破:結 ≪本気≫
陸歩が全身に纏った純白の装甲から、深呼吸のように放熱が迸る。
その時メディオは後方に大きく飛び、数メートルの間合いを取って着地したところだった。
両足が強く白砂を踏みしめると、無数の『額』が立ち上がる。
戦士たちが紡いできた、業の層。
それらが次々にメディオの身体へと挿入されていった。
手の中で鈴剣を回しながら陸歩は、相手の準備が整うのをあえて待つ。
やがて空になった額たちが全て砂の中へ帰り、メディオは瞳だけでなく髪まで金に光り輝かせて、逆立てて、超然と微笑んだ。
「お待たせ。始めようか」
「――その前に、聞きたいことがあるんだけど」
面頬越しに、陸歩は訊ねた。
「その『戦闘術の層』、採取したって言ってたけど……取られた人はどうなる?」
「もしかして、ボクがそこらの武人をさらって、掻っ捌いて剥ぎ取ったなんて想像してる?」
「……少し」
「安心しなよ、さすがにそれじゃあ泥棒だ。ちゃんと要らないところから取ってきた。遺体から採取したんだよ、墓をあばいてね」
「どこに安心すんだよ、それの」
鈴剣を肩に担ぐように構えながら、陸歩はわずかに怒気を覗かせた。
なんというか、気分が悪い。人が人生を賭けて練り上げた技術を、この天才は収穫して便利に使っている……。
それは間違いなく、あるべき尊敬を欠いた冒涜だ。
メディオは彼の様子を、感情までつぶさに見て取り、やれやれと小さく首を振った。
「ま、大抵はそういう反応されるけどさ。
せっかくの絶技たちを土の中で腐らせるなんて、そっちのほうが勿体なくて可哀想って、そういう考え方はない?」
「さぁな。――何にせよ、負けられない理由に、負けたくない理由が乗っかったよ」
「それは善哉」
視線が激しくぶつかり合う。
チリチリと冷たい熱を、陸歩とメディオの双方が首筋に感じていた。
「…………、」
「…………、」
「……リクホ、よかったら先手、」
いきなり陸歩は突っ込んだ。足裏、背中のブースターを煌々と燃やし、土埃を蹴立てて。
メディオは自らへ加えておいた徒手戦闘術の層にとっさに導かれ、袈裟に振り下ろされた陸歩の大剣を、半円を描く掌の動きで無血のままに払いのける。
「はっはぁ! 今度は引っかからなかったなリクホ! 学習したじゃないか!」
「なめ、てん、じゃ……ねぇえ!」
地面に切っ先が突き刺さった大剣を支点に、陸歩はイグナの推進力も借りて蹴りの一回転。
大きく仰け反ったメディオの顎先を、ほんの薄くだけ掻いた。
メディオの身体は、業は柔らかい。
回避のために後ろへ倒した上半身を百八十度ねじり、頬が地面に付くかというほど沈め、かつ連動して持ち上がった下半身で陸歩へ反撃の蹴りだ。
「っ、」
脇腹へと突き刺さった衝撃に、陸歩はわずかに顔をしかめる。
しかし、もはや揺らがない。
掌を両方ともメディオへ突き出した。
「焦げろ」
「――っ、」
高波となって襲い掛かる紅蓮。
情け容赦の一切ない、悪辣とも呼べる攻撃だ。全身に浴びたメディオは堪らない。
彼は砂の上を高速で転がり、火を消し止めるとともに距離を取った。
それを陸歩が見ているだけの訳はない。
再び鈴剣を携え、猛然と追い、叩きつけるようにメディオへ振り下ろす。
刃と、金属が、噛み合う甲高い音が響く。
「――いいぞ、リクホ。実に躊躇いがない。まさしく本気だな」
メディオが砂の中から引っ張り出し、陸歩の剣を受け止めたもの。
武器と呼んでいいのか、判断に迷う。
巨大な舵輪だった。
「君の層が、一斉に輝いているのが、ボクにははっきり見えるよ」
「ギアは、まだ上がるぜ」
「なんだって。それは楽しみだ」
奇妙な格好での鍔迫り合い。メディオは仰向けに倒れ、陸歩はそこへ剣を押し込んでいる体勢だ。
このまま力ずくで叩き斬る――その前にメディオが舵輪を回し、そこへ鈴剣が絡め取られることを嫌った陸歩は大きく跳び退った。
束の間睨み合い、メディオがにやりと笑った。
そして頭上で舵輪を構え、ゆっくりと回転させていく。
キラキラと、チカチカと、陸歩の目に光が移った。
それは闘技場中に広がっていて、目を凝らせば舵輪から糸が伸びているのだ。
ただしその糸は触れられもせず陸歩の身体も透過して、けれども辺りに突き立てられた武器の幾つかが釣り上げられて、ぴんと引っ張られて舵輪の突起部分と次々に連結する。
メディオの舵輪、その正体は剣だった。同時に槍である。また斧でもあり、鎌であり、鎚であり、戟でもあった。
六方全てが別な形状の武器。
積み込んだ多重の戦闘技能を、余すところなく生かすため、天才が導き出した常識外の得物。
「面白いだろう、これ。――さぁ、仕切り直しだ」
「――ふっ」
再度、両者が激突する。
激しく回転させたメディオの舵輪は一瞬たりとも止まらない。
今この瞬間は斬り、次の瞬間には打ち、穿ち、刈り、また斬るのだ。
それら全部に熟練の術理が乗っており、攻撃は鋭敏かつ激烈。
相対する者には、まるで腕の先で竜巻を繰っているようにすら思われる。
陸歩は襲い来る刃を、穂先を、鉄塊を、自らの剣と篭手とで必死に弾き続けた。
己が反射神経、イグナの感知……それらを総動員しても、なお幾筋かは零してしまうほどメディオの攻撃は激しい。
反撃の糸口がつかめない。
このままでは相手のペース、押し負けるのは時間の問題……。
「……っ、イグナぁ!」
一体どんな思惑か、陸歩は一喝、全身から鎧が剥げてイグナへと戻る。
主たちの打ち合いから、転がって離れた彼女。白砂に膝立ちとなったイグナへ、メディオは横目を払いつつも、陸歩にも構っていなければならない。
「BLAZE!」
陸歩の号令に、イグナはわずか一秒の遅れもない。
彼女の掌にはノズルを思わせる噴射口が形作られており、そこから主より譲り受けた火炎をありったけ吹き出した。
「またそれかい!」
同じ手を食うメディオエディオではない。
今度は舵輪をより激しく回転させて風の壁を生み、炎に巻かれることすら防いで見せた。
「こっちもあるぜ!」
別角度から、陸歩も火炎を放つ。
未だイグナの炎は健在で、対処できるのはどちらかのみ。
メディオはその場を強く踏んだ。
立ち上がる額が陸歩の紅蓮を遮断する。しかし耐熱加工は施されていないのか、すぐに燃え上がり形を歪めだした。
だが額の連れてきたものこそ、メディオが用のある相手。磔になっていたのは膜でなく、二基目の舵輪だ。
両方の手に輪を構えたメディオは、それぞれを片手で回転させる。炎を押し返すと同時、新たなほうの舵輪からも光の糸が走って、武器を連れて来て、同じように六方武具と成った。
まさかあれが片手武器とは。陸歩は舌を巻かざるを得ない。イグナの予測演算にも含まれていなかっただろう。
……悔しいことだ。奥の手を、先に出されてしまった。なんともバツも悪い。
こうなれば伺うだけの間もなし。
「イグナ! 今の最強形態で行く!」
「はい、リクホ様」
「Dual Order! Code:Berserkr X FullThruster!」
陸歩の元へ、銀の奔流となったイグナが殺到する。
【Code:Berserkr を受諾。
戦闘能力の解放を、ライン8まで許可。
パラメータを白兵戦特化に更新します。
ユーザー定義により、防御・回避演算をカット。生存リスク管理OFF。
戦闘電脳は攻撃演算のみに限定します。】
そして甲冑となって主の全身を再び包んでいくのだが、先ほどまでの『Code:Ignition』によるものとは全く異なるフォルムであり、装甲よりも人工筋肉に重きを置いたその姿は、悪鬼か羅刹か。
カラーリングも敵意と闘争心を露わにしたかのような、漆黒である。
【Code:FullThruster を受諾。
装甲各所に推進器を構築。
ユーザー設定により、残存エネルギー計算はオミットされています。
推進器出力をレベル7で再定義。
ユーザーへの衝撃フィードバックが運用規定値を逸脱しますが、『Berserkr』により該当規約項目は一時凍結されています。】
関節ごとにスラスターが生えた。背にも。腰にもスカート状に。
フルフェイスの兜に、三眼を思わせる真っ赤なセンサーが浮かび上がる。
【装着完了。
システム・オールオレンジ。
戦闘後は最寄りの医療機関で受診されることを強くお勧めします。
Hasta la vista.】
気の早い幾つかの推進器がさっそく炎を吹き始め、キンキンと耳障りに鳴いた。
陸歩は鈴剣を掴み直すが、持っているかも不安になるほど軽く感じられ、さらに回して大きさと太さを増していく。
双輪を携えたメディオは、死神を強く連想させる陸歩の姿に、笑いが噛み殺せないようである。
「それが君の切り札か」
「あぁ。今は、これが天辺だ」
「重畳。仕掛けの見せっこもお仕舞いだな。決着を付けよう」
「望む、」
陸歩の姿が消える。
「、ところだっ!」
一瞬でメディオの後ろを取っていた。
重荷になる装甲は薄く、全身を包んでいるのは強靭な発条とスラスター。この程度の機動力は特別でも何でもない。
対してメディオが刃に刃を合わせられたのは、熟練した『読み』によるものだ。
彼自身の戦闘経験と観察によって養われた目、ではない。幾人もの先達たちから取り出した最大の遺産である。
それを天才は惜しげもなく動員し、悪鬼羅刹の陸歩に対し後の先を狙い撃つ。
斬撃が乱れ飛ぶ。
必殺の一撃が何度も、何度も、何度も、互いにじゃれ合った。
致命的な一閃が、自分の喉元を紙一重に擦過して、また行き過ぎて。今度は相手の胸元を、また紙一重に。
白砂などひとたまりもなく吹き散らされた。
カラクリの床が露出して、それすらも鑢掛けされたように摩耗していく。
飛行。跳躍。踏み込み、回避。
スラスターが燃える。
舵輪が逆に回転した。また逆に。
鈴剣が閃き、
双輪が巡る。
一片でも緩めた方が即、死あるのみ。
極限の打ち合いは、永遠に続くかとさえ思えた。
「――っ、」
ぜぃと、メディオが息継ぎを漏らす。鼻からは血が滴った。
舵輪はまだ残像を描くほどの速度で回しているが、明らかに慣性の助けを借りている。
自身を鍛えることなく、ただ『強さ』のみを外科的に植え付けて、そのツケがついに来たのか。
「っ!!」
チャンスだ。
陸歩はスラスターを一斉に、一方向へと向けた。背面へ。
そしてありったけかき集めた全霊で、ただ愚直に突っ込んだ。
「お、あああああああ!!」
すれ違いざま、メディオの胴を打ち抜く。
――手ごたえが違う。
真っ二つにしたのは右の舵輪のみ。
それならもう一度だ。
スラスターの向きを変え、さらに両足の剛力で急停止を掛けた陸歩は、全身をビリビリと襲う過負荷をあえて無視し、振り向くと同時に再度の突進。
メディオエディオは……だらりと両手を下げている。
左の舵輪はもはや回してもおらず、指に引っ掛けている程度。
諦めたか――そうじゃない。
短すぎる一瞬の中で陸歩は背筋をぞっと冷たくしたが、とっくに止まれる距離ではない。
ならば。
振り抜く。
メディオが合わせてきたのは、神業と言ってもいいカウンターだ。
100の静から100の動へ、完全に淀みなく移った、刹那以下で繰り出される神々しいまでの抜き打ち。
陸歩に出来るのは、100の動を120に150にするため、さらに力を籠めるだけのこと。
対抗できるかどうか……そんな無駄な懸念すら、置き去りにして。
耳を覆いたくなるほど、生々しく凄惨な音がした。
再びすれ違った二者が、背中を見せ合って残心する。
「…………、」
「…………、」
ぐらりと傾いだ――陸歩の身体が。
正確にはイグナに限界がきて、甲冑が剥がれて蹲る乙女にまとまっていく。
陸歩も陸歩で戦意と姿勢を保ってはいるものの無傷でなく、脇腹をざっくりと斬られ、血を零していた
彼の流す赤の、熱いこと。
それでも最後の意地だ、剣は、下げない。
メディオは天井を仰いで、呆れた息を吐く。
そして笑った。
「おいおい、まだやるつもりかい? リクホ」
「…………、」
「つくづく頑丈だなぁ、君は」
その手から、舵輪が、落ちた。
続いて、左手自体も、手首からぽとりと。
「ボクはもう限界だってのにさ。参った、降参だ」
「っ、」
それを受け、陸歩はその場に膝をついて荒い息を繰り返す。
肉を切らせて骨を断った。
だが……。脇腹の出血は嫌に粘っこい。
骨側は、メディオだろうか、自分だったのだろうか。
完全勝利には程遠い。
決して手を抜かれてはいなかっただろうが、メディオから勝利を贈られたようにすら感じる。
陸歩は額に汗と悔しさ由来の皺を浮かべ、慌ただしくキアシアやアイネたちがやって来るのを、メディオがおざなりに左腕を止血している様を、イグナが回復に努めている姿を、それぞれうっすらと眺めた。




