起:起 ≪龍化≫
どうやら魔女の高弟たちはそれぞれ、自前で居やアトリエを構えていて、生活はそちらに置いているらしい。
彼らは普段は方々を飛び回り、与えられた悪事――暗殺やら闇取引やら情報操作やら人心の誘惑やら――をこなしているか、自らの力を高める修業や研究に精を出しているか。
各々で役割が明確に独立していて、高弟同士の横のつながりは、かねてから聞いていた通り非常に薄い。顔を合わせたとき以外には連絡を取るということもまずしない。
月面アジトへの登城頻度は、招集がなければ、報告や相談のために週一度か二度。しかも茶を飲みに立ち寄るくらいの短時間。
アジトで暮らしているのは魔女と那由多とフェズのみ。他には、ライヤとリャルカは二日に一度は参上する。
通常の日なら高弟は揃っても四人ほど。それ以上が同時に集まることは稀。
魔女の根城の内部構造には高弟にも不透明な箇所が多々あり、一部は常に変容しているのではと思われる。
が、魔女のラボは地下。そして那由多の私室が四階部分にあることは確定。
――以上がクランシュに仕込んだビーコンから、イグナが知り得た情報だった。
さらに注意深く盗聴を続けた結果……ついに彼女は今日、「好機到来です」と頷く。
「フェズがリャルカと共に、任務に発ちました。
ライヤは長期の出張から戻っていません。
ユーリーとクランシュもそろそろ帰宅すると言っています。
今ならば、月面の隠れ家には、魔女と原初神の二人のみと思われます」
「よし――いくぞ」
庭に出て土に正座し陽光を浴びていた陸歩は、研ぎ澄ました集中をそのまま愛刀を手に立ち上がる。
部屋に戻れば、すでに準備は万端に整えてある。
敵の本陣が手薄になるタイミングを待ち始めて約二週間、今ようやく辛抱が実を結んだ。
中身を厳選し、身動きを優先したポーチ。黒く分厚いコート。それらをただちに身に着けて支度は完了。
玄関前に、同じ格好になった仲間たちが続々と。
「アイン」
「おう。ようやくだな」
羅刹が拳を鳴らし、戦いへの期待で凄絶に嗤う。
「……キアシア」
「行くよ。……うん、あたしも行く」
彼女もまた戦装束。
腰に吊った拳銃は、魔眼を込めた二丁の他に、実弾の装填された二丁。
果たしてそれはあの化生どもを相手に、十分な火力足り得るか……。
いや……、と陸歩は思考を打ち切った。
話し合いは済んでいる。キアシアはとっくに覚悟を決めているのだ。
「イグナ」
「はい、リクホ様。
――現時刻より作戦行動を開始します」
燦然と太陽が輝く昼日中、見上げれば雲一つない青空があり、月は見えない。
言うまでもないが、そこに向かうとなれば一筋縄ではいかず、まずは扉の樹を用いる。
エァレンティア大陸、駅街のホーキードーンに出た。
そこから東へ向かい、山中へ分け入り、可能なかぎり深くまで潜っていく。
キアシアは体力を温存させるために陸歩がおぶって、イグナ・アインと縦列を組んで矢の速度で木々の間を駆け抜け……。
やがて、もう十分と立ち止まった地点は人里からずいぶん離れて鬱蒼とし、周囲には微かに獣の気配するのみで、誰の目もあるまい。
もっとも、これ以上は見られたとて、陸歩も割り切るつもりだ。
イグナを無言のまま見つめれば、彼女も主の視線に頷く。
そして襟元を緩め、胸の鍵穴、埋め込まれた錠前を露出させた。
「どうぞ」
「Order,Code:Demi-God……!」
陸歩は左腕の一振りで、篭手の掌からチェーンに繋がれた目当ての鍵を出す。
これぞ、レドラムダ女帝お抱えの芸術集団が、流星龍の化石より形作りし、神秘の鍵。
神の領域に至るため用意された、人間の感性と技巧の粋だった。
そこに込められた、おびただしいほどの苦心と病的なまでのこだわりと、何より美に対し払われた尊敬の念を……イグナは、突き立てられた胸中にたっぷりと感じ、高らかに謳う。
【key:Meteor Dragon を認証。
Code:Demi-God を受諾。
ライブラリ参照。神域照会。
パターン検索…解釈実行…最適を抽出…表現プランを構築…】
少女の小柄が解れ、光の束と化し、見る間に膨張した。
陸歩やキアシア、アインの身の丈も超えて、なお大きくなっていく。
そのシルエットは人の丸みから、もっと硬く、もっと長く、もっと鋭く。
ついに四枚羽までもが背中へ現れた。
【当機はこれより、偽神体化を実行します。
I vow eternal love.】
「――ッ!」
ひときわ激しく輝き、皆の目を一瞬焼くと。
再び視界が戻ったとき、そこには一頭の龍が、雄々しく佇んでいる。
古の絶対者、流星龍の生き写しである。
全身のいずれも完璧な流線型。
鱗は光を反射し淡く眩しく、何色と言い難いが、オレンジに縁取られた白とでも言おうか。夜空に煌めく星の色だ。
頭部は前後に尖り、猛禽に似て、嘴はきっとどんな城塞をも穿つ。
飛行で風を切り続けたためか、角が後方へと撫でつけられたように寝ていた。
首はすらりとし、胴体は屈強。尻尾はそれらのさらに倍の長さを誇り、小さく尾ひれが備わっている。
後ろ足は太く筋肉の塊で、反面、前足は小さい。地につくこと、物を持つことを想定した作りではなく、空気抵抗を避けるべく退化の過程にある腕だ。
何よりも、翼。
鍵が完成してまずこの偽神体化を試したから、目の当たりにするのはこれで二度目となるが。陸歩はため息をつかずにいられない。
あまりにも美しい。
イグナの背には、たっぷりの羽毛に覆われた、極彩色の翼。
骨格から予測される本来の流星龍は、翼竜やコウモリ等に似た羽を持つはずだが。これは恐らくは、彼女に通った神威の作用か。
「――では、みなさま。参りましょう」
龍の喉で、イグナが告げる。
野性を濃く滲ませる姿となりながら、仲間たちを見下ろす双眸は彼女のままで、理知をはっきりと湛えていた。
精巧に出来ているが彼女は機械であり、腹部が展開。コックピットを晒す。
搭乗用の梯子が下りる。
「いざ、大いなる空へ……!」




