転:承 ≪双龍≫
【key:Meteor Dragon を認証。
Code:Demi-God を受諾。
ライブラリ参照。神域照会。
パターン検索…解釈実行…最適を抽出…表現プランを構築…。
当機はこれより、偽神体化を実行します。】
イグナが姿を変える所要時間、三秒半。
その最初の一秒、シルエットが浮かび上がった瞬間に、メディオは雷に打たれた心地がする。
膝を叩く気持ちだ。
「あぁそれっ、思いつかなかった!」
目の当たりにするまで、発想すら出来なかった。
人はメディオエディオ・ダラディエを天才とも鬼才とも呼ぶ。だが実際はどうだ……と彼は口角を上げながら自虐する。
我が身で龍を模るにあたり、あのデザインを閃くことすらなかったではないか。
自分などはまるで大したものではない。世界にはもっと新鮮で斬新で柔軟な思考が、いくらでも溢れている。
あるいは、それは彼女たちの世界ならではの発想なのか。
イグナたちの世界には、その発想の源、モチーフがあるのか。
あぁいう形状の生物が実際にいるわけでは流石にないだろう。
だが、あぁいうキャラクター、ともすればヒーローを考え出し、空想した者があったのなら。
ひとたび想像されたものは、どんなに難解なものでも現実に顕現し得る。
魔術にも通ずる理屈である。
「かっこよっ……」
あの世界に、いきたい。
見てみたい。聞いてみたい。触ってみたい。嗅いでみたい。
確信した――あの世界には間違いなく、ここでは夢想だにすらしないものが、いくらでも転がっている。
魔女に与してよかった――いま心の底から思う。
あの世界に、行きたい。
あの世界に、生きたい。
「あああ、そういうふうに、しちゃうのかぃっ!」
メディオは、人形に頼らない身体能力についてはもやしもいいところ。
だから脳みそは超高速で回転していても、反応する瞬発力がなく、イグナの残り二秒半をただ見つめるしかない。
興奮の声すら実は口走れてはおらず、わずかな呼吸の乱れくらいにしか現れていない。
もっとも、刹那に割り込めるだけ素早かったとしても。彼は指を咥えて眺め続けたはずだ。
新たなインスピレーションの種を、欠片たりとも見落とさないように。
「そっ、思いつかなかった……!」
「――――」
兜から、イグナは真っ白な蒸気をため息のように漏らした。
その姿は輝く全身装甲の騎士。
左手の代わりの火砲は、龍の咢を模す。
右手の代わりに伸びたブレードは、龍の尾。
左肩の、前に右翼、裏に左翼が備わり、これはアンテナセンサーで、また砲撃に際しては照準器として機能する。
右肩の表裏の、龍の後ろ足を思わせる副腕は、武器でふさがれた両手の代わりだ。いざとなれば数メートル伸び、機械の十指が爪を立てて何物をも掴み取る。
鎧の色は、オレンジに縁取られた白とでも言おうか、夜空に煌めく星の色。
プレートアーマーに分類すべきだが、その肢体は細く優美、華奢でもあって、鈍重さとは真逆の印象である。
バイザーと二本角で飾られた兜の中で、イグナは厳かに宣言した。
「――BLAZE」
「っ!」
持ち上がった左腕から極炎が放たれる。
龍の頭部に似せた砲門が、紅蓮を迸らせたのだ。
向けられたメディオにすれば、それはまさしくこちらを睨み、息吹を吐く龍そのもの。
咄嗟に自分の騎士人形を被った。
右手の楯を構える。
「っ! っ! っ!」
地獄の業火すら生温く思える圧倒的な熱量。
楯など即座に溶け落ちた。
甲冑はさらに半分の秒数しか持たず、赤に呑み込まれて人形の歪む。
イグナに容赦はない。
自ら炎の中へ飛び込み、右の刃で薙ぎ払った。
ほとんど原型もなく焼け焦げていたヒトガタが、脆く砕ける……。
手応え、なし。
「身代わり人形ですか。逃げ足の速いこと」
上空を仰ぎ見た。
凧のように翼膜を広げ、旋回するものがある。
ぶら下がっているのはメディオ。
彼の肩を掴んでいるーー正確には彼の襟首辺りから出ているーーのは、先ほどのコウモリ……ではなく。
龍だ。
黒よりも深く暗い紺色の龍が、メディオを運んでいる。
「――月には龍が住んでいる、っていうのは定番の御伽噺だよね」
風切り音に負けないよう、メディオは声を張って言った。
「まぁ今は実際、原初神様のペットたちが住んでるんだけど」
ひらり、と降りてきた。
砂上に柔らかく着地。
イグナは火砲を向けて、警戒を逆立てる。
他でもないメディオが、逃れた空より自ら降りてきたのだ。まさか無策ではあるまい。
一瞬のうちに打開の手を用意してきたと見るべき。
背中に抱きついた、あの龍か。
「月が龍の故郷だ、とか。月自体が龍の卵だ、とか。派生したバージョンもいくつかあるけど。とにかく龍は月を祖としているっていう筋書きは、大陸を問わずメジャーだ。
そしてそれは考古学観点でも実は正しい」
BLAZE.
蘊蓄を聞く義理をイグナは感じず、呼吸の継ぎ目を狙い澄まして火球を浴びせかける。
かつて流星龍が誇ったのと同じ温度の息吹が――吸い込まれた。
メディオの頭上、口を大きく開いた龍に。
焦げた前髪を指先でいじりつつ、彼は微笑みを寄越す。
「王龍、光龍、君の流星龍。ビッグネームは色々いる。
でも、それらを含む全ての龍は、ある一頭から生まれたんだ――この、新月龍からね。
……いってもコレは、あくまで人形。本物ほど強いかどうか」
新月龍の喉が大きく膨らんだ。
イグナが右の刃を前に、防御姿勢を取った瞬間、
吹き出す息吹は、先ほど吸い取られた流星龍の極炎。
のみならず、何か計測不能な、濃紺のエネルギーとでも呼ぶしかないもので彩られ、威力が嵩増しされていて。
「――っ」
右肩の副腕を伸ばして地面に突き立て、これを手掛かりに転がり出るイグナ。
流星龍の鱗をもってしても、全身にイエローアラート級の負荷がかけられており、彼女はその事実を冷静に受け止める。
「なるほど。それが貴方のエース……いえ、ジョーカーですか」
「だね。その格好のイグナちゃんの相手をするには、これしかなさそうだもの」
ついに、メディオは龍の着ぐるみを被る。
小指から脇腹まで繋がる翼膜。感触を確かめるように手を挙げて伸びをし、龍人が微笑んだ。
脊椎から連なった尻尾を振り振り、
「さぁ、君とボクは星と月。
どちらも混沌に映える身だ。
存分に、今宵を踊り明かそうじゃない」
「好きでもない、しかも既婚の男性にそんなことを言われても、鳥肌しか立ちませんね。
いえ、いま立つのは逆鱗ですか」
つれない、とまたメディオはまた微笑み……両腕を広げ、飛んだ。
イグナも火砲を突き出す。
ここに神代より蘇りし、龍が二頭。
今、互いの尾を、食い合い始めた。




