美醜について
望むと望まざるとに関わらず、人は容姿に振り回される。
程度の差はあれ、それは誰しも一緒だ。
悪ければ途端に生きづらい。
かといって良ければ良いだけ良い、という訳でもないのが顔ってやつの妙なところだ。
妬みに嫉み。
人対人の世間のただ中では、上へにしろ下へにしろ過ぎるやつは苦労する。
――これはあっちの世界で、シズからの受け売り。
あいつもあの見た目のために色々な得と、それと同じくらいの損とに見舞われてきたようだから。
だいたい不思議だ。目・鼻・口・眉の大きさと形と位置、それがほんのわずかに違うだけで評価ががらりと変わるのだから。
自らの責任でないところで価値を付けられるなんて、腑に落ちないことこの上ない。
この世界でも容姿は、当たり前だが生まれつきのもので、変わらずの不条理で、でも美醜の事情はもうちょっと込み入っている。
目の大きさ、鼻の形、口の位置より、もっと重大な要因があるのだ。
すなわち、保留魔力量。
体内に保持されている魔力が、人の表面にどう影響しているのかは知らないが、とにかくこの世界では魔力をたくさん持っている者ほど美人と認識される。
血色がいいとキレイに見えるのと同じような話だろうか?
同じ人物でも短期間に魔力を大量に消費すると、顔の作りや顔つきが一切変わっていないにも関わらず、醜いと見られるのだ。
言って、これも生まれつきには違いない。
個人の総魔力量は胎児の段階で既に決まっていて、後天的には一切増えない。
また一度使えば、生まれ変わりでもしない限りは回復しないのだから。
こういう事情があるから、基本的に魔力の使用は忌避される。
使うだけ容姿が劣化するってんだから当然だ。
魔術は現代では衰退の一途だそうで、遠からず終焉を迎えるんじゃないだろうか。
かつて魔術師が支配階級だった時代、奴隷に美人が好まれたのは単に色情からではなく、より魔力を持っているからだ、とも聞いた。
自分の身一つでは生涯に発せられる魔術の回数と量に絶対の制限があるのだから、魔術の探求の上で必要となるのは、代わりに術を行使する者の存在だ。せっせと編んだ術式を、実践する身代わりが要るわけ。
今でも魔術師は麗しい弟子を得ることが、半ば必須であるとか。
辺境の地では未だに無法者による美人狩りが行われているのそうだ。
この世界では美しい者、それも若い娘ともなれば、色々と『実用的』になってくる。
あえて不細工に見せる化粧があるくらいには、この世界では美人は用心が必要だ。
身内の話だが、キアシアはモテる。
それこそ街中を歩いていると、男女を問わず振り返るんだ。
眼球を中心とした潤沢な魔力によって美貌は輝くように映り、さらにはあの気風だから、財布を仕舞ったまま飲み屋を梯子できるだけの猛者だ。
イグナもモテる。
この前もちょっと目を離した隙に男どもが声をかけていて、あんまりお行儀の良くない連中だったからオレが肉体言語で話をすることになった。
オレの可愛いイグナが可愛いのは真理だが、それ以外にもやっぱり魔力が関係している。
彼女がこの世に顕現するにあたって、依代とした鎧は神器だった。イグナの存在の根底には、神の芸術に由来する豊潤な魔力があって、男どもはこれに羽虫が如く当てられるのだろう。
オレについては……まぁ、それなり。
群馬の出身では魔力なんて望むべくもなく、本来ならこの世界での見てくれは諦めるよりないんだが。
信託者になった時点で、その辺りも一応フォローが入っている。
神の名代がブ男じゃ差し障りがあるだろう?
なのでオレも、人に不快感を与えないくらいには、見られた容姿になっている……らしい。
ありがたいこと。
それから、この美貌の尺度は人間だけでなく、亜人や獣人、のみならず動植物や岩だの水だのにまで当てはまる。
扉の樹が雄々しく美しく心を打つのはこのためだ。神器も一緒。
また西の方の大陸には、魔力を人間の数十倍持つ星仙族という亜人が暮らしていて、これが雌雄を問わず彫刻のように整った姿をしているそうだ。
あるいは天使。これも息を呑むほど美しいのだと。
どちらも人嫌いで有名だが、機会があれば是非お近づきになりたいものである。




