破:起 ≪片鱗≫
あり方としてはもしかして、修道士に近いのかもしれない。
少年看守の生活は禁欲的で、夜は遅く、また朝は早い。
幸いナックはあまり苦にしていないが、毎日の深夜就寝・早朝起床に挫折して去る者は多くいた。
起き抜ければすぐに勉強机に向かい、一時間ほどしたら仕事開始。
まずは囚人の点呼と朝食の配布から。
ナックは受け持ち四人のうち、ジュンナイ・リクホ――陸歩を最後にした。
聞いたことのない名前をしたあの人。
聞いたことのない街から来たあの人。
上級法務官が気にかけたあの人。
神智文字を身に着けたあの人。
華のように可憐な女の子を連れていたあの人。
大理石を踏んだあの人。
あの人のことは、やっぱり気にかかる。
陸歩の房は2422番。
それはそのまま彼の囚人番号でもあった。
「朝食を、」
持ってきましたよ――言いかけて、ナックは止まってしまった。
牢の中の彼。
今、天窓から差し込む朝日の下で、目をそっと伏せて座禅を組んでいる。
その姿。
厳しい鉄格子に捕らわれてのそれは、まるで殉教者のような神々しさがあった。
日光が反射して? いや……確かにあの人の輪郭は自ら輝いて……、
「朝飯?」
声をかけられてナックは我に返った。
リクホは片目だけ開き、口元には薄く笑みを湛えている。
姿勢は同じまま、朝日があせたわけでもない、なのに表情一つ違えただけで、彼からすでに神聖は去っていて。
そこにいるのは気さくな旅人の青年だった。
「あ……はい。どうぞ」
「ありがと」
格子の下部についた窓から差し入れると、受け取った陸歩は子どものように無邪気に歯を見せる。
「美味そうだ。いただきます」
パンとスープと水だけの、味も素気もないであろう食事。
彼はそれを、文句を言うこともなく、また急いて頬張ることもなく、丁寧に一口ずつ、ゆっくりと咀嚼していった。
「なぁ。オレの判決ってまだ出ないの?」
「えぇ、百腕天秤が裁判を行うのは昼過ぎから夕方までの間なので。
だから神器の力をもってしても、結構順番待ちはありますよ」
「……もうしばらくいる羽目になるかな」
大きく大きくため息。
「退屈なのが一番こたえる」
「ここは反省部屋ですから。
そうして自分の罪と向き合ってもらうための場所なんです」
「せめてさぁ、刑務作業とかないわけ?」
「リクホさんはまだ刑も確定していませんし。
あぁでも、一日半時だけ、運動場に出られますよ。囚人同士の共謀防止に、一人でですけど」
「そりゃ楽しみだ。煉瓦と思い出以外の景色が見れるなら、何でも大歓迎」
思い出の景色、という言葉に、ナックはつい気を惹かれてしまった。
陸歩はそれを目ざとく見逃さない。
「もちろん他の街の思い出も、な。ナック、興味あるか?」
「えっと……はい、まぁ。
僕はヴェルメノワ生まれのヴェルメノワ育ちなので、他の街のことは、あんまり。
旅行とかもしませんし」
「そりゃもったいない。
カシュカ大陸とか、隣のエァレンティア大陸とか、面白いとこ多いぞ。
オレさ、あそこ渡ってきたんだ。海上都市の」
「トレミダム?」
「そそ! あそこさ、サメ頭の獣人が防人してるんだぜ。
それからな――」