序:破 ≪手記≫
手記No.48:『扉の迷宮』サアンタナス
―― 剣の月/下手の曜 ――
ムワブ大陸北部、サアンタナス。
この街はまるで夢の中のようだ。
なにしろ景観の至るところに扉、扉、扉。
一つの建物に10も20もドアがあって、どころか二階にも三階の壁面にもドア。
ものによってはドアの内側に一回り小さい扉。もしくは扉の下部に小さなドア、これはペット用。
街路にはマンホールの代わりに扉が埋まり、通りにはアーチのようにドアが並び立つ。
こうもあちこちに大量だと現実感が壊れるなぁ。
まるっきりトリックアートの世界だ。芸術っぽくはある。
しかも全部、ちゃんと開閉するらしい。
うっかり開けちゃったら危ないのも多いだろうに。
この街並みを、到着の前日に夢で視ていたオレ。
サアンタナスに着いたときの、いっそ笑っちゃった気持ち、わかってもらえると思う。
あぁ念のため付け加えておくと、空は普通に空。
さすがにドアはないし、あまつさえ東京なんて、ね。
でもって、なんでこんなにたくさんのドアかと言うと、この街の人たちが神聖視しているからだ。
理由は――言わずもがな、かもな――扉の樹。
あの神秘の樹木は、天上に去った神様たちの置き土産、ってのが定説である。
人の営みに重要なものであることは、今さらか。
とはいえ神でなく、扉の樹のほうを崇めてるってのは珍しい。
こういう面白い街だから観光業も盛んで、名物もだいたいドアがモチーフ。
食べ物だと、長方形のステーキがガイドブックの筆頭で、飾り切りされたニンニクやニンジンなんかが一個、ドアノブに見立てて添えられている。
扉のミニチュアは、開けるとバネが上手いことになってて、決まった時間で自動で閉まるっていう、砂時計みたいなもん。
指輪やネックレスやピアス・ネックレス等も、ドアを模したものが主力。うちの女性陣もいくつか購入している。
服にも扉が付いていて、いや、ヘソの辺りが開くシャツって。
これまた珍しいことに、サアンタナスは鍵に対しては、それほど注目していない。
もちろん扉の樹の鍵は、高価なものと扱われてはいるけれど。
それよりもここの人らは、ドアノブを好んでいるように見受けられる。
ドアノブ型のパン、スイーツ。
ドアノブ型の置物、小物。
ドアノブ型のアクセサリー。
ドアノブの付いた衣類。
なども、観光客向けに多く並んでいた。
猫用の首輪がもしあったら、シルヴィと相談だな。
あと蝶。蝶がたくさん飛んでいる。それも色んな種類のが。
これはサアンタナスで飼われたものだそうで、世話する専門の公務員がいるんだって。
この虫が愛でられている訳は、姿が扉に似てる、蝶番に似てるなど。
住民たちは自分ちの庭に花を植えて、蝶が遊べるように気を遣っている。
こんな街の扉の樹はどんなふうに祀られているか、見学にいったら。
まぁなんとも、厳かなこと。
サアンタナスの中央に据えられたその一柱の、樹齢は150年程度とのことだが、この地の土がいいのか水がいいのか、他所と比べてずいぶん大きくたくましい。
周囲を囲むように16基の扉が、鳥居のように設置され、内側は青々とした芝生が目に鮮やかだ。
蝶が和やかに羽ばたく様は幻想的。
根元に、玉石代わりに敷き詰められているのはドアノブ。
傍に控えた屈強な防人の他に、人の気配はほとんどなく、きっと住民の生活圏と明確に切り離されているのだろう、空気には静謐が滲む。
ところで、オレたちがムワブ大陸を訪れた目的は、もうちょっと先の街、ロッドルセンだ。
サアンタナスに寄ったのは物資の補給と休息のため。
この辺りは季節がエァレンティアやカシュカとかとはズレていて、今は春の陽気である。
寒いところから急に暖かい土地に来てしまったためだろう、キアシアが少し体調を崩した。宿でぐっすり休んだら元気になった、よかった。
で、だ。
神様のお告げによれば、今サアンタナスには何やら、厄介事があるそうで。
これをオレが、イグナの偽神化の力を借りて解決すれば、一気に信仰心ゲットとか。
……人助けの動機としては大変不純だなぁ。
まぁやるんだけど。
さっきも書いた通り、ここは扉の樹をこそ尊んでいる。
そのため主要な神の宗教勢力もあまり伸びてきておらず、だからこそ信者大量獲得の目があるわけだ。
逆に、宗教が根付きづらい文化とも言えるんだけどね。
でも、うーん。一回りしてみた感じ、街の人が困っているような様子は、特には。
もちろん、オレたちみたいな余所者に見えるように頭を抱えたりはしないだろうけどさ。
ちょっと突っ込んでの情報収集がいるか。便利屋のふりでもしてみようか。
もしくは、件の問題というのは……これから起こるって説はどう?
「この街もちょうど問題を抱えている」、確かそういう言い方だったっけ。
全能の神様だから、実はあれは、ごく近い将来の出来事を言っていたとか。
あながち有り得ないじゃない。
そしてそうなら、それをしでかすのが、魔女かその手下かというのは可能性としてまぁまぁ高いと思う。
一応、警戒しておく。演劇の街でやられたのと、同じようなことがないように。




