裏 ≪採集≫
旧市街に、観光に来た女子二人組。
道にゴロゴロと転がる石くれに、いま片方がつまずいて転んだ。
「ったぁ……っ!」
「ちょっと、大丈夫!?」
「う、うん……」
砂利の上についた膝が擦り剝け、血が伝う。
その様子を通りすがりの青年が見て、すぐさま駆け寄った。
「失礼、お嬢さんがた。
……あぁ、可哀想に、痛そうだ」
近づいてきた彼……これが、神に祝福されたのかと思われるほどの美形だ。
そんな見目麗しい青年が心配してきたものだから、少女たちは束の間言葉に詰まり、転んだほうが慌てて答える。
「ごめんなさい、全然、いえ大したことないですから。ごめんなさい……」
わけもなく謝る彼女に、彼は柔らかく微笑んだ。
「手当てしましょう。
……お節介をお許しいただけますか?」
「は、はい……」
「ではどうぞ、そちらに」
1000年昔は柱だったのだろうその岩は、今は根元近くが残るのみで、風化も進んでさながら滑らかなテーブル。
怪我した少女をそこへ座らせ、青年は、彼女の友人も見守る中、肩に掛けた荷物を探る。
取り出したボトル。その側面には聖印が刻まれ、なるほど彼は宗教関係者かと女子たちは腑に落ちた。
道理で、親切だこと。
恐らく中身は聖水で、彼はそれで「清潔ですので」と前置きしたハンカチを洗い、少女の膝にそっと当てる。
「っ、」
「すみません。沁みましたか」
「いえっ。大丈夫です」
そうして血と汚れを落とした傷に、青年がこれまた荷物から出した軟膏を塗り、大袈裟なくらい丁寧に包帯を巻きつけた。
「ひとまずはこれで。
痛むようならすぐにお医者さまに行ってくださいね」
「あ、ありがとうございますっ」
「本当に、何から何まで……えっと、」
「申し遅れました、僕はユノハ。回路神の信徒です」
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女子たちが「ぜひお礼をさせてほしい」と言うのを、ユノハは固辞する。
「当然のことをしたまでですので」
「でも、私のせいでハンカチを汚してしまいましたし」
「せめてお茶でも」
「うーん……ご一緒したいのは山々なのですが。
実はここには、仕事で来てまして。片付けなければならない案件があるんです」
「そう、ですか……」
「じゃあじゃあ! お仕事の後、夕食とかならどうですか!?」
「ちょ、ちょっと」
「いいじゃん旅の恥は掻き捨てって言うじゃん……っ!」
こそこそと言い合う女子二人に、苦笑を漏らすユノハ。
「では、後ほど、夕食なら」
「ほんとですかっ」
「やった! ありがとうございますっ」
はしゃいだ彼女たちは彼の手を握り、「きっとですよ!」と念を押す。
やはり旅先では開放的になるものなのか。年頃の女子が男にさしたる警戒もなく、自分たちの宿を告げてホクホクと新市街のほうへ戻っていった。
それが見えなくなるまで、微笑みながら手を振っていたユノハは。
「…………」
一転して表情を消し、鼻から深く息を吐く。
今の人助けは、別に、定められた手順ではなかった。
だからこそしたのだが。
それがその場限りでなく、晩の予定までつながったのは、回路神の神託者としてはあまり上手くなかったかもしれない。
関係が未来方向へ奥行きを持つことになると、何か手順に波及する可能性も。
ロッドルセンの旧市街を、中央へ向かって進む。
他にも観光客が三々五々と行き交っており、それなりの賑わいだ。
やがて路傍に朽ちかけの壁画があって、ユノハは立ち止まってしばし眺める。
「…………」
「――たまには、よろしいかと」
「…………」
隣に立った、これまた優男が涼やかな声音で言う。
それを聞いたユノハは鼻を鳴らし、一瞥もくれずに遺跡の先へと進んだ。
後に従ってカナが続ける。
「さっきの二人が何か重要な運命に絡んでくることはないでしょう。
一晩くらい羽目を外されても、将来の瑕疵にはなりませんよ」
「驚いたな、この僕に運命について講釈かい」
「失礼いたしました」
「……そもそも僕はね、誘われるより誘うほうが好きなの」
旧市街には順路がれっきとしてあって、それ以外へは迷い込まないよう、立入禁止の札が細かく張り巡らされている。
だがユノハは、そのうちの一つをするりと潜り、ひっそりとした路地へ踏み込んだ。
カナも平然と追う。
「ジュンナイリクホたちは、月に行く手段に届きつつありますね」
「……。彼ら、今どこに?」
「昨日この街を発ち、現在はジンゼンのようです」
そう、とユノハはまるで興味がなさそうに言い、目的の場所へ着く。
こじんまりとした広場である。
観光に来た人間に見せる装いではなく、地元民の作業場らしく、煉瓦ほどのサイズの石材がいくつも詰まれていた。
これらはより小さく砕かれた後、土産物屋に卸され、『階の破片』として店頭に並ぶのだ。
が、実はほぼ全部が他所産。その仕入れの際に破損が出て、補填のために混ぜられたごく一部だけが、真にこの遺跡由来の石である。
その山を見つめたユノハは、やがてカナに横目をやった。
「じゃあ、探してくれる」
「畏まりました」
主に命ぜられるまま、彼は石材をせっせとどかし始めた。
それなり以上の重労働であり、すぐに汗が滴る。
作業を傍観するユノハは、自分だけボトルの水を飲んでいるが……使い魔であるカナは、お待たせして悪いなとは思っても、反感の一つもない。
ただ、
「……申し訳、ありませんっ、導師」
「なに、もうへばったの」
「いえ。そうでは、なくっ。
……本来なら、ジュンナイリクホが月へ行く前に、もう一人か二人、高弟が欠けていたはず」
手順の話だ。
バダムクワィンでもヨルドンドでもサアンタナスでも、高弟が彼らに接近あるいは衝突することになりはしたものの、脱落者は結局出なかった。
もう少し強引に後押しするべきだったか。
ユノハは、それこそ興味がなさそうである。
「別にいいよ。そこは、上手く噛み合えば一気に進むところなんだから」
「はいっ」
「むしろ気になるのは……ドゥジェンス……」
あの現人神が解き放たれ、好き勝手に歩き回っているほうがよほど気掛かりだ。
今は片手の封印がなされたままだから、まだしもだが……本当に自由になった日には。
人の世に、神の規模で影響し得る男を、のさばらせていいものか。
それとも逆に、物語の加速に使えるか。
「…………」
「導師っ」
「なぁに」
物思いを遮られたユノハが不機嫌そうに下顎を出す。
カナは恐縮しつつ、しかし「ご覧を」と足元を指差した。
「お見立て通り、御座いました。目的の――神代から残った石材です」
「…………」
かつて、空の青よりさらに上、黒き神域まで続かんとした、巨大な螺旋の階。
天罰により砕けた、これこそがその一欠片だった。
神威を受けた器物であり、素養ある者が目を凝らせば、薄く帯電しているのが見て取れる。
気の遠くなるような歳月と数奇極まる手順を経て、今ここにあるそれを、ユノハはしかし何の感慨もなく無造作に拾い上げた。
そしてすぐにカナへ押し付ける。
「じゃあそれは魔女に。
上手いこと言い訳して、君が見つけたってことにするんだよ」
「心得ております」
「あの女には、例の魔具にもう少し、神の属性を食わせておいてもらわないといけない」
「はい。全ては、正常なる手順のために」
「……何してんの? さっさと行きなよ」
「はっ!」
次の瞬間にはカナはいない。
どうやら時を止めてその間に走っていったようだ。
残されたユノハは息を吐き、来た道を戻る。
これからのこと、これからの手順を、吟味しながら。
まずは、そう。
約束の時間まではまだあるから、どこぞ気の利いた店でも下見しておこうか。




