破:破 ≪調査≫
地元民で賑わう大衆レストランで昼食を共にした後、ひとまず二手に分かれた。
互いに見られたくない手の内もあろうから、別々に調査して結果を持ち寄るのだ。
「では後ほど! お茶の時間に!」
大きく手を振りながら仲間たちを引き連れ去っていくテオに、陸歩もおずおずと掌を上げる。
彼らが角を曲がって見えなくなったところで、ため息。
「なんつーか、人懐っこいっつーか」
「キラッキラしてたわね、彼」
キアシアが感想を引き継ぐ。彼女の言う通りだ。
食事の間テオはニコニコワクワクし続けて、料理を頬張るとき以外、常に喋っていたのではないか。
ずいぶんたくさんのことを訊かれた気がする。
ずいぶんたくさんのことを聞かされた気もする。
合わせてどれだけ話しただろう。
それで結局、打ち解けたかといえば、さて。
少なくとも向こうは循内陸歩をいたく気に入ったらしい。
神託者だからか、一応でも街の人のために力を尽くそうとしているからか。
陸歩としては未だに胸襟を開き切ることが出来ず、それはテオについて、まだ最大の疑いを晴らせていないからだ。
すなわち、
「本物の勇者なのかねぇ……?」
横目で問えば、イグナが集中の片手間でも律儀にはっきりと頷く。
「可能性は十分にあり得るかと。
あの方はご自分の身の上にも触れていましたが、その際に視線や体温、挙動・態度に発汗までも、極めて正常。嘘を吐いた人間の反応ではありませんね。
とはいえ、相応の訓練を積めばそれらも誤魔化すことはできるので、あくまで参考に」
「やっぱそっかぁ……」
やっぱり本物か。
そもそも嘘をついたところでテオに得があるか。
銭目当てでない段階で、他の偽物どもとは一線を画してもいる。
けれど陸歩は、どうも腑に落ちない。
時期もよく、サアンタナスの街中に、蝶がしきりに飛び交う。
シルヴィがじゃれつこうと、飛んだり跳ねたり。そのたびに濃紺に縁取られた透明の翅が、ヒラヒラと優雅に避けて空に逃れた。
今その中には、実はイグナのワスプも相当数混じっている。
この街の万にも及ぶ扉。それらを調べるのに彼女の目は最高の能力だ。
件のドアも程なく見つかった。
作業着の人々が木箱を運び込んだり持ち出したり、要するにそこは倉庫だ。
その巨大な側面にサアンタナスらしく無数のドアが並んで、注意深く探せば、うち一つに根が生えている。
誰かが開けてしまう前に急いで駆けつけ、陸歩はイグナとキアシアと、ついでに黒猫とも額を寄せ合うようにしゃがみ込んで、まじまじと見つめた。
「これだな。話に聞いたやつ」
「根っこ……よね。うん、根っこ」
「待ってキアシアさんまだ触らないように。シルヴィも、ダメですよ」
「目を離すといつの間にか消えてんだっけか?」
「それってドアを開けて閉めた後でしょ?」
「とりあえず、一度は試しに向こう側を確認しましょうか」
立ち上がり、ノブに手をかける前に、「何かあったらトレミダムの師匠のところに集合」と決めておく。
ないとは思うが、扉に引きずり込まれたときのための念押しだ。
「じゃあ……開けるぞ」
少女二人を大袈裟なくらい下がらせ、陸歩が、開けた。
「…………」
無数の荷物積み上がる倉庫内は、そこにない。
はらはらと雪の散る薄暗い景色が目の前に。
「はぁー。
うーん……まんま扉の樹って感じだな」
慎重に、ドアの縁に手をかけて、頭だけ出してみた。愛猫も同じにしようとするから慌てて片腕で抱き上げる。
どうやらどこぞの山小屋と繋がっているようで、見回したかぎりでは周囲に人気はない。
一般人がうっかりここに迷い出てしまったら大事だったろう。
首を引っ込め、閉める。
「……イグナ、キア。まだドア見てるか?」
「はい、凝視しております」
「うん。目、離してない」
陸歩は一度彼女たちのほうを向き、それからまた扉を検めた。
根は、そこにまだある。
もう一度開けばやはり雪山。
「つまり、誰か一人でも見つめてれば、根っこは逃げないってことか」
今度はキアシアに目をつぶらせ、陸歩自身は視線を逸らす。
イグナに任意のタイミングで、まばたきをさせると。
「……根っこがない」
扉を開ければ、昼休み開けの活気ある倉庫内。
イグナが頷く。
「なるほど。これは確かに、なかなかの怪異。
――別のドアを探します。現象は大よそ確認できましたから、次で根を採取してみましょうか」
「よろしく。
……なぁアイン、お前はどう思った?」
「あん?」
待ち時間に陸歩は、アインに話を振った。
彼は如何にも興味がござらんという態度で倉庫外壁に寄りかかり、袖に隠した短刀を出したり指の間で回したり、物騒な手遊びをしている。
最近身に付けるようになったばかりの刃で、羅刹は暇さえあればこれに触れて身体に馴染ませていた。そういうところは剣士として尊敬し、見習うべきところかもしれないが。
白昼堂々、凶器を憚りもしないで取り出すのは、どうだろう。
陸歩は肩を竦める。
「テオのこと。勇者ってんなら、お前だって興味あるんじゃないのか」
言って、そうか納得がいかないのはそこかと自分でも気づいた。
もし本物の勇者なら、戦狂いのアインヴァッフェ・イリューが即座に躍りかかっていてこそ自然だ。
それに……こう言ってはなんだが、陸歩の見立てでもテオの身のこなしは、鍛えられてはいるものの達人の域では決してない。
卓越した剣士なら、ステーキを切るナイフにもその片鱗は滲むもので、だとするとテオは実に並。
数々の武勇を打ち立ててきた兵には、とても。
さてな、とアインのテンションはやっぱり平坦。
しかし思わぬことを言う。
「まぁあのガキ自身はともかく、剣は相当なもんだろうが」
「剣?」
テオの剣。たしか鞘も鍔も柄も白と金で、見事な装飾だった。
衣類やマントは着古した様子だったのに、得物だけは新品同様だったから、むしろ使い慣れてないんじゃないかと陸歩は勘ぐったくらいなのだが。
「ありゃ魔剣だろ。聖剣かもな。持ち主の実力を上げるとか、匂いからしてそんなとこの。
いずれにしろ、奴さんが剣頼みなのは間違いねぇよ」
「匂い……。
っていうか、そういうタイプの剣士っているんだ?」
「ザラにはいねぇけど。
でもよ、それじゃあ剣に戦ってもらってんのと一緒だろ。俺に言わせりゃ、ちょっと理解できん、趣味が悪すぎる」
「……別に趣味で刃物振り回してんじゃないって、大抵の人は、お前と違って」
「――おい、何してる」
突然、荒っぽい声がした。
見れば少し離れたところでキアシアとシルヴィが、男の三人組に囲まれている。何の気なしに辺りのドアを確かめていたところを問い質されたらしい。
「いや、えぇ? なに? ちょっと、なんですか?」
「扉を嗅ぎまわっていたな、女ぁ。見てたぞ。何を調べてた?
おいそっちの。この女はお前らの連れか?」
すぐに陸歩は大股で寄って、キアシアを背に庇い、相手をじろじろと睨みつけてから怪訝を隠さず返す。
「だったら?」
この男たち、明らかに倉庫の人ではない。真っ当な労働に従事している善良さが風体のどこにも見当たらない。
なにせ、チンピラ崩れに貴族風の皮を無理やり被せましたというのが丸見えで、さてはこいつら、
「ははぁ小僧……お前さては、俺の偽物だなぁ?
噂には聞いていたが、不届きな奴らめ。この俺『勇者』テオニシウス・バーンハイ・ビヒテンシュタイムの名を騙るとは!」
真ん中の男が凄み、両サイドがやいのやいのと呼応する。
実に噴飯ものである。
「まぁ……こいつら見たら、テオはだいぶ本物っぽいよなぁ」
「何をごちゃごちゃ! ここでこの、テオニシウス・バーンハイ・ビヒテンシュタイム様が成敗、」
「――どけ邪魔」
これまた突然、男どもが吹っ飛んだ。
まるで右側から巨大な衝撃を叩き込まれたように、三人が束になって『く』の字になって、「ごぼぁっはぁ!」だか何だが悲鳴にもなっていないものを吐き散らし、あっさりと道端に伸びる。
つまり、連中の背後に迫った少女が、左手の裏拳一振りでまとめて薙ぎ倒したのだ。
鉄の左手が。
「リ――」
「おま、」
「――クホっ!」
飛びついてくる彼女を慌てて抱き留める。
陸歩の腰に絡みつくは、鋼鉄の抱擁。
そして足音もまた、小柄には不釣り合いに鈍く重い。
驚いた。
「ふぇ、フェズ!?」
「ひさしぶりリクホ! えへへリクホ!」
胸に擦りつけてくるフェズの頭は、くせっ毛がくすぐったく、また彼女の角が腹の上を往復して、これもこそばゆい。




