起:転 ≪相対≫
翼でも斬ってやれば退くだろうか。
中空から見下ろしてくる翼龍たちは、敵意と牙を剥き出しにしていて、とても穏便に躱せそうにない。
あるいは、首を斬り落とす必要があるやも……。
しぅ、と陸歩には覚悟の呼吸が要る。
絶滅種たる龍の、奇跡の生き残りを手に掛けるのが躊躇われる、というのもないではなかった。
だがもっと単純に、糧にするためでもないのに獣を殺すのは、どうしようもなく気後れするのだ。
「――死体は拾って帰ろうぜ。あの羽トカゲどもで蔵が五つ建つってんだからよ」
などと宣うアインの単純さが、羨ましくもあり、うんざりでもあり。
しかし、ここでモタついているわけにもいかない。
さらに言えば最強の捕食者に対し、手加減もまた、できようはずもない。
翼龍たちの旋回が大きくなり、あれはおそらく助走に入った。
陸歩もまた、やつらの襲い来るそのすれ違いざまで斬り捨てるべく、剣を意志を通して鋭さを増す……。
だが翼龍は突然、五頭ともが同時に顔を上げた。
そしてそのまま迷うことなく彼方へと飛び去っていくではないか。
どこへと目で追えば、遠くに城が見え、尖塔の一つに帰っていくらしい。
「な、なに? 急に?」
キアシアは予期せず戦闘を打ち切った巨獣どもを、むしろ警戒する声音である。
けれども他の三人は微かに聞いていた。
ピュィと甲高い、あれは口笛だったか。
それに呼び寄せられて翼龍は、どこか慌てる様子さえ滲ませて戻っていった……。
「――水浴びの時間なのよぉ」
月面の白砂をザクザクと踏み締めて、やって来る者がある。
はさみを入れて肩も腹も胸元も背中も扇情的に露出させた、冒涜のシスター服。
左腕に、肩から指先までびっしりと巻き付けた、鍵の荊。
ぞっと粟立つほどの美貌を、被ったフードの中に納め、双眸には目隠し。
かの者は、魔女。
上機嫌そのものとばかりに口角を上げている。
くすぐったさでもこらえる風に、くすくすと続けた。
「原初神様が手ずからブラッシングしてくれる、あの子たちの至福の時間なのぉ。
早く帰った順にしてもらえるから、あの通り必死よぉ」
「魔女……っ」
「はぁい、リクホくぅん」
陸歩に切っ先を向けられると、さすがに立ち止まる。どころかピョンと一歩下がった。もはやこの青年は舐めて不用意に近づける相手ではないと、きちんと用心している証だ。
ただし、喜ばしげな態度は、そのまま。
「イグナちゃん、キアちゃん、アインさんも。いらっしゃーい。
待ってたのよぉ。遊びに来てくれて嬉しいわぁ。遠かったでしょ?」
あんまり白々しく、陸歩の表情が歪む。
「どうして、オレたちが来るって分かった」
「うちにはほら、時間を自在に行き来できる子がいるじゃない? 未来の彼が教えてくれたのぉ」
カナのことか。
奴が事後から事前に、陸歩たちが突入してくると警告した……。
しかし腑に落ちない。
もし本当にそんなことが可能なら、そもそも魔女とその一味は時間と因果を意のままにし、今以上に手出し不能の存在にだってなれているはず。
何らかの制限がカナの能力にはあるのか、今回は特別なのか……。
考えてばかりもいられない。
「貴方たちはぁ、賓客だからぁ、」
二度、魔女は両掌を打ち鳴らす。
すると左右の傍らに扉が生え、重々しくゆっくりと、開いた。
現れるは二人の高弟。
「あたしたち≪神魔の目隠組≫がお相手するわっ!」
ババン、と三人で戦隊よろしくポーズを決める。
「…………」
「なんだそのノリ」
陸歩の思うところはアインがずばりと代弁した。
が、ふざけた態度はともかく、侮れない。
高弟の一人は、あのメディオだ。それも眼帯を巻きつけている――つまり人形ではなく彼本人。
「やぁやぁみんな」などと気安く微笑んでくるが。
その技術力が今、本気で敵に回るのなら、どれほどの手強いか。
もう一人の男は、陸歩は初対面である。
これまた魔女・メディオ同様に眼帯をした、着流しに草履という身形。
得物なのか、まさか格好だけか、三味線を構えていて……撥を持ったその右手だけで陸歩は悟った。
こいつ、剣士だ。
それも『剣林』クヤナギに祀られていてもおかしくないレベルの。
手勢の中でも、突出した実力の二人が出張ってきたと見ていい。
しかも、魔女自らもまた、参戦するつもりだ。
こんな連中、三人も同時に相対したくはなかったが。
「予期出来てたんなら仲間全員、集めておけばよかったものを」
陸歩はせめて強がりを口にする。
肩を竦める魔女。
「それじゃあ楽しくないじゃなぁい。数ですり潰すような真似は無粋だものぉ。
……つまらないと、原初神様に思われるわけにはいかないの。あの方にはあたしを面白がっててもらわないと」
「へっ。小間使いも大変なんだな」
「えぇ。
だから、試合は人数を合わせる方向で、よっろしくぅ」
「――――」
不意に、キアシアの背後で影が持ち上がった。
飛び出したのはオルトであり、彼女を後ろからがっちりと抱きすくめると。
「ごめんね」
「んむっ!」
キアシアの口元を掌で覆い、あっという間に影の中へと連れ込む。
「っキアシアさん!」
あまりにもすんなりと攫われてしまい、最も傍にいたイグナは自責から総毛立った。
「これで3対3になったわねぇ」
「よくもっ!」
「心配しなくてもぉ、キアちゃんはゲストルームにお招きしただけよぉ。ガチった戦闘にあの娘を巻き込むのも嫌でしょう?
キアちゃんには、こっちの希望者とお茶しててもらうわぁ」
さぁ、と魔女が素人丸出しのデタラメな拳法で構えた。
両サイドの高弟二人も、似たり寄ったりに、またババンと。
「存分に血で血を洗おうじゃあないの。
もしもリクホくんが勝ったら、原初神様を好きにすればいい。
あたしが勝ったら――世界を好きに、させてもらうからぁ!」
「っ!」
猛然と肉薄してくる魔の者ども。
陸歩は、極彩色の翼を広げ、全身から炎を炸裂させる――




