起 ≪手記≫
手記No.51:『古龍の谷』エイルレイドメント
―― 旗の月/中目の曜 ――
800年ほど前までは、空の覇者といえば龍だった。
いや、龍たちが制したのは空だけじゃない。
絶対の強者、捕食者として、この世の生態系の頂点に君臨していたんだ。
だけど現存する個体はもういない……と言われている。
今も各地でたびたび目撃証言がされるが、その真偽はいずれも不明で、UFOのようなものだ。
この世界には手つかずの地がまだいくらでもあり、龍たちはヒトから逃れて大自然に潜んでいる、と主張する学者もいるようだけど。
巨大生物がここまで完璧に隠れられるとも思えないから、現実的に考えて、まぁ、絶滅しちゃったんだろうね。
博物館に行けば化石を見ることができる。
スケールはちょうど恐竜だな。
意外にも種類が多い。
翼龍を筆頭に、火龍、黒龍、蛇龍、甲龍など。
水棲の海龍や、野を駆けた獣龍も……これだけバリエーションのある生き物が、一様に滅びたってのはどういうわけだ?
絶滅の原因は諸説ありあり。
大規模な気候変動があった、とか。
重力に変化が生じたが躰が大きすぎたために適応できなかった、とか。
龍にのみ伝染する病気の蔓延、とか。
中でもとりわけ主流な説は、神が地上からいなくなったため、とされている。
伴って空気中から神威が薄れたせいで、龍は衰弱し、やがて滅びた。
化石や地層を調べると、検出される魔力量がどうのってのが根拠らしいけど、ここでは一旦割愛。
さて、エイルレイドメント。
ピオレオ大陸のさる山間にあるこの街は、化石発掘の聖地だ。
理由は定かでないがその昔、様々な龍が集まってきていたようで、多種多様な骨が出土する。
一度ブームがあって散々取り尽くされたため、今は以前のようにツルハシを入れれば何らかが見つかる、というほど溢れてはいないものの、それでも根気があればまだ十分に探せるようだ。
あちこちで地殻が隆起して、古の層が壁のようにそそり立っている。
その縞模様の見事なこと。
周囲の山林はともかく、谷は岩石ばかりだが、それでも目には鮮やかだ。
季節は春先になるわけだが、空気はしんと冷たい。
ついでに突風が頻繁に吹くので、防寒の他にゴーグルとマスクは必須だ。飛んできた小石で怪我したら大事だから。
ここら一帯が丸ごとエイルレイドメント、ということにはなっているが、人里はごく小さい。
谷の入口に扉の樹と共に、わずかに建物があり、それらの大半は商店だ。
定住者も50人いないとか。
つまり、この街はどちらかといえば、駅に近い。
けれども閑散としているかといえば、そんなことは決してない。
龍の化石を求めて日々発掘者が隊で訪れるし、それら相手の商売人もやってくる。
軽食や飲み物を満載した巨大なリュックを背負って行き来する販売員、っていうのは、カートも屋台も適さないエイルレイドメントならではの光景かも。
そうしていざ発掘、と思っても、勝手に掘るのはご法度だ。
過去に色々と揉め事があったようで、今ではルールが思いのほかキッチリしている。
採掘を始めていい時間、終わる時間、どちらも厳格。
泊まり込みなんてしようものなら即刻逮捕。
誰が何人で掘るかも明らかにしておかなければならない。
使用する道具にも、環境保全の観点から制限がある。
また掘る場所も、管理者への申請が要る。
エイルレイドメントはここに料金を設定していて、範囲と期間に応じて金がかかるんだ。
街の収入はそれでほぼ100%らしい。
なお、発見したものは全て発掘者の取り分となるから、この場所選びの時点から勝負は始まっているわけ。
なんでみんなそんなにまでして龍の化石が欲しいのかって話をしておくと、ロマンがあるし研究材料にもなるし……一番は高価だから。
まず美術品として大変喜ばれる。
もしも完全な骨格でも見つかろうものなら、市場価値は計り知れない。『龍一頭で蔵が建つ』とも言うくらいだ。
部分的な化石でも、装飾品に用いられるなど、貴金属と同じ感覚で良い値が付く。
薬の材料にも珍重される。
龍骨の煎じ薬は古来より魔力回復の効能があるとされ、高名な賢者や時の権力者たちも愛飲していたとか。
実際のとこ、飲んでも別に自分の魔力が増したりはしないんだけど、滋養強壮には確かに効く様子。
魔術の触媒として最高級。
魔具の素材という使い道もあり、通常よりも倍以上強力なアイテムが作成可能だと聞いた。
刀身の鉄に混ぜるだけでもその剣は、魔剣と化すというじゃないか。
うむ、掘る気も湧いてくると言うものだ。
しかし……オレたちはいかんせん素人。
さらに今はキアシアと二人だけだ。
発掘場所の選定はイグナに任せたから信用できるものの。
こう……掘っても掘ってもなかなか収穫がなく……どうにも不安になってくるね。
かといって、あまり強引にガッといくと、せっかくの化石を傷つけかねないし。
仕方ない。
これも精神修養の一環と思って、無心で取り組むか。
掘るべし。
掘るべし。




