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破:承 ≪示唆≫

 実に不気味な人体模型だ。

 まず、あるのは下顎(したあご)からで、それより上がない。(のぞ)()めば(のど)の穴。

 手足も根元で切り株になっていて、台に()えられている。

 胸や腹、身体の前面は内臓まで透明で、人間の『中身』が大変よく見て取れた。

 ちなみに女性モデル。


 実はこれ、砂時計の一種であるらしい。

 (そば)には極彩色の土砂(どしゃ)で満たされた(たらい)があって、キアシアが恐る恐るとそれをシャベルで(すく)い、人体模型の口腔(こうこう)に流し込むと。色のついた砂が消化のプロセスで、透明の胃やら腸やらの内臓を進んでいくというわけ。

 食べさせた量から時間が割り出せるのだとか。


 他にも悪趣味なオブジェがずらり。

 画家の腕のレプリカだの。

 吟遊詩人の眼のレプリカだの。

 支配者の脊椎のレプリカだの。


 そういう気味の悪い物品を、診療所に堂々と並べておくからいけない。

 患者の少年はそれはもう可哀想(かわいそう)なくらい怖がって泣きじゃくり、検診が始まるまでひどく時間が掛かった。

 母親と、今は看護師衣装に着替えたメイドのアイネと、陸歩たちも協力し、あの手この手で(なだ)めてようやく座らせ、メディオが彼の手を診る。


「大丈夫だよ、痛くないからね」


 メディオはそう、少年へ微笑(ほほえ)むのだが。

 その変わらず柔和(にゅうわ)でのほほんとした笑みが、その辺に置いてある人形のように無機質に見えてまた子どもを怖がらせていることに、果たして本人は気付いているだろうか。


 敷地の一角、工房と並べるようにして、メディオは診療所も持っていた。

 人形技師として最高の技術を持つ彼は、その研究の発表の場として義肢医療も行っていて、街の内外に患者を抱えているのだそうだ。


 この少年は他大陸からわざわざ扉を超えてやって来た新規の患者で、左腕の(ひじ)から先を失くして地元で義肢を付けてもらったがどうにも調子が悪い、メディオ先生見てくれないか……という流れ。

 陸歩たちは見学という形で同席だ。


 机の上に出させた少年の左腕から、手首周りの外皮を剥いで、カラクリ仕掛けを露出させたメディオは目を(すが)めた。


「ボクなら、こうは造らないなぁ」


 (うなが)されて陸歩も覗き込む。イグナも。

 驚いた。

 筋肉や血管があまりに精巧。全く皮膚(ひふ)を脱がせた腕のようだ。

 本当に義手かと疑わしくさえある。ただ物である証拠というか、血は流れず、痛みもないようで、少年はメディオに指示される通りに握ったり開いたりしている。


「リクホ。君たちの世界だったら、どう造る?」


「いや、どうって……」


「――このように、でしょうか」


 見せた方が早かろうと思ったイグナが、自らの左腕の外殻を取り外した。

 肌色の内部、銀のフレームや互いに連動し合う鈍色(にびいろ)パーツが露わとなって、そんな風に目の前のお姉ちゃんが突然ヒトでないとアピールするものだから患者の子はまた涙目だ。


 メディオは、奇怪(きっかい)なものを見た、とばかりに眉根を寄せて感心している。


「すごいなぁ! へぇー……人体と見かけ上そっくりの動きを、人体以外で再現しちゃうんだぁ……」


 その言い方。


「…………なぁ。まさかと思うけど、カラクリの材料って、その」


「ん? あぁ、違う違う」


 顔色をしかめた陸歩に、懸念を(あやま)たず察したメディオは笑いながら手を振ってみせる。


「魔術じゃないんだから、人間の肉なんて使わないよ。それじゃあコストばっかり高くつく」


「……そりゃ安心した」


 メディオは少年から義手を取り外し、助手に短く「採寸」と指示した。

 (うなず)いたアイネが隻腕の少年を優しく立たせ、身長や体重を測るために奥へ連れて行く。


 しばらく義手を()めつ(すが)めつ、様々な角度から眺めて、特に断面を熱心に見つめていたメディオだが、やがて興味が失せたように机に置いた。

 「これじゃ調子も悪いはずだ」と鼻を鳴らして。


 それから好奇の目を陸歩とイグナへ向け直した。


「で? で? 君らの世界だと、どこまで人体の再現が出来てるの?」


「一応、手足だったら本物と遜色(そんしょく)ないレベル。内臓も、大半が代替物を作れる」


「ふーん? それならその技術で十分、リクホのお姉さんの身体、作れそうなもんだけど」


 陸歩は苦々しく首を振る。

 立ちはだかるのは彼や先人たちを悩ませ続けた、連動率だ。


「人工臓器一個なら、機能する。生身のほうが調子を合わせてくれるからな。

 でもそれが二個、三個となってくると……。

 協調させられないんだよ。機械の臓器に、融通を覚えさせるってのが、こっちの技術じゃどうしても出来ないんだ」


「あー……んー……?

 イグナちゃんは? 全身キカイなんじゃないの」


「先ほどメディオさんが(おっしゃ)られました通り、ワタシの身体は見かけ上、人体そっくりであるに過ぎないのです。

 この身体の内部には、食べたものを分解してエネルギーに変える機構が備わってはおりますが、それはヒトの内臓とは全く別なものなの。

 鼓動も呼吸もしてはおりますが、人間と同じ理由で、ではありません。ワタシは『生きて』はいないのですから」


 その他にもいくつか、陸歩はイグナの知識も借りて、自分たちの医学や工学、科学や物理学をメディオへ伝えた。

 この天才は理論の要点を的確に見出し、一から十でも百でも知るように理解を深めていき、やがて困り顔で笑う。


「だいたい分かった。

 君たちの文明は、(おちい)りがちな誤謬(ごびゅう)に長いこと()まっているらしいよ。

 カラクリ技師が最初に叩き込まれる認識を、どうもすっ飛ばしているみたいだ。

 それでイグナちゃんが作れるとこまで行っちゃうのが、恐ろしいけどね」


 思わず陸歩はメディオの肩を掴んでいる。

 とてもじゃないが聞き捨てならない。

 やっぱりこの人は、答えを持っているんだ。


「教えてくれ……っ! 何が、何が間違ってる!」


「君らの失敗は、この腕と同じ。

 リクホ、君が造りたいのは、何?」


「ナユねぇの身体だ!」


「なのに君が造ろうとしているのは何だ?」


「……、……は?」


 こんな時に謎かけか。

 陸歩は苛々を(おさ)えられもせず、怒気に変えて吐き出してしまう。


「だから! ナユねぇの身体!」


「違うね。君のスケールはもっと小っちゃい」


「なんだって……っ!?」


「まずはその辺り、目を開くところから始める必要がありそうだな」


 メディオの金色の瞳が、一際(ひときわ)輝いたようだった。

 あるいはその虹彩が、『開かれた』色彩なのだろうか。


 その目に鏡のように、狼狽(うろた)えるばかりの自分が写っていて、陸歩は呼吸も止まる。


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