急:結 ≪出立≫
すぐさま厨房へ駆けて行って、食事は弁当箱に詰めるようキアシアに頼んだ。
そして荷物をまとめるべく客間に走ったが、どうやってか察していたイグナが万端整えている。
おかげで出発まで、いくらも時間が掛からない。
「そんなに慌てて出て行かなくてもいいんじゃない?」
メディオが苦笑いを浮かべる。
陸歩も今は、前向きに快活に、歯を見せて笑っていた。
「いやぁ。居ても立っても居られないよ!」
ところは既に門前だ。
それぞれの荷物を背負った陸歩たちは見送りのメディオと、十人ほどが居並んだアイネたちと別れの挨拶を交わす。
特に陸歩はメディオの手をブンブンと、全力で感謝を表現していた。
「ありがとうメディオ! ほんっとに! あのままじゃオレどうしてたか!」
「ははは。リクホ? 君、ボクの右手ももぐ気かい?」
続いてアイネに手を差し出そうとして、どのアイネに握手を求めたものか、束の間陸歩は迷う。
そしてふと気付いた。
「あのさ、アイネさん……一個訊いてもいい?」
「なんなりと」
「自分がいっぱいあるってことに、恐怖を感じたことはない?」
一瞬イメージしたのだ。ナユねぇに、このメイドのモデルを当てはめる。
つまり、オリジナルのナユねぇはそのままに、もう一個別に身体を用意する。ナユねぇの意識で動き、ナユねぇの知覚となる、新たな身体。いわば生体の全身ドローンというわけだ。
だがその妄想は、グロテスクな結末と抱き合わせ。
自由な身体と不自由な身体が並列であったとしたら、主になるのは自由なほうに決まっている。
結局、層を足した場合と同じでしかない。自分の造ったナユねぇが、オリジナルに取って代わる。
もしもオリジナルが朽ち落ちて、後に継ぎ足した二体目だけが残ったとしたら? その中身がナユねぇだと、どうやって保証する?
――脳にフラッシュしたのは。本物のナユねぇが篭るカプセルから羊水を抜き、窒息させて微笑む、ツクリモノの全身を揃えたナユねぇ。
彼女は言うのだ、「これはもういらないから」――
人間の意識は、群であることが出来るのか。
個となり主となることを望みはしないか。
このメイドは、怖くはないのだろうか。
人形が、自らがオリジナルだと主張しだしたら。
人形に紛れて、どれがオリジナルだか分からなくなってしまったら。
それをたどたどしく、メディオやイグナの理解も借りて訊ねると。
アイネは、どこか自慢げに微笑んだ。
「主、よろしいでしょうか」
乞われ、メディオはメイドの中から一人を見出した。
そして手を取り、その甲へ優しく口づけ。
アイネはくすぐったそうに、乙女のように吐息を漏らす。
「正解です。
――御覧の通りですわ。私の主は、決して私を見失わないのです。
どんなに沢山になろうと、必ず『私』へ辿り着いて下さる」
「……なるほど」
「それに。もし主にも分からなくなってしまったとしても、私は揺らぎませんわ。
身体を二倍にしたときに、気付いたのです――あぁ私、この方をお慕いする気持ちが、二倍になっている、と。
リクホ様。確かに心は身体の数だけ生じるのかもしれません。身体の分、愛も積もってゆくのですから」
「…………うん。格が違い過ぎて参考になんねぇや」
素直に白旗を上げると、アイネたちは一斉に口元に手を当てた。どうやら陸歩の言葉がツボを突いたらしい。
「その通り。従者の格は、主によって定まります。
それから、主の格を従者が決める側面も、あるのですよ。貴女たちも励まれますよう」
視線と教訓を送られた先は、イグナとキアシアだ。
イグナはくっと顎を引き、真正面から受け止める。
キアシアのほうは首を傾げて、自らを指差しながら頭上にクエスチョンを浮かべていた。
「ん、あたし? あたし違うわよ、従者とかじゃないし!」
「ふふ、そうでしたか? まだそうなのですね」
「ずっとそうだってば!」
今度こそ手を振って別れた。
「またいつでも遊びにおいで。お菓子を用意して待ってる」
「メディオも元気でな! いつかまた! ちゃんとお礼持ってくるから!」
目指すはまだ見ぬ魔法の街。
新たな目標と希望を胸に、陸歩たちはカラクリの都市を発つ。




