年越しについて
一年の計は元旦にあり。
……そういやこの世界の一年って、いつから始まるんだ?
なにしろ使われているアオ暦は、月・曜どちらも数字じゃない。
剣だの旗だの、目だの耳だの。
年を1月1日から数えないものだから、新年なんてオレ、さっぱり意識してこなかった。
で、年末はどこで年始がどこからか、答えを言っちゃうと、人による。
そもそもアオ暦は西暦の『2XXX年』みたいに、年数を数えないんだ。
だから過去の大きな出来事を振り返るときには「○年前の×月△▽の曜」という認識をしてる。
文書に記すときも『街の建立から何年目』とか『何代目某が何歳の年』というふう。
……不便じゃないのかなぁ。
和暦や西暦みたいに、誰かの即位や誕生から何年、って出来ればいいのに。
どなたか神様の……いや、結局は各宗派でバラバラになるだけだな。
あるいは原初神なら、それに相応しい存在かもしれないが。現状だと、認知度の問題がね。
なので、オレたちでいう年明けって感覚は、こっちの人だと誕生日とドッキングしてる。
――明日は誕生日、また一年が過ぎたな、いい年だった大変な年だった。
――今日が誕生日、新たな一年が始まるぞ、あれをしようこれを叶えよう。
確かに節目としては、自分の生まれた日って、一番かもな。
でもこれだと困ったことに、別世界出身のオレやイグナには該当する日付がない。
キアシアに呼び寄せられたあの日をそうとするのが無難だろうか。
そうするとイグナによれば、オレは『剣の月/裏目の曜』で、彼女自身はその翌日。
ってことは、もう来週じゃん。
もう一年? マジ?
相当な距離を歩いて、たくさんの街を巡ったけれど、思えばあっという間だ。
じきにオレも一歳、歳を取ることになる。
……元の世界に帰ったらどうなるんだろう? どう扱うべき?
18歳のまま名乗るしかないだろうけど。やべぇ、あんまりのんびりしてたら、悪けりゃ浦島太郎だ。
老いた老けたはまだ、鏡を覗くかぎりでは、全然現れてないようだけど。
っていうか、最悪の場合、向こうも一年経ってるなんてことないだろうな。
行方不明から何年すると死亡扱いになるんだっけ?
と、その話は考えても詮無いので、一旦おいて。
誕生日とは別に、仲間内で共通の年始めも、あるにはある。
月曜が職業人の吉凶を表しているというのは、オレも知ってて、いつぞやどこかで手記に書いといた気がする。
鍛冶屋には鎚の月がよい。医者には上手の曜がよい。
その中でも月にまつわる職の人たちは、中心の曜を元日と似たように祝うわけだ。
アパレル関係は、織の月/中心の曜。
土建屋は、斧の月/中心の曜。
となると剣の月/中心の曜が、オレたち剣士のハレの日というわけ。
ほとんど験など担がないアインでも、さすがに襟を正すほど。
オレも師匠のところへ急いで顔を出さなければ。
道場では忘年会・新年会のようなものが催され、ご近所や生徒らが集っているはずだ。
そういう年末年始の行事については、ところによって多種多様。
個人の年明けだと、大抵は誕生パーティの延長みたいなものだけどね。
地元の神社へのお参り、親戚や同門同志に挨拶回り、この辺りはオレたちの世界と同様。
職業によっては発表会や品評会、展示会が開かれる。
剣士なら真剣での年始試合ってのも珍しくない。
各月に関連した教会では、もっと厳かな神事が執り行われる。祝詞をあげる、神楽を奉納する、ことによっては生贄。
贅沢する界隈、逆に清貧を良しとする業界、いろいろ。
年越しそば、お節のように、特定のものを食べる文化は多いようだ。
例えば、神に捧げるのと同じ肉。御神酒。干した穀物をそのままという街も。
それが豆って大陸や街はあちこちにあるらしい。
これは『まめ』を『魔滅』とかけて縁起ものとしているため。……なんか、オレそれ、おばあちゃんから聞いたことある気がするなぁ。
その他、地方ごとに語呂合わせした吉兆の食べ物とか、旬のものとか。
こういうことを意識したら、途端にお節が食べたくなったので、キアシアにこしらえてもらった。
全体的に保存が効く料理だと、彼女は異世界の食文化に興味深そうだ。
けどそれは、一説によれば『女性を家事から解放するため』との意図もあるとかで……。
キアシアの手を煩わせたのは、なんともあべこべで。すみません。
重箱に詰めて師匠への差し入れにしたら大変喜ばれた。本当にありがとうキア。
また、カシュカ大陸では一年ごと――つまり誕生日ごと――に、持っている服を全て新しくする風習があるそうだ。
同じものを一年しか着ないとは、豪気にも聞こえる。
そのためあの辺の街では誕生日プレゼントに衣類は鉄板。
レドラムダでは女帝様の誕生日を年始めとして、大陸中が祝う。
ここは例外的に万民の祝日だ。
ノイバウン大陸には、年の終わりに爪を切るといい、という言い伝えがあった。
これ、めちゃくちゃ世知辛い由来で……。
あの貧しい土地だと、「爪に火を点す」が洒落でなく……新年を迎えるに、せめて灯りくらいは用意したい、というところから爪を切るっぽい。
オレたちはせっかくなので師匠のところで、オレら世界スタイルをさせてもらった。
餅つき、凧揚げ、羽子板、かるた、独楽回し。
子どもたちにはお年玉。大喜びされ、ちょっとしたお祭りだ。
お礼を持ってきてくれた大人たちと、そのまま宴会にもつれ込み、夜通しドンチャン。
次の日の早朝。新年が始まったばかりの時間に、オレは師匠と二人で散歩に出た。
そぞろ歩きながら、去年の反省と今年の目標と。
そしていつでもいつまでも変わらない感謝と尊敬を、師匠へ。
うん。
なんか、切り替わった、かな。
今年も、歩こう。
届くまでどこまでも。




