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承:承 ≪開錠≫

 剣圧(けんあつ)、というものがある。

 平たく言ってしまえば『()るわれた剣から周囲へ伝わる力』のことで、例えば巻き起こる風や、受け止めた相手に走る衝撃などがそれ。

 (うで)(ぷし)や斬撃速度、剣自体(じたい)の重量など、剣士にまつわるあらゆる要素の()()わせから導かれるものであるため、剣術の発祥(はっしょう)当時から実力の指標(しひょう)の一つとされてきたものだ。


 達人(たつじん)ともなれば剣圧もまた自由自在。

 振らずとも剣を手にしているだけで十分な力を通すことができ、放つ圧のみで攻防すら可能とする。

 刃で軽く小突(こづ)いただけで、西瓜(すいか)を爆散させる者もあるほど。


 サネツグ・オキタの流派『圧剣(あっけん)』は、まさにこれが主眼(しゅがん)だ。

 剣士の()()る力すべてを刀身に宿(やど)らしめ、斬りつけた際に敵へと流し込むことで内部から傷つける毒の剣。

 (きわ)めしサネツグの技は、全てが接触すなわち破壊、防御不能の必殺と呼んでいい。


 ――この術は、そんな技の補助(ほじょ)


 アイン、サネツグ、お互いの全身に(しょう)じた(とげ)は、的を広げるためだったのだ。

 非実体の青い突起(とっき)は、剣に触れられると共振し、剣圧を体内に伝える。

 そのときに真っ赤に()まるのだが、肉の内側はそれどころではなく、ズタズタに裂かれていて、フィジカルの頑健(がんけん)さは何ら意味を()さない。

 見方(みかた)を変えれば、人体の急所を表出(ひょうしゅつ)させる呪い、とも言えよう。


 巧妙(こうみょう)なのは、棘そのものに直接的な殺傷力がないこと、かつ自らも相手と同じ現象を()っていることである。

 このようにあえてリスクを設定することで、術の効果を底上げし、本数を増やしているのだろう。

 ……それとも、単にスタイルか。


「――オォ!」


「――しっ」


 この状態では回避は困難(こんなん)で、守りなど悪手(あくしゅ)でしかなく、だから二人の剣士はどちらもひたすら攻撃あるのみ。

 ……しかし。


 剣を上げたアイン――の右膝(みぎひざ)がかっくりと折れ、体勢が(くず)れた。

 サネツグの足が(すく)ったのだ。


「ちぃ!」


「そぉら響けよアイン!」


 (ひるがえ)るサネツグの刃。アインの左肩と左脇腹(ひだりわきばら)の棘を続けざまに叩く。

 たちまち青から赤に色が変わり、また羅刹(らせつ)の服の下、皮膚(ひふ)の下はどす黒く染まる。


「かは、」


「おっと」


 それでも振り下ろされた斬撃を、サネツグが手首を(つか)まえて(さえぎ)った。

 (ひね)って関節をきめつつ、


「もう一丁!」


 右膝(みぎひざ)鳩尾(みぞおち)、左胸。

 アインの身体で震える棘たちは、まるで楽器、もたらす破壊とはおよそ不釣(ふづ)()いな涼やか音を(かな)でた。


 彼我(ひが)がともに同じリスクを負いながら、戦いは一方的である。


 傷つくのはアインばかり。

 サネツグの読みの精度が高すぎるためだ。

 羅刹の剣が始動するタイミング、斬る軌道、速さ、リーチ、今の一撃が導く次の手――それら全てをこの盲目(もうもく)の剣士は、完璧に見通している。

 これもまた剣圧由来(ゆらい)の技。サネツグはアインの剣から力の強さや向き、流れを事前に知り、(つね)に先手を打ち続けていた。


 今や、アインはサネツグの傀儡(くぐつ)も同じだ。

 目論(もくろ)み通りに動かされ、踊らされ、斬り裂かれ続ける。


 アインの棘のもはやほとんどが赤。

 それは体内のダメージを示し、しかも二度三度と重ねて攻められる箇所も少なくはないのだから。


 サネツグの一閃(いっせん)ごとに鳴り響くは、死の調(しらべ)か。


「いい音だ! なぁアイン! 最高の音楽だ!」


「が――」


「っしゃぁ!」


「――――」


 ついに、うつ()せに倒れた。

 一切の外傷なく、しかし(あふ)れた血が(にじ)()し、砂にしっとりと。


「……はぁーあ」


 サネツグは、左耳に手を()える。

 しばし()ます仕草をして、


「うん。これぞ、平和の音色」


 敵は伏し、辺りに満ちたひたすらの静寂(せいじゃく)

 耳朶(じだ)()みる、しん……という無音の音。

 これこそが自らの音楽性、とサネツグは標榜(ひょうぼう)する。

 全ては(むくろ)となり、歯向かう者の無いこと――この悪辣(あくらつ)なる剣士は、平和をそう定義する。


 が。


「へぇ?」


 (めしい)ゆえに卓越した彼の耳が聞きつけた。

 心音。

 それから、何かが()く音、だろうか。


「…………」


 ゆらり、と羅刹が立ち上がる。

 間違いなく、一瞬前まで瀕死(ひんし)であったはずなのに。

 その双眸(そうぼう)焦点(しょうてん)を確かに結び、引きずるようだったその手足には徐々に力が戻り始めているではないか。


 肩を(すく)めるサネツグ。


「恐ろしい()っちゃ。それってまだ鍵は使ってないんだろ?」


 アインの全身の棘が、青に戻りつつあった。

 すなわち、傷が高速で回復していることを意味する。

 巨人族の生命力が()せる(わざ)か。

 並外れた快気(かいき)に、アインは湯気(ゆげ)すら(まと)っていた。


 具合を確かめるように、左右の肩を順番に回す頃には、血色までも良好。


「健康の秘訣(ひけつ)はなぁ、十分な飯と睡眠よ」


「うんうん、全ての武人が規範(きはん)にすべきだな」


 あながち戯言(ざれごと)というわけでもなく、元は仙人が()()したと言われる技だ。

 事前にエネルギーを(たくわ)えておいて、ここぞという場面で消費する。今では多くの流派が採用している、活力の操作術。

 しかし当然ながら消費カロリーは甚大(じんだい)で、下手をすれば餓死(がし)の危険すらあり、おいそれとは使用できない。


 虎の子をさっそく出さざるを得なかったアインは、長く息を()く。


「やっぱ、テメェは上手(うめ)ぇやオキタ。試合運びなんか見事なもんだ。完璧に読まれて手も足も出ねぇ、まんまと(なぶ)られちまった」


「ん、もっと言って」


「だが――強ぇかどうかは、また別な話だよなぁ!」


 篭手(こて)から鍵を抜く。

 (てのひら)()す。

 開錠(かいじょう)、天に巨大な扉が開き、落ちてきた塔剣が月面に突き立った。


 現れた羅刹の愛刀に、サネツグは口角を上げる。

 決して(あざけ)ってもいなければ、(あなど)ってもいない。むしろその逆。

 ぞっとするほどだ。何しろ塔剣は、アインがまだ触れていないのに……羅刹の剣圧を、たっぷりと発散しているのだから。


「ほんっと。アイン、お前って滅茶苦茶(むちゃくちゃ)な」


 言って、自らも新たな鍵を用いた。

 棘剣を(はた)き、音響。

 ――白砂の大地に、まるで墓標のように、無数の棘が並ぶ。


「じゃあ、二曲目、いってみようか」


「いいぜ、今度はテメェが(しび)れる番だ」


「魔女高弟十六人衆が一人。(こと)の月、『弔琴(ちょうきん)』のサネツグ・オキタ。

 お前を――」


落月(らくげつ)、『塔剣(とうけん)』のアインヴァッフェ・イリュー。

 テメェを――」


「――ぶん鳴らすッ!」

「――ぶった斬るッ!」


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