破:急 ≪集結≫
「リクホ! リクホ!」
「フェズお前、なんで……っていうか、どうやって!?」
循内陸歩。
フェズフェルライト・カンブラル。
両者は依然、復讐の因果にて結ばれている。
互いは互いに、漠然と存在を感知でき、同じ街にいればそれと察せられる。
なのに、今はどうか。
少女が目の前に現れて飛びついてくるまで、陸歩はまるで気付かなかった。
ふっふーん、とフェズは腰に手を当て胸を張る。
「精神修養の成果だよ。殺意を隠せるようになったんだー」
「っへー、それで忍び寄ってきたのか」
「これでもうリクホの寝首だって掻けるもんね!
すごいでしょっ? ねぇすごい?」
「おぉ、すげぇすげぇ」
陸歩が歯を見せて笑い、胴に抱き着いたままのフェズの頭をワシャワシャ撫でると、彼女も同じく相好を崩した。
二人の態度は睦まじく、例えるなら久しぶりに会った従兄妹かなにか。会話の物騒さとは全くちぐはぐで、キアシアもイグナもアインも、なんとも生温い表情だった。
だが当人たちはちっとも気にしない。
「ねぇねぇ見てこれも見て!」
「鍵?」
「そ! あたしの新しい力! 三本も!」
「ははっ、強くなってんだな」
「すごい!?」
「めっちゃすげぇよ。あぁ背も伸びてるしな。感心した。
……で? どうやってってのは分かったけど。じゃあ、フェズ、なんでここに?」
極力、平静を装って陸歩は訊ねる。とぼけていると言ってもいい。
このタイミングでフェズが、魔女の手の者がやって来る用事なんて、分かり切っている。
陸歩たちがサアンタナスに寄ったのは、キアシアの体調不良と神様のお告げが理由だ。
だがそもそもムワブ大陸を訪れたのは、この先の街ロッドルセンに用があるからだった。
かつて古代の人々が、空の青より高い場所、黒き神域まで届く塔を建てようと試みた地、ロッドルセン。
ゆえに神罰を下され、瓦礫の山となったロッドルセン。
ユーリーとともに帰したクランシュに、仕込んだビーコンがある。
あれによってイグナは既に、月面にあるという魔女のアジト、その内部を探り果せているのだ。
今はそこを強襲する算段を立てていて、参考のためにロッドルセンを目指した次第である。
そんなところへ、このタイミングでフェズが、魔女の手の者が、やって来たということは。
敵方も陸歩がアジトの位置に気付いたことに、気付いたか。
しかし、「多分リクホと同じ」とニヤリと言うフェズからして、どうやら違う。
「ご高名な勇者様ってのに、ちょっかい出しにねー」
「勇者に?」
首を傾げる陸歩に、フェズも怪訝になった。
「うん? うん、この街にいるらしいよ。知らない?
噂になってるんだ。勇者が今度はサアンタナスの怪異に挑むーって」
そうか噂になっているのか、と陸歩は思う。
これで偽物ども――あそこで伸びてる三人とか――が集まった訳が少しわかった。
テオも迂闊なことだ、自分の知名度を意識せずに行き先を漏らすなんて。
「――フェズ、フェズっ。あぁやっと追いついた」
駆けてきたのは一体誰か、それこそフェズの兄。……もちろんそんなはずはないが。
赤髪の大人しそうな青年だ。
襟付きのシャツを一番上のボタンまで留めて、裾も仕舞い、実に優等生然として生真面目そう。
ズボンもベルトも靴もきちんとして、ネクタイに鶏のシルエットが入っているのが唯一の遊び心だ。
左手に魔花のレリーフが施された篭手は、魔女の高弟の証に他ならない。
「先走らないでフェズ。あぁもう……オキタも置いてきちゃったし……。
魔女様が必ず三人チームで動けって仰っただろ」
「え――はぁっ!?」
ハの字眉で言う彼に、フェズが答えるより先になぜかキアシアが声を上げた。
驚きのあまり、口をぱくぱく。
「ちょ、えぇっ? まっ、うっそ……オルトぉ!?」
「は、オルトだぁ?」
陸歩も改めて青年を見る。
……確かに、言われてみればオルト、に似てなくもない。
けれどその髪型は、トレードマークの鶏冠はどうした。
眉だってある。以前は剃って、刺青を代わりにしていたのに。
格好も、特攻服からどういう衣替えだ。
柔和な態度はどうしたことだ。
口調、どうした。
「どうも、こんにちは。キアシア。リクホも。その節はどうも」
「いや、えぇ……なによ……イメチェン?」
「馬子にも衣装ってもやり過ぎだろ。もう別人じゃん」
前回とは180度様相が変わった好青年に、もはやドン引きの二人。
オルトは恥ずかしそうに苦笑いを浮かべて言った。
「まぁ、文字通り生まれ変わったから」
>>>>>>
つまり、これはテオの物語だ。
これは勇者テオニシウスのエピソードなのだ。
全てが判明して、陸歩はそう悟らざるを得ない。
この一連の何もかもがテオを誘い出し、討ち取るための計略。
木の根に擬態してドアに寄生し、異変の原因となっていた魔性の芋虫も。
それが羽化し、街の蝶に混じっていた、鱗粉で人心を惑わす蛾も。
サアンタナスに勇者が訪れると噂を流したのも。
全部テオと因縁の深い魔人が仕掛けた罠だったのだ。
ついに扉の樹に巣食った巨大蛹から姿を現した、女王蛾。
それを従えた悪の魔人は、勇者の仲間一人を人質に取り、街の人々の意識を操り、笑い声を上げている。
マントを脱ぎ捨てたテオが、佩びた聖剣の柄に手をかけ、勇ましく叫んだ。
「――リーナを離せ! 街の人を解放しろ!」
「テオ様! あたしに構わず、こいつを――」
これはテオの物語。
きっと原初神、ナユねぇが考えた、勇者のエピソード。
おそらくこの事件は、テオが解決するのだろう。
彼と彼の仲間、彼の敵とで丁丁発止があって、紆余曲折があって、終息があってまた次の物語の導入があるのだろう。
だから陸歩は、いないほうが筋として正しい。
テオが街に来て、テオが事を解き明かし、テオが敵を下す。全てテオがすべきだったのだ。
この話にとって、この世界にとって、循内陸歩は異物でしかないのだから。
そのことを陸歩は、肌で感じつつ。
それでも自らもまた、テオの隣で、鈴剣を抜き放とうとしていた。
囁く。
「テオ。一瞬でも隙があれば、リーナを取り返せるか?」
「でも、リクホ、」
「大丈夫。街の人もオレがなんとかする」
ヒーローを助ける。なんとも美味しいポジションではないか。
ここで出しゃばって、テオの活躍すべてを食うような真似は下品で下手くそだ。
彼の動きを助け、フォローする役回りこそ花というもの。ストライカーよりパサーの妙である。
「炎が合図だ。いくぞっ。
――イグナ! Order! Code:Ignition!」




