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承:序 ≪根源≫

 ナユねぇは男の子みたいな趣味の人。

 車とか、昆虫とかが好き。

 ヒーローなんて特に好き。古いのでも新しいのでも。


 今日もヒーロー映画を視聴中だ。

 自作のパワードスーツで空を飛び回る、巨大企業の社長が主人公のやつ。

 散々リメイクを重ねられた名作だが、ナユねぇが観ているのはなんとその初代。画面が古いこと。


 でもナユねぇは、そのレトロでノスタルジックな(おもむき)が、たまらなくクールで好きなのだと言う。

 わざわざ壁の一面にスクリーン代わりのシーツを張って、そこへ電光仮想モニタを投射。

 すると昔の映画そっくり……の、気分になるんだと。


 オレの方はといえば、画面よりも手元の作業が重大で、でもセリフが途切れたタイミングでつい訊いてしまった。


「ナユねぇさぁ。飽きない?」


「うん。全然」


 じぃーっとスクリーンに見入ったナユねぇは、ほへーっと口を半開きだ。

 思わず(あき)れながらも感心してしまう。

 何十回観たとも知れない物語に対し、よくもまぁ、一回目と同じように夢中になれるものだ。


 強大な敵とのハラハラする戦いを、ヒーローがとっさの機転で辛くも勝利。

 取り戻された束の間の平和と安息を、ヒロインと小粋に過ごし。

 エンドロール。


「あーっ、面白かったぁ」


 ナユねぇはご満悦の声音だが、オレは顔も上げない。


「そりゃよかった」


「むぅー……。前はりっくんも一緒に観てくれたのに」


 ぶー垂れられても、こっちにゃこっちの言い分があるわけでね。


「だってもうセリフ覚えるくらい観たもん」


 スクリーン横のラックにずらりと並んだフィギュアを貸してくれるなら、人形劇で完コピできるくらいには。


 ところで、ナユねぇの部屋は汚い。


 とにかく物が多いのだ。

 本だのゲームだの玩具だの楽器だの。

 棚やキャビネットなどの収納スペースは用意されているが、すでにどこも満室で、(あふ)れた物品は床へ野放図(のほうず)に積まれている。

 

 見かねてオレが片付けることもあるが、一週間も経たずに元通り。

 もしかして、わざとやっているんだろうか。


 本人が言うには、「アームが上手く届かないところに物が行っちゃうと、どうしてもね」とのこと。


 なら、一肌脱ごうじゃないか。

 とオレが思いついたのは少し前のことだ。


「りっくんさ、さっきから何作ってるの? パワードスーツ?」


「作れないよ、あんなの」


 ナユねぇのアイカメラ搭載アームが覗き込んでくる。

 オレは最後の仕上げに、パーツ同士を組み合わせるのに忙しい。

 ここに持ち込んだのはドライバーの作業だけだから、ほんの映画一本分の手間だ。


「……できた」


「おぉー、おめでとう。

 で、それなに? 図工の宿題?」


「うぅん。ナユねぇに」


「……、……私に?」


 オレが作ったのはロボアームだ。

 三本指タイプで、腕は(ひじ)に当たる部分まで。

 それを飛行ドローンと無理やり合体させた代物で、室内ならどこでも飛び回って物を掴める……はず。

 小学校高学年用の工作キット二つを元に、試行錯誤の末に改造したもので、このとき十二歳のオレには心臓がバクバクするくらいの自信作。


「ナユねぇ、腕一本外していい?」


「え、もしかして、それに換装(かんそう)するの?」


「うん。接続すればこの腕も、思った通りに動かせるはずだよ」


 ナユねぇが瞠目(どうもく)しているのが、たまらなく誇らしかった。

 彼女のアームの制御系OSと疑似神経回路がユニバーサルスタンダードに準じているのは聞いていたから、独学で組み込んだんだ。

 小学生には大仕事ではあったけど、ネットで拾ったオープンソースを駆使して。


 掌を差し出すように、ナユねぇは四機あるアームの一つを真っ直ぐ伸ばす。


「どうぞ。指とか挟まないように気を付けてね」


 アームは、ナユねぇがロックを解除しさえしてくれれば、取り外しは簡単だ。

 さっそく接合部にレンチを入れ、力いっぱいで回した。


「んっあ……っ!」


 ……神経に触れたのはこっちだが……なんつー声出してんだこの人。

 幸いというか、ガキだったオレは、赤面して目を(うる)ませたナユねぇを、単に痛かったんだと思った。


「ご、ごめんナユねぇ! 大丈夫っ?」


「だ、だいじょぶ。……優しく、してね?」


 言われた通り、出来るだけそろそろとレンチを回す。

 それでもナユねぇの喉からはたびたび(なま)めかしい吐息が漏れ、アームを取り外すときにはまた声が上がった。

 心臓に悪い。


 とにかくやり(おお)せ、代わりの腕を取り付ける。


「ナユねぇ、動かせる?」


「あ、いい感じいい感じ!」


 三本指をしきりに握ったり開いたりさせたナユねぇはやがて本命の、手首と肘に付いたプロペラを回転させ始めた。

 カプセルと接続したのはいわばスタンド部分であり、アーム自体はプロペラの浮力でそこから飛び立つことが出来るというわけ。

 スタンドはコントローラでもあって、アームと互いに信号を送受信している。


 ナユねぇは見事に飛び立ったアームを、あっちへやったりこっちへやったり。

 そして適当な雑誌をつまみ上げた。

 それをカプセルの(そば)まで連れてくると。


「むはっ」


 思わずといった体で笑う。


「すごい。すっごいすっごいコレすっごい! コレすごいよりっくん!」


「そいつ、バッテリー式になってるからね。充電するときはスタンドに戻して」


 あんまり面映(おもは)ゆかったオレは、目をそらして鼻を()きながら、事務的に機能を説明した。


 ナユねぇはなおもアームの試運転に余念がなく、気分は高揚(こうよう)、嬉しくって(たま)らないって様子。


「すごいなぁ、りっくん天才なんじゃない?

 こんなに素敵なプレゼント、生まれて初めてだよ!」


「これで、部屋の片づけ、できるでしょ」


 結果として、部屋はちっとも片付かなかった。

 アームが届かないところへ物が云々というのは口からデマカセで、ナユねぇは片付けられない女であることが、これで明らかとなってしまったが。


 でもそれはそれ。ナユねぇはあのドローンアームを大切にしてくれた。

 さらに改良した新しいのを持って行っても、最初の記念にと、今でも棚の一番高いところに飾ってくれている。


 子どもなんて、単純なものだと思う。

 ナユねぇのあの喜びっぷりが、つまり、オレの原点だったんだ。

 世界を(また)いでも、まだ失われないほど、強く刻まれた根源。



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