破:序 ≪顛末≫
発端は先月の終わり、少女の失踪騒ぎだった。
歳の頃は十という彼女は、母親に頼まれ、なんてことはないお使いに出た。
確かに女子一人ではあったものの、まだ日の高い時間に、ほんの近所まで買い物だ。
それが日暮れになっても、夜になっても帰ってこない。
店の主人に聞けば、買うものを買ってとっくに帰ったというではないか。
両親や知人友人、役所の人間もこぞって街中を探すが、消息は一向に不明。
まさか、かどわかし。
捜索の範囲は外にも広げられたが、手掛かりすら見つからなかった。
行方が分かったのは四日ほど後のことだ。
少女はここムワブ大陸から遠く離れた、エァレンティア大陸のある街にいた。
そこで一人泣いていたのを、見つけた老夫婦がこの数日間保護し、方々の伝手でサアンタナスまで連絡をくれたのだ。
船と扉の樹と馬車を乗り継いで、さらに二日後に少女はご両親の元へ戻り、一応は一件落着。
それにしても少女は何故、海と大地をはるばる超えて、季節も逆の大陸に行ってしまったのか。
もちろん彼女が鍵を所持していたわけもなく、事件の日は扉の樹に近づいてすらいない。
やはり人攫いの悪質ないたずら。
あるいは神隠し。
顛末を訊ねられた少女は、「ドアを通ったら、知らない街にいた」とくり返す。
重ねて言うが扉の樹ではない。
街中の、普通のドアを潜った次の瞬間、エァレンティアの街のドアから出ていたという。
慌てて戻っても、もうサアンタナスには帰れず、それで途方に暮れて泣いていたところを親切なお爺さんとお婆さんに……と繋がる。
にわかには信じがたい。
扉の樹に類似した現象とは、何かの魔法か、あるいは神秘か。
件のドアはどれかと問えば、多分これという扉に、しかし調べても何も変哲はなかった。
少女が嘘をついている? そんなはずもないだろう、理由がない。
「――と、そういうことが、これっきりじゃなかったのですよ」
語る首長は、表情を固くしかめている。
陸歩たちを会議室へ通したあの上司、実はサアンタナスの長たる男性だった。
彼が言うには同様の被害が数件、相次いだそうだ。
年齢も性別もバラバラな住人たちが、場所もまちまちに、気付いたら異郷のどこか。
今は、扉を通るときは必ず向こうを確認するよう、周知徹底して防いでいるそうだが。それでもあわや半歩踏み込みかけた、という人たちがそこそこいるとか。
注目すべきは、この現象を確認した扉には、それぞれ根のようなものが小さく生えていた。
だがそれは、ふと目を離した隙に消えている。
以降はただのドアに戻り、調査もままならないのがまた厄介だ。
「正直、我々はこの事態をどう扱うべきか、それすら困っていまして。
ご存知かと思いますがここサアンタナスは、扉の樹を敬う。そんな街に、距離を超越する扉の出没……歓迎すべき奇跡なのか、対処すべき災厄なのか。
原因は一体何なのか。よもや人為的なものでは……」
なるほど事情は分かりました、と答えるイグナの声音は鋭い。
「ところで一つ気になるのは、その件をワタシたちのような異邦人には、隠してらっしゃいますね。
うっかりどこかへ飛んでしまっても、それが余所者なら構いませんか」
首長の表情はことさら渋い。
「住民に協力いただいて、毎日二度ずつ、全てのドアを確認しているのです。根が見つかれば開けて閉めて、正常に戻します。甲斐あって被害に遭われたお客人はいない。
……えぇ、まぁ、サアンタナスは観光業が主力ですから。そう、悪評が立つのは何としても避けたいのは、本音ですけども」
とにかく、全容の把握は急務である。
信仰を別にすれば、予期せず遥か彼方に通ずる扉など不便でしかない。
ことによっては街の在り方を変えることすら検討せねばならず、とにかく、まずは、とにかく。
――という説明を、陸歩たちは受けた。
自称本物のテオニシウス一行も、会議に同席していた。
どうやらイグナの「報酬無用・監視上等・失敗時賠償」を横で聞いていて、自分らも同じ条件でよいと、三人官女のうちリーナとかいう元気娘が無鉄砲に言い放ったようだ。
とすると陸歩が心配なのは、では手柄の競争か、である。
それは彼らに限った話でなく、謝礼目当てが10組だかいるはずで、功を巡って衝突することになったら面倒。
「――で、何から始めます?」
そういうところにテオ青年が、役所から出るなり話しかけてくるから、陸歩は驚いた。
「えっと……?」
「あぁ失礼。
テオニシウス・バーンハイ・ビヒテンシュタイムです」
「はぁ。循内陸歩です……」
柔らかな微笑みとともに右手を出してくるテオに、思わず握手を返してしまう。
先方はことさら嬉しそうに相好を崩して頷き、「で、何から始めましょうか」とくり返した。
「いや、え、ちょっと、」
「それは我々と組みたいと仰っているのです?」
イグナがその小柄を割り込ませ、テオを正面から見つめた。
「言っておきますがリクホ様は、あくまで街を想って動かれようとしています。
例えば、後で先ほどの首長などがどんなお礼を申し出たとしても、受け取るつもりは一切ありませんよ」
彼女の態度はどうにも固く、けれどもあちらはちっとも気を悪くした風もない。
「えぇ、同じ考えです。素晴らしい。あくまでこの素敵な街のため、サアンタナスのため。
この街を去るとき、僕はいかなる私財も増やしてはいないでしょう。
ね。僕たちも貴女がたも、互いに志が一致しています。だから協力できると思うのですが」
「さて。初対面の相手と信用もなく連携できるでしょうか」
「ごもっとも。じゃあ、まずは食事でも」
なかなか押しが強い。
さすがのイグナもちょっと困ったようで、陸歩を振り返って意見を求めた。
テオの後ろで女子三人も似たような表情、「また始まった」と呆れている。
勇者はさらに一歩、陸歩へ、ずい。
「貴方の高潔さには感動しました。
『そこに困っている人がいるから』、いやぁさすが神託者様だ。全く同感です」
「あ、あぁ……どうも」
金銭以外に狙うものがあると、もう絶対墓まで持っていくしかなくなった。
「リクホさん。是非ともそのお手伝い、僕たちにさせてほしい。
足は引っ張りません。こっちもそれなりに腕に覚えはある。
そちらが主、こちらが従で構いませんので。一刻も早くサアンタナスの問題を鎮めましょう」
そんな善意の化身のように奇特で殊勝なことを言われては、断れない。
何しろ陸歩も、人心を求めているからには、善意100%でなければならないのだ。少なくとも、表向きは。
ここで彼を拒否すれば、それはまるで、何か善以外に含むものがあるようではないか……いやあるのだが。
「……じゃ、と、とりあえず。昼食を、みんなで」
結局、こう答える以外にない。
承諾されたテオは両手を拳に、上下に振って、子どものように喜んでいる。
これが演技で何か企んでいるんだったら相当な役者だ……陸歩は片目をつぶった。




