名前について
ここに『何者か』という問いがあるとしよう。
オレならきっと最初に、『循内陸歩』と答える。
そう。自分とはまずは名前から。
名前こそが個を個たらしめる……決して言い過ぎじゃない。
オレたちは皆、他人でなく自分であるために、名前を負っているんだ。
循内陸歩。
イグナ。
キアシア・ノートン。
アインヴァッフェ・イリュー。
どうだろう。
四つ並べたけど、どれが誰でどんな人物か、イメージ湧かない?
特定の人物を指す記号、かつ、その人物を包括するコード。
やっぱり名前には、力があるんだと思う。
自分の名前を忘れるなんてことは、記憶を無くしでもしなきゃ有り得ない――これって一つの証明になってると思うんだ。
つまり人格そのものと、密接に結びついているってね。
改名したって、前の名前を完全に葬り去れるかは怪しい。
一度付けられた名は、自己に永遠に刻まれるのでは。
まぁそのせいで逆に、名前に縛られるってことも、あるみたいだけどね。
だから付ける側となったら一大事さ。
世のお父さんお母さんは、期待や希望や祈りを込めて、子の名前を一生懸命に考えるんだろう。
この世界では、文化は大陸によってまちまちだけど、言語はみんな一緒。
それが関係しているのか、命名のルールはどこでもほぼ同じだ。
キアやアインを見ればわかる通り、『ファーストネーム』・『ファミリーネーム』の形になってる。
この間にミドルネームやらがある人もいて、それは身分や地位や出身地、称号なんかを示しているわけだ。
レドラムダの女帝様とか、いっぱい持ってたね。
ユノハの野郎もミドルネームが付いてた。
つまり、オレは『リクホジュンナイ』と名乗るのが正しい。
なんだけど。ちょっと小狡いテクニックがあって……。
ジュンナイリクホですと名乗ると、相手の人は大抵の場合『リクホさん』と呼んでくる。初対面ならファミリーネームからで当然だもんな。
で、ちょっとしたところで、オレの故郷だと姓・名の順なのだ、と明かす。
あぁでもいいですよそのままリクホと呼んでくれれば――ってな具合で、一足飛びに親しい感じにしようっていう作戦。
こっちに来た始めの頃、それでコミュニケーションが上手くいったことがあったもんで、以降ちょくちょく利用している。
イグナの名前は、彼女自身が考えた。
一番最初に機体名を名乗ってくれたんだけど、オレがそれだと落ち着かないって言ったものだから。
由来はもちろんIgnitionから。
姓は今のところ決めてない。
一応この世界には、ファミリーネームを用いず名だけの人々も、ごく限られた地域ながら存在するし、それは一般常識程度には認知されているから、不便したことはない。
まぁ賢くて頭の回転の速いイグナだから、いざ姓がなくっちゃって場面になったら、適当にでっち上げるくらい訳ないだろうけどね。
ファーストネームに好まれる名は、これは地方でまちまち。
花鳥風月のいずれかにまつわると縁起がいい、とする大陸とか。
偉人にあやかるべしとする街とか。
両親から必ず一文字ずつはもらうことを、法として定めているところもある。
当然ながら男っぽい名、女っぽい名、どちらでも相応しい名ってのがそれぞれある。
この辺は感覚的なもので、オレもぼちぼち慣れてきたかな。
ロッシュは女性の名前で、キャンティは男の名前……いややっぱまだムズイわ。
ノイバウン大陸には、子ども時代は誰もが男性名で過ごし、女性は成人とともに改名するって街もある。
魔除けの意味があるとか、人攫いに女の子が狙われないようにとか、伝統の理由は曖昧になりつつあるみたいだけど。
ジッズ大陸では亡くなった人に、黄泉で使う名を贈る。
戒名に似た風習かな。
このときなるべく人間離れした名前にするんだそうだが、これは死者と生者で同姓同名にならないようにって配慮のようだ。
魔術師なんかは魔術名を用いる人も多い。
名前を媒介にかける呪いがあって、それへの防衛策として。
って本人たちは言ってるけど……まぁそういう術もあるにはあるものの、ほとんどおまじない程度の力しかなく、対策するほどのもんじゃない。
要するに、『魔術師っぽく』振る舞う一環ってだけ。
ローブととんがり帽子、杖に水晶玉と、魔術名というわけだ。
オカルトは格好が大事だからな。
ただし中には、学位とともに魔術名を授かった人たちもちゃんといるので、注意されたし。
巨人は各部族ごとに、名前に使える語が決まっているそうだ。
アインヴァッフェ。これはアインとヴァッフェの複合で、奴の親戚やご先祖は、
――アインヘールゲさん
――アインクロウさん
――ヘールゲヴァッフェさん
――ヴァッフェルディさん
――クロウルディさん
ってな具合で、名前が組み合わせになってるわけだ。
名乗ればどこの所属かすぐわかるから便利なのかもしれないが、ニックネームが付けにくそうだなぁってのがオレの感想。
キアシアは、『ア』の音で終わると淑やかな響きになるって理由だそうだ。
だからゼアニア・キアシア姉妹は、愛称で切っても可愛らしいように、ご両親が心を込めて付けた名前なんだろう。
オレの名前は、『人生は果てなき道を征くが如し』だそうで。
困難を踏破できる健脚を願って、陸歩だそうだ。
何の因果か、この広大な世界を津津浦浦まで歩き回ることになってるんだから、名は体を表すというか、体は名を追うというか。
まぁ気に入ってるよ、うん。
でだ。
どうしてこんな話をしてるかというと……。
黒猫だ。
黒猫の名前だ。
いい加減いつまでも『黒猫』のままでは収まりが悪い。
だけどこの子、神獣だからなぁ。
軽々に名を付けるのは気が引ける。
クロとかヤマトとかって訳には、いかないだろ?
せめでどこの神様の子かさえ分かれば、あやかる相手も判明するのに。
先導神ダーフニークス?
誘引神カラドドラム?
招来神オーディムゴウン?
……いや、翼の色が違う。
この黒猫はどこかの神から分かたれた力の一端で、
もしかしたらいずれ、この子が新たな神として長じるかもしれない。
そう思えば、余計に名前を付けるとか、オレには荷が重いよ。
まぁ、でも、いい加減いつまでも『黒猫』のままじゃ収まりが悪い。
あぁでも。
あぁでも。
うぅーん……。




