承 ≪帰宅≫
朝一から日没まで、たっぷり動かした身体は心地よい疲労感を帯びている。
……のは陸歩だけで、キアシアのほうはもうだいぶヘトヘトだ。
明日は何か理由をつけて彼女を先に上がらせるべきか。
「……はぁ……ふぅ」
「キア。ほら」
「え? ……大丈夫、平気」
「遠慮すんなって」
いささか強引にツルハシやらを引き取る。
二人分の荷物を肩に下げても、このくらい、陸歩には何てことはない。
岩だらけの谷を、他の発掘隊に続いてゾロゾロと下り、やがて商店街まで辿り着いた。
順番を待って扉の樹を潜って、ゼポへ。
ここまで戻ってくればあと一息。
周囲の家々には暖かな家庭の火が灯り、夕餉の香りが漂ってくる。
なにか……無性に、寂しくなるような、いや、恋しくなると言ったほうが正しいか。
そういえば、帰路なんて本当に久しぶりだと、陸歩はそっと息を吐いた。
真新しい我が家の門を通り、未だ殺風景な庭を横目に、玄関扉へ鍵を挿せば。
「――お帰りなさいませ」
ドアを開けた途端、スリッパの足音をパタパタとさせて、出迎えてくれるイグナ。
その微笑の可憐なことよ。
部屋着にエプロンという彼女の姿は、こう、大変にクるものがあり、陸歩にはこの世の楽園はここかと思われる。
「ただい、」
「たぁっだいまぁイグナぁ!」
キアシアはさらに堪らなかったようだ。
分厚いブーツを無理やり脱いで、次の瞬間にはイグナに抱き着いていた。
「あぁキアシアさん。エプロンが湿っていますので」
「うぅん……っ!
……あ、てか、あたしこそ汚れてたね。ごめんつい」
「いいえ。
お風呂、湧いていますよ。ご飯もじきに出来ますが。
どちらになさいますか?」
陸歩は思わず「あっずるい」などと声を上げかける。なんだその二択、男の理想のやつではないか。
振り返ったキアシアの上目遣い。その意図を察して頷いてやれば、彼女は「先にお風呂いただくね!」と元気よく階段を駆け上がっていった。私室で支度するのだろう。
イグナは主に向き直り、照れたような微笑み。
「お帰りなさいませ、リクホ様」
「あ、うん。ただいま」
「お荷物をお預かりします」
「あぁいいよ、砂っぽいから。今晩も天気いいだろ? 外に置いとく」
「では、洗い物だけ回収させていただきますね」
テキパキとリュックから使用済みのタオル、空の弁当箱と水筒が取り出された。
口調はともかく、これではどちらかといえば母親のようである。
「淹れたばかりのお茶が用意してあります。どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとう」
「ただし。まずは手を洗いますよう」
いよいよ御母。
洗面所を経由してから、リビングに入れば、暖炉の炎が暖かい。
食卓にはティーセットや水差しとともに皿が並び、いつでも料理を出せる状態だ。
そんなテーブルでは先にアインが寛いでいて、陸歩に対して一瞥もせずに「よう」とだけ言う。
「うっす。
……アインそれ、拾ってきたのか?」
「おう。まぁな」
返事もほとんど上の空。
何に羅刹がそれほど夢中になっているかといえば、彼が手の中でこねくり回しているのは、キューブ型の立体パズルだ。
各面の色を揃えるべく、カチャカチャしきりに捻っている。
本当ならカラフルに光ったり、ダウンロードした音楽が流れたり、完成までのタイムが計測されたりする玩具なのだが。その辺は例にもれず故障しているようで、何ら反応していない。
「その様子じゃ、目的のブツは、まだ見つかってないわけね……」
「まぁ芳しくはねぇな」
ひとまず二面が染まったところでアインはキューブを置き、ようやく陸歩と目を合わせた。
「乗り物ならいくつか出てきはしたがよ、車輪が二個とか四個とかのやつで、ヒコーキってのはなかったぜ」
「そうか……」
別行動中の彼とイグナはこの数日間ヨルドンドに通っていて、ガラクタの中に飛行機が埋もれていないか、探し続けている。
前に多脚戦車が掘り出されたこともあったから、もしかしたらと思ったのだが。陸歩たちの世界でも航空マシンはざらにある代物でなく、難しいかもしれない。
やはり本命は、エイルレイドメント。
「そっちはどうだ」とアインが首を傾げたので、陸歩は肩を竦めた。
ポケットから握り拳ほどの石を出す。
「じゃじゃーん」
「……なんだそりゃ」
「化石だよ、龍の」
「マジかっ」
受け取ったアインは、矯めつ眇めつ、
「……、……これがぁ?」
その感想も無理はない。
削り出せばまた違うのかもしれないが、岩石に砂利が挟まっている、くらいのものだ。
骨格には程遠く、近くにいたプロに指摘されるまで陸歩とキアシアだって、それが龍のパーツとは気付かなかった。
「歯らしいよ。ワームってやつの。
あー、洞窟に住んでた、蛇みたいに長い身体したタイプの龍だって」
「それは……飛べんのか?」
「目と羽と後ろ足は退化して、這って生活してたんだと」
「ダメじゃねぇかよ」
「ダメだねぇ」
ため息。
アインも「なんだよ」とぼやき、再びキューブを手に取る。
飛行機。あるいは飛龍の骨。
いま陸歩たちは、そのいずれかを求めている。
月へ行くためだ。
神器であれば、天に昇っても罰を回避し得る。
そこでさらに気付いたのは、イグナの胸に埋まった錠前の存在だった。
あれは原初神たる那由多が創り出したものであり、偽神体を構築する力を持つ、間違いなく神器に該当するマジックアイテムである。
錠前によって変形したイグナならば、雷に打たれず空の上まできっと出られる。
となると必要なのは、鍵。
イグナを飛空の偽神体とする鍵。
しかし……街の鍵では叶うまい。何しろ『空を侵す』は共通のタブーなのだ。それをあえて体現している都市など存在するものか。
ならば、ついこの前の、勇者との一件を思い出すべきだ。
鍵の代わりに聖剣によって、姿を変えたイグナを。
飛行機のキー。
飛龍の骨から作った鍵。
そのいずれかがあれば。
……そのいずれも、現状、目処すら立っていないわけだが。
「もう金で解決すりゃいいんじゃねぇの。買っちまえば?」
アインの態度の投げやりなこと。
「そりゃあ、それが出来るなら、そうしてるさ」
何しろ龍骨は、市場に出回るものではまさかなく、希少品ゆえ入手ルートが限られる。コネも要る。
アウゼンナハルのナルメルク商会にも問い合わせたのだ。
返答は「入荷未定」。
確保した在庫は予約待ちの客に順次配送されるらしいが、三年前から待っている人もいるとなったら、こちらの番になるのはいつになるか。当てには出来ない。
博物館……売らないだろう。
学にこそ価値を見る人たちを、金で転ばせるのはさぞ難しい。
好事家……売らないだろう。
そもそも財産を持っている連中、自身のコレクションを手放したりはしまい。
魔術師や魔具師……売らないだろう。
術の材料にようやく手に入れた念願の龍骨を、譲ってくれるとは考えられない。
そんなことはアインもとっくに分かっているだろうに。
だが羅刹は、チッチッチッと舌を打つ。
「だからよ。博物館とか、丸ごと買えば?」
「……は?」
「女帝様あたりにおねだりすれば、何とかしてくれんじゃねぇの?」
「…………」
なるほど、館長なりオーナーなりに収まって、展示品を自由に……。
その発想はさすがになく、一考しかけるが。
陸歩はすぐに、いやいや、と改めた。
「いくらなんでも横暴だろそれは。ダメだって」
とはいえ、頭の片隅には留めておく。
出来ることなら嫌だが……なりふり構っていられなくなったら、そのときは……。




