承:起 ≪開演≫
白砂の平野に、三味線の音が響く。
「――うるっせぇ!」
アインの斬撃はまさに閃光。真横に真っ直ぐに、刃色の残像が濃くたなびく。
が、サネツグは見えているかのように、見越したように一拍早く体勢を沈めて、羅刹の魔剣を容易く潜った。
三味線の音が響く。
弦を弾きながら、その場でくるりと回るサネツグ。左足を支点に十分な勢いと遠心力を乗せた右の回し蹴りを、アインの腹筋へと突き刺す。
……が、足の裏で捉えた感触は、まるで岩。
「鍛えてやがんなぁ」
「テメェは、どうだよっ!」
今度は魔剣の、縦一閃。
その刃は、ただ、サネツグの影をだけ斬った。
「っと。今のはちょい危なかった」
「オキタぁ……」
「ほれほれ、鬼さんこちら」
三味線の音が響く。
顔をしかめたアインは、間合いを開けたサネツグを、一旦追わない。
戦闘の体勢も解き、剣を肩にかけ、半眼になって吐き捨てる。
「お前よぉ、いつまでそうやって、のらりくらりしてるつもりだ?」
せっかく一対一勝負になったのに、ずっとこの調子だ。
返事もおどけたもので、
「こう見えて平和主義なもんでね」
「嘘こけ、事なかれ主義だろうが」
そうとも言う、とサネツグが喉で笑い、また三味線を弾いた。
「だがアイン。状況がこうなった以上、戦いの行方を決めるのはどうせ大将戦だ。
俺たちのチャンバラに意味なんかあるか?」
「ある。愉しい」
「まぁお前はそうだろうけども……」
ため息に合わせて三味線。
いい加減、アインはこめかみに青筋を立て始めた。
サネツグの態度もさることながら……奴が奏でる音色、これが気に入らない。
「おい……マジでそれやめろ。音ぉ外しまくりやがって。聞くに堪えねぇんだよヘッタクソ」
「んなっ!」
さしもの事なかれ主義も、この挑発には表情を変える。
真っ赤になって、馬のように唇をめくり上げて、
「お前に演奏の何が分か、っ、
……あー、いや、そっか……お前も楽器やるんだったな。
そうか……えぇー? ……もしかして、俺って下手くそ?」
一転してズンと落ち込み出すサネツグ。
あまりの下がりっぷりに、アインも毒気を抜かれてしまい……が、慰めてやるつもりは当然ながら毛頭なく、
「自覚できてねぇんなら、なおのこと才能ねぇんだろ」
「……なぁ本当に? 本当に下手?」
「音がびろぉーんってなってんだろうが。全く粒立ってねぇし。
つーか、魔女殿とか他の連中には言われねぇの?」
「いやぁ、『どう?』って訊くと、みんな『いいんじゃない』って言うから……。
気ぃ遣わせてたのかぁ……」
はぁぁぁぁあ、と。大きな大きなため息を吐き、サネツグはついにしゃがんでしまった。
その姿はあまりに無防備で、いま踏み込めばバッサリとやってしまえそうだが……実際にはこの男に、そんな雑は通るまいと、アインは思う。
やがて、「なぁ」とサネツグが呟く。
「……音楽にはさ、世界を平和にする力があると思わん?」
「あぁ?」
どこかで聞いたような薄っぺらな台詞。
しかも平和などという言葉は、それこそアインに響くはずがなく、舌打ちが答えだ。
サネツグは、構わず吐露を続ける。
「これでも俺、割と本気でこいつを弾いてたんだぜ」
「そうか。そりゃ悲惨だな」
ズバリと切って捨てられ、もはやサネツグには苦笑いしかない。
やおら立ち上がると、本気だったと言う楽器と撥を、無造作に脇へ放った。
「才能ないかぁ……。
じゃあ、仕方ない――三味線を弾くのはここまでだ。二つの意味でなぁっ!」
「テメェまさか、それが言いたかっただけじゃ、」
「お前のそのっ、……あー、なんだ、戦闘狂っぷりとかこれまで積み重ねたであろう鍛錬とか……なんか、その辺の諸々に敬意を表し、俺も本気を見せよう!」
「三味線弾きっぱなしじゃねぇか」
「いくぜ、アインヴァッフェ・イリュー!」
お揃いにするため、魔女にさせられていた眼帯を、サネツグは剥ぎ取る。
双眸に渡る傷を露わにし、篭手から鍵を抜いた。
掌に挿し、開錠。
「おおぉぉぉっ!」
気配が増大した。
胸元の左側が、赤く淡く輝き、鼓動している。
それは、脈打つ勢いで外へと突き出して。
それは、サネツグの手によって引き抜かれ、彼の手中で一刀と化した。
いや、刀剣と呼ぶにはあまりにも簡素。
細く鋭く長く、むしろ棘とでも称したほうが正確か。
「へっ。胸の痞えが取れた気分だ、っつってな」
二度、サネツグが空を切る。
斬撃の冴え。なにより振り抜けの音。
アインの瞳に恍惚の色が混じったのを、盲目のサネツグは知ってか知らずか、
「やっぱり、俺の音楽性を余さず表現するには、こっちのが具合が良いってわけだ」
「せいぜい魅せてくれよ。
十分に燃えさしてくれたら、おひねり、やっからよっ!」
猛然とアインが突っ込む。
対するサネツグも、前へ。
互いに互いの刃渡りの内へ身を投じて、自らの得物を振るう、振るう、振るう。
太刀筋を受け太刀が迎え、ぶつかり合う斬撃は、一瞬にして十か十五か。
「――――っ」
「――――、」
両者、同時に飛び退る。
わずか三秒に満たない攻防の中で、すでにアインは息を切らし、口元には深い笑み。
サネツグもまた、額の汗とともに、満ち足りた表情を浮かべている。
「いいセッションだ、なぁアイン!」
「意味がどうとか言うのはやめたかよ! 上等だ!」
「あぁ上等だろうよ!
でもよ――もっと、響こうぜ!」
自らの棘剣を、サネツグが渾身で叩いた。
震える刀身は弦となり、インインと高音をさせる。
思わず目を眇め、奥歯を噛んで耐えるほどの音量で――
止んだ時には、剣士二人とも、身体のあちこちを棘に刺し貫かれている。
「っ、これは、」
棘はいずれも細く鋭く長く、ちょうどサネツグの持つのと同じで、色のみが異なって青。
刺さっているというか、生えているというべきか、特に痛みもなく、また抜こうにもすり抜けて触れない。おかげで身動きに支障はないとは言えるが。
これは、アインも知らない、サネツグの技。
「鍵盤さ、こいつは」
自らもまたハリネズミになりながら、サネツグは不敵に言う。
「弾けば粒立った音色がするぜ。試してみ、」
「おうっそうするぁ!」
「のわっ!」
すでに羅刹は目の前にいて、魔剣を凶悪に振り回すではないか。
未知の能力を前に、この瞬発力。
「っち! 本当にお前は!」
サネツグもまた戦いに期待を抱き始め、刃に高揚を乗せた。




