転:転 ≪伯仲≫
立っているこの大地こそが月なのだから、おかしな比喩にも思われるが。
天空にあってはその姿、まさに月。
飛行というより浮遊に近い。
龍の皮を被ったメディオは頭上高くにピタリと制止し、両翼を広げた格好のためちょうど下弦の月に見える。
地上を駆けるイグナは、振り返るように敵影を仰ぎ、兜のバイザーの奥で瞳孔をフォーカスさせて視認する。
メディオの胸が、腹が、膨らんだのを――息を吸い込んだのだ。
「敵のチャージ開始を確認。……2、1、今」
踏み切ったイグナは前方へ大きく跳びながら、宙で踊る身体を反転させ、背中を地面と平行にする。
そして左手の火砲をメディオへ向け、
「BLAZE」
極炎を射出。
「ふ――――!」
全く同じタイミングで、メディオも息吹を放つ。
瞬間、より力を込めるための無意識か、彼は両手を拳にして脇を絞めた。
伴って白く輝く翼膜が畳まれて、半月からついに新月となる。
腹の底から迸らせたのは濃紺の奔流で、それは炎でも水でも風でもない――『夜』だ。
両者のエネルギーが激突する。
紅蓮と漆黒のせめぎ合い。
「……っ」
「――!」
炸裂。
相殺。
上から浴びせられる形だったイグナは、地面に叩き付けられ、押し付けられ、余波で身体が跳ね上がった。
メディオのほうも衝撃に煽られ、錐揉みし、片翼をかろうじて開いて落下を回避、もう一方の翼も慌てて伸ばす。
「お、っと、っととと!」
「――被ダメージ、依然軽微。与ダメージ少量」
姿勢を整えたイグナは着地より先に、右肩の副腕を伸ばし、数メートル先の地面に突き刺した。
これをアンカーとして身体を引っ張ることで、一歩目から全力疾走を開始、猛然と駆ける。
目指すはバランスを崩して高度を下げた、メディオ。
「推進装置、増築」
イグナの鎧の背部に二基のブースターが備わる。
左腕の火砲からしていた放出を、今度はこれらで行った。
跳躍、飛翔。
一息で半月に肉薄する。
「やっぱり、飛べるよねそりゃあ!」
同じ目線に辿り着いてきた彼女に、メディオは笑みながら冷や汗を流す。
鼻先へ突きつけられる火砲。
対して彼は口を開いて吸引の構えを取るが……しまったと後悔する。
フェイントだ。
イグナは極炎を撃たず、右腕の刃を閃かせ、メディオの身体を袈裟に撫でた。
金属音が響く。
「……硬いですね」
「君は、どうかな!?」
メディオの拳が、イグナの脇腹を強打した。
機巧の少女は弾き飛ばされ、しかし、ブースターと火砲の噴射で難なく鮮やかに着地。
殴られた箇所を押さえる素振りも、呼吸を乱す様子もなく、平然と駆け出す。
むしろメディオのほうが、宙で右手を振っていた。
「硬ったいねぇ……」
片や流星龍。片や新月龍。
ともに太古の超生物を模しているのだ。その鱗で出来た互いの装甲・表皮は、生半可な攻撃では貫けない。
上手くないな、と思う……イグナが。
決定打にはどうしても火砲が必要。
爪や牙、翼に尾。龍は強力な武器を数多持つが、最大の力はやはり息吹なのだ。
だが、新月龍は紅蓮を吸い込み、上乗せして撃ち返してくる。
それを織り込んで、相手の息吹に合わせて射出したり、陽動として使ってみたりしたものの、所詮は小手先の小細工にしかならず、有効とは言い難い。
「…………」
思案しながら足は一瞬も止めなかった。
上からの砲撃を警戒している、というのもある。
だがそれ以上に、
「っ、」
ぱっと横へ逃れた。
地中から巨大な、ヤツメウナギのような円形の咢が飛び出し、イグナの残像を齧る。
勢いのまま屹立したその巨獣は、さながら肉の塔――芋虫にも似た龍、ワームだ。
目の退化したこの這龍は、モゴモゴと口内の感触を確かめ、空振りと知ると残念そうに身体をくねらせて、再び砂の中へ潜んでいく。
空にはメディオの周囲を囲む黒い叢雲――こちらは猛禽サイズの鳥龍である。
注意深く見れば、群れには二種が入り乱れ、相争っているのが分かる。一方はイグナのワスプたちだ。
もう一方は、そして先ほどのワームは、メディオの人形。
これもあの着ぐるみの機能か、とイグナは読んだ。
祖たる龍を名乗るくらいだ、子孫ドローンを操作する能力くらい、持っていても不思議ではない。
十数羽の鳥龍が、ワスプを振り切ってイグナに迫った。
右腕のブレードで打ち払いつつ、疾走の速度は一切落とさず、彼女は極めて冷静に思考する。
このままではジリ貧だな、と。
「ふ――――!」
メディオ・新月龍の息吹が注いだ。
イグナはブースターの片方を止め、噴射をあえて偏らせることで急旋回。踊るように濃紺を避ける。
「……火力のイニシアチブ、制空権、ともに取られたままではお話になりませんね。おまけに兵力まで、若干不利」
ぽつりと呟き、そこで自らの独り言癖に気が付いた。
我ながら、何をブツブツと。
いや、無理もないかも知れない。
思えばこれまでの戦闘は、いつも陸歩と一緒だった。どんな危機にあっても、言葉を交わす相手が必ず傍にいたのだ。
それがどれほど心強いことか。イグナはいま改めて知る。
無性に主と話したい。
電脳の奥から滾々と、伝えたいものが溢れてくる気がする。
……ならば、勝たなければ。
「仕方ありませんね。リクホ様の許可はあらかじめ頂いておりますし――もう一本、鍵を使うと致しましょうか」




