表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
403/427

裏 ≪採集≫

 旧市街に、観光に来た女子二人組。

 道にゴロゴロと転がる石くれに、いま片方がつまずいて転んだ。


「ったぁ……っ!」


「ちょっと、大丈夫!?」


「う、うん……」


 砂利(じゃり)の上についた(ひざ)()()け、血が(つた)う。


 その様子を通りすがりの青年が見て、すぐさま()()った。


「失礼、お(じょう)さんがた。

 ……あぁ、可哀想(かわいそう)に、痛そうだ」


 近づいてきた彼……これが、神に祝福されたのかと思われるほどの美形だ。

 そんな見目麗(みめうるわ)しい青年が心配してきたものだから、少女たちは(つか)()言葉に()まり、転んだほうが(あわ)てて答える。


「ごめんなさい、全然、いえ(たい)したことないですから。ごめんなさい……」


 わけもなく謝る彼女に、彼は(やわ)らかく微笑(ほほえ)んだ。


手当(てあ)てしましょう。

 ……お節介(せっかい)をお許しいただけますか?」


「は、はい……」


「ではどうぞ、そちらに」


 1000年昔は柱だったのだろうその岩は、今は根元(ねもと)近くが残るのみで、風化も進んでさながら(なめ)らかなテーブル。

 怪我(けが)した少女をそこへ座らせ、青年は、彼女の友人も見守る中、肩に()けた荷物を探る。

 取り出したボトル。その側面には聖印が(きざ)まれ、なるほど彼は宗教関係者かと女子たちは()に落ちた。

 道理(どうり)で、親切だこと。


 恐らく中身は聖水で、彼はそれで「清潔(せいけつ)ですので」と前置きしたハンカチを洗い、少女の(ひざ)にそっと当てる。


「っ、」


「すみません。()みましたか」


「いえっ。大丈夫です」


 そうして血と汚れを落とした傷に、青年がこれまた荷物から出した軟膏(なんこう)()り、大袈裟(おおげさ)なくらい丁寧(ていねい)包帯(ほうたい)を巻きつけた。


「ひとまずはこれで。

 痛むようならすぐにお医者さまに行ってくださいね」


「あ、ありがとうございますっ」

「本当に、何から何まで……えっと、」


(もう)(おく)れました、僕はユノハ。回路神の信徒(しんと)です」


 >>>>>>


 女子たちが「ぜひお礼をさせてほしい」と言うのを、ユノハは固辞(こじ)する。


「当然のことをしたまでですので」


「でも、私のせいでハンカチを汚してしまいましたし」

「せめてお茶でも」


「うーん……ご一緒(いっしょ)したいのは山々なのですが。

 実はここには、仕事で来てまして。片付(かたづ)けなければならない案件があるんです」


「そう、ですか……」

「じゃあじゃあ! お仕事の(あと)、夕食とかならどうですか!?」

「ちょ、ちょっと」

「いいじゃん旅の(はじ)()()てって言うじゃん……っ!」


 こそこそと言い合う女子二人に、苦笑を()らすユノハ。


「では、(のち)ほど、夕食なら」


「ほんとですかっ」

「やった! ありがとうございますっ」


 はしゃいだ彼女たちは彼の手を(にぎ)り、「きっとですよ!」と念を押す。

 やはり旅先(たびさき)では開放的になるものなのか。年頃(としごろ)の女子が男にさしたる警戒もなく、自分たちの宿を()げてホクホクと新市街のほうへ戻っていった。


 それが見えなくなるまで、微笑(ほほえ)みながら手を()っていたユノハは。


「…………」


 一転して表情を消し、鼻から深く息を吐く。


 今の人助けは、別に、(さだ)められた手順ではなかった。

 だからこそしたのだが。

 それがその場限りでなく、(ばん)の予定までつながったのは、回路神の神託者としてはあまり上手くなかったかもしれない。

 関係が未来方向へ奥行きを持つことになると、何か手順に波及(はきゅう)する可能性も。


 ロッドルセンの旧市街を、中央へ向かって進む。

 他にも観光客が三々五々と()()っており、それなりの(にぎ)わいだ。

 やがて路傍(ろぼう)()ちかけの壁画があって、ユノハは立ち止まってしばし(なが)める。


「…………」


「――たまには、よろしいかと」


「…………」


 (となり)に立った、これまた優男(やさおとこ)(すず)やかな声音(こわね)で言う。

 それを聞いたユノハは鼻を鳴らし、一瞥(いちべつ)もくれずに遺跡の先へと進んだ。


 後に(したが)ってカナが続ける。


「さっきの二人が何か重要な運命に(から)んでくることはないでしょう。

 一晩くらい羽目(はめ)(はず)されても、将来の瑕疵(かし)にはなりませんよ」


「驚いたな、この僕に運命について講釈(こうしゃく)かい」


「失礼いたしました」


「……そもそも僕はね、誘われるより誘うほうが好きなの」


 旧市街には順路がれっきとしてあって、それ以外へは迷い込まないよう、立入禁止の札が細かく()(めぐ)らされている。

 だがユノハは、そのうちの一つをするりと(くぐ)り、ひっそりとした路地(ろじ)へ踏み込んだ。

 カナも平然と追う。


「ジュンナイリクホたちは、月に行く手段に届きつつありますね」


「……。彼ら、今どこに?」


「昨日この街を()ち、現在はジンゼンのようです」


 そう、とユノハはまるで興味がなさそうに言い、目的の場所へ()く。


 こじんまりとした広場である。

 観光に来た人間に見せる(よそお)いではなく、地元民の作業場らしく、煉瓦(れんが)ほどのサイズの石材がいくつも()まれていた。

 これらはより小さく砕かれた後、土産物(みやげもの)屋に(おろ)され、『(きざはし)破片(はへん)』として店頭に並ぶのだ。

 が、実はほぼ全部が他所産(よそさん)。その仕入(しい)れの(さい)破損(はそん)が出て、補填(ほてん)のために()ぜられたごく一部だけが、真にこの遺跡(いせき)由来(ゆらい)の石である。

 

 その山を見つめたユノハは、やがてカナに横目をやった。


「じゃあ、(さが)してくれる」


(かしこ)まりました」


 (あるじ)(めい)ぜられるまま、彼は石材をせっせとどかし始めた。


 それなり以上の重労働であり、すぐに汗が(したた)る。

 作業を傍観(ぼうかん)するユノハは、自分だけボトルの水を飲んでいるが……使い魔であるカナは、お待たせして悪いなとは思っても、反感の一つもない。


 ただ、


「……申し訳、ありませんっ、導師(マスター)


「なに、もうへばったの」


「いえ。そうでは、なくっ。

 ……本来なら、ジュンナイリクホが月へ行く前に、もう一人か二人、高弟が()けていたはず」


 手順の話だ。

 バダムクワィンでもヨルドンドでもサアンタナスでも、高弟が彼らに接近あるいは衝突(しょうとつ)することになりはしたものの、脱落者は結局出なかった。

 もう少し強引に後押しするべきだったか。


 ユノハは、それこそ興味がなさそうである。


「別にいいよ。そこは、上手く()()えば一気に進むところなんだから」


「はいっ」


「むしろ気になるのは……ドゥジェンス……」


 あの現人神(あらひとがみ)が解き放たれ、好き勝手に歩き回っているほうがよほど気掛(きが)かりだ。

 今は片手の封印がなされたままだから、まだしもだが……本当に自由になった日には。

 人の世に、神の規模で影響し()る男を、のさばらせていいものか。

 それとも逆に、物語の加速に使えるか。


「…………」


導師(マスター)っ」


「なぁに」


 物思いを(さえぎ)られたユノハが不機嫌そうに下顎(したあご)を出す。

 カナは恐縮しつつ、しかし「ご(らん)を」と足元を指差(ゆびさ)した。


「お見立て通り、御座(ござ)いました。目的の――神代(かみよ)から残った石材です」


「…………」


 かつて、空の青よりさらに上、黒き神域(しんいき)まで続かんとした、巨大な螺旋(らせん)(きざはし)

 天罰により砕けた、これこそがその一欠片(ひとかけら)だった。

 神威を受けた器物(きぶつ)であり、素養ある者が目を()らせば、薄く帯電(たいでん)しているのが見て取れる。


 気の遠くなるような歳月と数奇(すうき)(きわ)まる手順を経て、今ここにあるそれを、ユノハはしかし何の感慨(かんがい)もなく無造作に拾い上げた。

 そしてすぐにカナへ押し付ける。


「じゃあそれは魔女に。

 上手いこと()(わけ)して、君が見つけたってことにするんだよ」


心得(こころえ)ております」


「あの女には、例の魔具にもう少し、神の属性を食わせておいてもらわないといけない」


「はい。全ては、正常なる手順のために」


「……何してんの? さっさと行きなよ」


「はっ!」


 次の瞬間にはカナはいない。

 どうやら時を止めてその間に走っていったようだ。


 残されたユノハは息を吐き、来た道を戻る。

 これからのこと、これからの手順を、吟味(ぎんみ)しながら。


 まずは、そう。

 約束の時間まではまだあるから、どこぞ気の()いた店でも下見(したみ)しておこうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ