結:起 ≪勧誘≫
「――あーぁ、どうしてかしらねぇ。
今になって貴方が惜しいわぁ、ジュンナイリクホくぅん?
いつだったか自己紹介したわよね。アタシはもっとずっと『下』の物語から、ここまで一つ一つ昇ってきた。
いくつもの天地を視てきたわぁ。
それで気付いた、いわゆる真理ってやつなのだけどぉ。
あらゆる世界は、均衡を保とうとする作用を持っているのよ。
万物の恒常性とでも言えばいいのかな? この大いなる舞台自体が、壊れないよう存続する能力を絶えず発揮してるっていうか。
あぁ自浄の力と考えるのが分かりやすいわね。
日が暮れて、やがて夜になり、必ずまた朝日が昇る。
これは昼夜が互いに相克し合って、拮抗してるから。
ある生き物が増えれば、捕食者も伴って増えるわ。
食う食われるの関係は、必ず全ての生命を三角図に納める。
運命もね、同じなの。
禍福は糾える縄の如し。
一つの正義が長じれば、それを挫くまた別な正義が決まって在る。
一つの悪が高じれば、別の悪がこれを縊って貪る。
盛者必衰よぉ、リクホくぅん?
どんな王もやがて死ぬ。必然死ぬ。逃れ得ず死ぬ。
寿命とかそういう話じゃない。
魂を自在に支配した魔王ですら、死ぬのをアタシは観てきたわぁ。
ある日出現した、勇者に討たれてね。
運命には、均衡を保とうとする作用がある。
誰か一人が並外れて、理から外れようとも。
それを阻む天命を帯びた何者が、絶対に生まれる。
わかるでしょ?
ジュンナイリクホくん。貴方はアタシの勇者。
アタシと相克し、アタシを食い止める者。
わかるはずよ。アタシはわかった、一目でわかった、直感した。
貴方が、そうなんだってこと。
貴方はアタシを殺す者。
あるいは逆かも――アタシこそが、貴方を阻み、殺すための作用かも。
運命よねぇ?
アタシたちは対立し続ける二項。
貴方が昼で、アタシが夜で。
だから、アタシは貴方を誘わなかった。
貴方ほどの力を、アタシは惑わさなかった。
だって、貴方がアタシに靡くなんて、夜が明けないくらい有り得ないことなのだから。
だってだって。アタシが貴方に口説かれたって、従うはずがないのだし。
アタシたちは絶対に、同じ陣営にはなり得ない。
どちらの命もあるかぎり……この世の終わるその日まで、争い続ける運命。
……だけど。
どうしてかしらねぇ。
今になって貴方が惜しいわぁ、ジュンナイリクホくん。
これまでの世界のどこでも、アタシと相克する勇者が、アタシの前に立ちはだかった。
アタシは彼と、あるいは彼女と、何度も食い合って、そして食い破ってここにいる。
なのに――これは嘘偽りない本音よ?――こんな気持ちは、貴方が初めて。
初めてよ、こんな。
こんなふうに、胸が騒めくのは。貴方の前だけ。
はぁ。
原初神様の申し出すら断わった貴方だから、アタシなんかが言っても意味ないんだろうけどさ。
まぁ物は試しとも言うしぃ?
せっかく事ここに至って、血溜りに沈んだのだし、お願いしてみましょうかぁ。
アタシと組まない?
アタシたちの力が合わされば、どんな世界も思いのままよ。
それこそ貴方の元いた世界だってね。
あらゆる欲望を安易に満たすことが出来るようになる。
お金? 権力? 女の子? 手に入らないものなんてなぁい。
家族? 愛? 平穏? 思うがままよぉ。
原初神様と元いた世界が貴方のお気に入りなら、どちらもあげるわぁ。
アタシはただ、更に上に行きたいだけだから。
荒らされるこの世界が心配?
でもさぁ、アタシも貴方も、所詮は余所者でしょう?
そんなに気にすることあるぅ?
原初神様の世界だから大事って言うんなら――彼女自身と一緒に、もっと素敵な現実を描けばいいじゃない。
最高の待遇をお約束するわ。
どう?
貴方、アタシと来ない?」
「…………」
べ、と陸歩は血を吐いた。
左手の袖で、赤く染まった口元を乱暴に拭う。
「魔女。お前さ……へったくそだなぁ、命乞い」
陸歩は、呆れた。
呆れたとも。
話が長いし、せめて下手に出ることもしないし、律儀に全部聞いてやったこちらが馬鹿みたいではないか。
だが油断はなく、刀身を極光の翼に変えた鈴剣を、正眼に構えたまま下ろさない。
光輪は、鈴の鍔を囲っている。
背にもまた、翼を一対。
足元では神威の黒猫が、窮鼠を前にして、態度を鋭くしていた。
対して、魔女は……冷や汗を流しながら笑うしかない。
全身あちこちを斬られ、特に右腕などは肘から切断されている。
這いつくばった地面にたっぷりの血の海を作り、すでに立ち上がる余力すら怪しい。
「え、へへっ……。
信じてほしいんだけどぉ……舐めてたわけじゃあないのよ?
でも……なんか、えぇ? リクホくん、強くなぁい?
っていうか、思ったより容赦ないわねぇ……」
「お前さぁ……お前なんかが、容赦してもらえるわけあるか?
今までお前のしてきたこと、犯(おk)してきた罪、まさか忘れたっていうのかっ」
「いいえ? 覚えてる。覚えてるわ、全部。
だからこそ……ここまで積み重ねてきた悪を、無駄には出来ない。
ここまでアタシが糧としてきた無辜の命たちを! 無駄には出来ないの!」
なんと身勝手な決意か。あたかも託されたかのような物言いだが、その命たちとやらは勝手に奪い、踏みつけ、狩り取ってきたものだろうに。
しかしそんな曲がった信念でも魔女には支えなのか、顔面を蒼白にし、唇を真っ青に染めつつも、ついに立つ。
足元の血溜りがうごめいた。
赤き魔方陣が描かれ、輝き始める。
魔女が嗤った。
「アタシの血は、一滴でもどんなことになるかっ。
貴方こそ忘れちゃったのかしらぁリクホくぅ、」
……紫電が迸った。
陣が灰燼へ帰した。
「、は」
「――それこそ忘れるはずないさ。厄介だってことはよぉく覚えてる」
「うっそ、」
「だから、そうはさせない」
「アタシの逆転の切り札がぁん!?」




