがヒトと天使とを本質的に分かつ、ただ一枚の層。

 これを失えばヒトであり、これを得れば天使です」


「――んっふ! 貴方ってやっぱり天才だわ」


 魔女は満足そうに歯を見せた。

 が、メディオは面白くもなさそうに首を振る。


「いいえ。こんなのは誰にだって出来ること。かかる時間が多いか少ないかの差だけでね。

 ここまでは、勤勉なボク」


「いいじゃないの、謙遜(けんそん)ばっかりしなくても」


「天才のボクの出番はここからなので」


 再びメディオは肘掛をノックした。

 今度は床からせり出す、(がく)がある。

 その数、十六。

 それらは皆、天使を()がし()した先の『神秘の層』と、同じ色、同じ輝き。


 魔女をして絶句する。


「メディ、これ……」


「天使から採取した層を参考に、自作してみました。

 非常に神経を使いましたよ、本当に。

 まぁでも、その甲斐あって、完璧と自負しています」


「貴方、天才! 悪魔的に天才よ! 涜神(とくしん)的に天才だわ! 大好き!」


「おっと」


 我慢の限界とばかりに、魔女はメディオへ向かって飛びついた。


「なによ、もう! 発破(はっぱ)かけるつもりで来たっていくのに……もう出来てるなんて……期待以上ぅ! 好きぃ!」


 彼の首に腕をからめ、胸に向かって頭をスリスリと。

 メディオはため息を()きつつも微笑んでいて、彼女の頭を優しく撫でるが。あんまり呑気(のんき)というものだ。

 その様を幼女は不機嫌そうに見つめているし。

 メイドは目と指先に殺意だって(みな)らせているのだから。


 密着したまま、静かになった魔女が(ひそ)やか(ささや)く。


「……本当に、最高よ」


「えぇ、最高傑作です。これで貴女の神託者が創れますね」


「んっふ! やっばいわぁ、腰くだけそう……」


 抱き着いた時と同じように、魔女がバネ仕掛けさながら(はず)むように離れた。

 そしてメディオ謹製(きんせい)の『神秘の層』へ、足音にも気を遣って近づき、その一枚一枚を鼻の付きそうな距離で吟味(ぎんみ)していく。

 ため息。


「……美しいわぁ」


 と、フェズもそれを真似した。

 かと思えば、十六あるうちの一枚をじっと見つめ、他には意識も払わない。

 その様子は輝きに映る自分自身の姿を眺めているようでもあるし。

 神秘が描く摩訶不思議な煌めきのマーブルをひたすら目でなぞっているようでもある。


「フェズぅ? それが気に入ったのぉ?」


 魔女が声を掛けると、幼女はゆっくりと振り返り、はっきりと頷いた。

 その目は魔女というよりもむしろメディオへ、ひたと向けられていて、その品定めの目が天才には大変好ましい。


「お目が高いな。将来有望だ」


「でっしょでっしょお? さすがあたしの子でしょお?

 ――決めたわ。あたしの最初の神託者。

 メディ、すぐに用意できるかしら?」


「えぇもちろん。

 あぁそうだ。ならアイネ、ケーキを焼いてくれるかな。とびっきり大きなバースデイケーキを。盛大にやろう」


「かしこまりました」


 魔女が笑み、

 天才が笑み、

 メイドは瞑目(めいもく)し、

 幼女はひたすら無垢(むく)である。


 時刻はやがて夜を指す。

 天使を(おとし)め、神をも(おか)す、(ことわり)の叛逆者たち。

 その蠢動(しゅんどう)はこれよりさらに濃く深くなりゆく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ